キングウルフ
倫太郎とドラゴンが戦った場所からおよそ四時間ほど移動した森の拓けた一角で夜営のテントが張られ、夕食の準備のため隊員それぞれが忙しく動き回っている。夕飯の支度は下っ端騎士の仕事らしく、布製のテント越しに香辛料の食欲をそそる香が漂ってくる。
ところでなぜタイミングよくドラゴンと倫太郎のところにエリーゼ達騎士団が来たのかここまでの道中で訪ねてみたところ、何でも遠征からの帰路だった彼らはロックドラゴンが王都の方へ飛んで行くのを発見して追ってきたとのことだった。
テントの外の慌ただしさとは真逆で、一際大きなテントのその中で簡易テーブルを挟み倫太郎とエリーゼが座っていた。
「ふぅ、正式装備とはいえ甲冑を一日中着込んでいるのは骨が折れるな」
そう独りごちてフルフェイス型の兜を脱ぎ、エリーゼは美しい金髪をかきあげた。
やはり倫太郎の予想外通りに若く、まだ少女と言っても過言ではない年頃の女性だった。
凛とした表情、目鼻立ちははっきりとし大きなダークブルーの二重の目、ぷりっとした厚めの唇は重々しい鎧を纏っていてなお蠱惑的な印象さえ受ける。まぁ有り体にいってかなりの美人なのだ。
「さぁ、話してくれ。どうやって単独であのロックドラゴンを倒したのかを。あぁ、安心してくれ。これは業務外のプライベートな時間を使った雑談だ。リンタローが望むなら口外しないことを約束しよう」
「どうしても話さなきゃダメか?」
できれば新たな問題となるようなことは避けて通りたい一心の倫太郎は話し渋るがエリーゼ団長はそれをよしとしないようであった。
「ダメだな。本来ロックドラゴンの成体というのは手練れの騎士団かそれに準ずる探求者が十五人から二十人であたってなんとか犠牲を出しつつ討伐できる代物なのだ。それを単独、しかも無傷で討ち取るなんて酒場でそんな話を聞いたら間違いなくホラか与太話の類いだと思うだろう。
私はこれでも一個小隊を預かる身だ。その私が危険な思想の持ち主かもしれんロックドラゴンを単独無傷で撃破するような者を部隊の中で擁護し続けるのもなかなか難しいのだ。さらに…」
「わかった、わかったから…話すよ」
理詰めで追い詰められ、言い訳や嘘を考えることのほうが面倒に感じてしまった。もうこの際ある程度の権力者に自分の身に起きたことの一部始終を打ち明けたほうが楽になれるし、もしかしたら地球への帰還方法もわかるかも?という打算もあり話すことにしたのだった。
「まず、俺はこの世界の住人ではない。地球という星に住んでたんだが…寝て起きたらさっきの場所にいたんだ。こちらの人間からみたら異世界人ってことになるのか?」
「嘘、偽りは…」
「ない。誓おう。」
どんな手法でロックドラゴンを倒したか聞き出そうと思っていただけなのにまさかの展開に腹の座ったエリーゼもしばらく言葉を忘れているようだった。
「それで俺があのドラゴンを倒した得物がコイツだ」
そう言いながら懐のホルスターからM19を取り出しテーブルに置いて見せた。ゴトリと重量を感じさせる音、見たこともないフォルム、研き上げられた刀剣にも似た輝きを放っているそれにエリーゼは目を奪われてた。
「こ、これは?まったく見たことのない道具だな…」
「これは銃という。大雑把に説明すると鉛の弾を火薬の爆発力で撃ち出す物だ。ドラゴンの身体は硬すぎて効き目が薄かったから両目をぶち抜いたら倒せたんだ」
エリーゼは説明されてもピンときていない様子でまじまじとM19を見ている。
「触ってみてもいいか?」
「ああ、どうぞ。でもちょっと待ってくれ」
倫太郎は慣れた手つきでシリンダーをスイングさせ弾丸を取り出してからエリーゼへと手渡した。
「ほう、なかなか重いものなんだな。で、今リンタローがコレから抜いたのが鉛の弾というわけか」
「ああ、そうだ。慣れてない人間が触ると暴発するかもしれないからな。保険みたいなもんだ、気を悪くするな」
「いや、構わない。しかし精密な造りになっているのだな。金属をこんな精巧に加工する鍛冶屋は私の知る限りこの国にはいないぞ」
トリガーに指をかけながら発射口を覗いたり、シリンダーをスイングさせクルクル回したりして感嘆の声を上げている。やはりこの世界には銃の概念は存在しないようだ。
「ふむ、こういうものなのか。ありがとう」
「どういたしまして」
倫太郎へM19を返しながらエリーゼは微笑む。受けとると弾を込め直しホルスターにしまった。
「それで、団長さんは俺みたいな異世界人についてなにか知らないか?できれば元の世界へ帰りたいんだが…」
「エリーゼでいい。歳もリンタローのほうが少し上だろう。気安く呼んでくれ。
まぁなにか知らないかと聞かれても異世界人を名乗る人間に出会ったのは初めてなものでな。見たことのない武器、奇妙な服装、その顔立ちも私の知識にないものだ。この世界の者でないと言われてみれば納得できなくもないな。リンタローのいた世界への転送が可能かはわからんが海を越えた遥か南のエルドミニアと言う国で召喚魔法の研究が盛んらしい。赴けばなにかしら手掛かりが掴めるかもしれんな」
「ホントか!?いや、ダメもとで聞いてみたんだがそれはかなり有益な情報だ。ありがとう」
そしてお互い当たり障りない雑談をしたところで、さてと、と倫太郎は腰を上げた。レディーの部屋にいつまでも長居するわけにはいかないのでお暇しようと立ち上がった時、テントの外がにわかに騒がしくなった。
「アサシンウルフの群れだ!!!総員戦闘準備!!!」
その声を聞き、二人も外へ飛び出す。既に夜営地の五十メートル程先に薄暗くなった夜の帳の中に爛々と赤く光る眼が複数確認できた。今もこちらに向かって走って来るのがわかる。エリーゼが隊員達に指示を飛ばしながら剣を抜く。
「標的はアサシンウルフ、数は約二十体!篝火を絶やすな!暗闇になれば奴らの思う壺だ!遊撃のフォーメーションをとりつつ各個撃破せよ!来るぞ!」
騎士達がそれぞれ剣を抜き迎撃態勢になり、倫太郎も参加しようと前へ出るがエリーゼに止められる。
「リンタローは今は客人の身。手出し無用だ。なに、こんな犬どもに私の騎士団は遅れはとらないから安心してくれ見ていてくれ」
「そうか?じゃあ遠慮なく観戦させてもらうよ。この世界の剣の技術がどんなもんか見てみたいしな」
そう言うと倫太郎は腕を組んで手近にあった木に寄りかかって物見の体勢になった。
今思えばなんの説明なしに発砲なんてすれば騎士団が全員吃驚してしまって戦闘の妨げにもなるだろう。手持ちのナイフだけでも戦えないこともないが、せっかく異世界式剣術を拝むチャンスなのでお言葉に甘えさせてもらう所存であった。
アサシンウルフの群れの先頭が夜営地に到達し、エリーゼに飛び掛かる。それを剣を振り上げつつ必要最低限の体裁きでアサシンウルフの側面に回り込み胴を一刀両断した。
ほう、と感心する。重い甲冑を装備しているが相応の体力も備えていることと、剣筋がなかなか洗練されていて倫太郎は目を見張った。が、他の隊員は苦もなくアサシンウルフを倒してはいるもののまだ甘さが残る剣であった。
敵が来る、思い切り振り抜く、体幹がブレてよろける。敵が来る、必要以上に大きく避ける、よろめく、を繰り返している。
エリーゼと他の騎士とで剣の練度にかなり差があるように思えた。
そんな中でもう一人、目を見張る働きをする騎士がいた。
「でぃあっ!」
他の騎士達よりも一回り長く太い剣、おそらくバスターソードと呼ばれる類いの大剣を扱っているグーフィだった。
彼も例に漏れずブンブン丸の気はあるが身の丈程もあろうかという剣を鍛えこんだ筋力で使いこなしている。袈裟斬りからの唐竹割り、そして切り上げの連撃で四頭のアサシンウルフを仕留めて見せた。
偉そうなだけの噛ませ役だと思っていたが意外と腕がたつようだ。
しばらく観察しているともう戦闘も終りが見え、残りのアサシンウルフは一頭だけになっていた。
アオォォォォォオン!
もう勝負はついたかと思われたとき、最後のアサシンウルフが夜の空に向かって吠えた。木々からは鳥たちが飛び立ち、森全体がざわめく。そして静寂が訪れた。
なにかが起こる。この場にいる全員がそう直感した。
「あ…あっ…嘘だろ…あれは…まさか……」
一人の騎士がアサシンウルフの背後から近づいてくる何かを見つけ戦慄した。
「総員ッ!最警戒!キングウルフだ!」
いちいち大袈裟なネーミングだなと倫太郎は騎士達の視線を追う。そこには銀色の美しい毛並みの狼がいた。他のアサシンウルフより二回りは大きく、しなやかな足には毛並み越しでも分かるほどの筋肉がついているのがわかった。何より普通のアサシンウルフともっとも違うのは眼である。王者としての自信が見てとれる、強者の眼だ。
あながち大袈裟というわけでもなさそうだと考えを改めたときキングウルフが低い体勢をとり、唸った。
グゥルルルルルゥ!ガァッ!
キングウルフの姿がブレた。と思った瞬間、一番近くにいた騎士の目の前に現れ前足で殴り飛ばした。騎士は真横に吹き飛び、木の幹にぶち当たり止まった。
騎士はピクリとも動かないが安否を気にしてる場合ではない。
「グーフィと私で行く!他の者は負傷者を連れて退避せよ!リンタロー、お前も彼らに着いて行け!」
キングウルフというモンスターはこの近辺に生息している中でも指折りの高難易度討伐指定モンスターとして認知されている。
滅多にお目にかかることはないが、討伐する際は高火力広範囲殲滅型魔法を使える者が数人編成されるのがセオリーであった。
しかしこの騎士団には魔法を使えるものが居らず、勝ち目はほぼ無い。となれば逃げの一択になるが、全員で背を向けて逃げてはいたずらに犠牲を増やしかねない。
そこでエリーゼは部隊の腕利きの上位二人で足止めをする判断をしたのだ。自分と副官の命と引き換えに団員とリンタローの生存を選択したということだ。
騎士団員たちは瞬時にその意を酌み、キングウルフへと向かう二人に最敬礼した後、反対方向へと駆けていった。しかし倫太郎だけはその場から動かず彼らとキングウルフの行く末を静かに見守っていた。
エリーゼとグーフィが前に出て剣を構え、戦意を迸らせ睨み付けるがキングウルフはまるで意に介さないように歩を進めて二人に近づいてくる。
「はぁっ!」「でぃあっ!」
ほぼ同時に弾けるように駆け出し、わずか二歩でキングウルフに肉薄し切りつける。が、そこにキングウルフはいなかった。何が起こったかわからないようで二人は辺りを見渡す。
「上だ!」
倫太郎が叫ぶがもう遅い。剣撃を驚異的な跳躍力で回避したキングウルフは自由落下で肉薄、前足と後ろ足でもって二人を同時に吹き飛ばした。
「ぐぁっ!」
どちらもさっきの騎士と同じ様に木の幹に激突し、肺から空気を強制的に吐き出された。グーフィの方は気を失っているようで立ち上がる気配がない。
エリーゼは辛うじて受け身が間に合ったようで剣を杖代わりになんとか立ち上がった。
キングウルフの蹴りを受けた場所は見るも無惨にひしゃげていた。もしも甲冑を着込んでいなかったら即死していたかもしれない。
「まだっ…だ!私はまだやれるぞ!…くっ…来い!」
再び剣を構えてキングウルフを射殺さんばかりに睨み付けるが体はフラフラ、足はガクガク。どう見ても戦える状態ではないことは明白であった。
もう逃げられるような状態ではないと確信したのかキングウルフはエリーゼとグーフィを一瞥し興味を失ったかのように次の獲物へと視線を向ける。その先には倫太郎がいた。
「リンタロー!逃げろ!恐らくコイツはエンペラーウルフへと進化しかけている個体だ!手に負える相手ではない!早く逃げろ!」
そうエリーゼが叫ぶが倫太郎はどこ吹く風というほどリラックスして木に寄り掛かって腕組みしキングウルフを眺めていた。
「大トカゲの次はでかい犬っころかよ。害獣駆除は専門外なんだがなぁ…」
溜息混じりにぼやくとホルスターからM19を、左足からナイフを抜き構えた。
「ばっ…やめろ!敵う相手ではない!」
エリーゼが捲し立てるが倫太郎は気に止めることなくキングウルフと向かい合う。
正直面倒だとは思っていたがここまでドラゴンと自分を運んでもらった恩があるからさっさと見捨てるのは忍びない、というのは理由の半分程でもう半分は「この狼も売ればいいカネになるんじゃね?」という現金な理由からだ。倫太郎は意外と守銭奴の気があった。
「まぁ物は試しだ。大人しく見ててくれ。ダメそうならケツ捲って逃げるからさ」
そして倫太郎とキングウルフは対峙したのだった。