神なんていない
「嫌い」という倫太郎の遠ざける一言に気まずそうにマールは黙って俯いてしまう。
その顔には諦念の感情と悲しさがにじみ出ていた。
「あっ、違う違う。マールがじゃなくてイェニス教が、ってことな」
倫太郎はマールがヘコんだのを見て慌てて訂正した。
教会でロゼッタには明言してあるが、倫太郎は神も仏も、ついでに言うと運命だとか運勢なんかも一切信じていない。
信じられるのはいつも自分の鍛え上げた身体と経験と知識や知恵だ。
「軽蔑…しないんですか?イェニス教で悪しき存在でも?」
「しないしない。俺、無宗教だし、神とか仏とか信じてねぇし。むしろ嫌いだし」
この世界で女神イェニスを人前で堂々と嫌いなどと言えるのは相当図太いか、頭が足りてないかのどちらかだ。
そんな倫太郎をマールは絶滅危惧種を見る目で見つめる。
「でっ、でも私はダークエルフに生まれて今まで…」
「マール」
「…はい」
「今まで生きてきて神を見たことがあるか?神に救われたことがあるか?救われた奴を見たことあるか?ないだろ?いないんだよ、神なんて。いたとしても試練だけ与えて救ってくれない神なんていないも同然。そもそも神話なんてものは大昔の権力者たちが自分らの都合のいいように作ったデタラメだ。イェニス様の神託がー、とか言ってる奴はヤバいクスリをキメたジャンキーだ。真に受けるな」
倫太郎は世界中の人間が崇拝するイェニス教の教典に記されている神話をデタラメだと言い切る。
マールはそんなことを言う人間に会ったのは初めてで、どう返答していいかわからなかった。
その沈黙とも言えるマールの戸惑いの中、倫太郎が続ける。
「そんなしょうもないデタラメに踊らされてるアホな連中にどう思われたってマールの価値が下がるわけじゃないだろ。だから見下したり蔑むわけがない。今、俺たちはそんな下らない概念に邪魔されない対等なパートナーだ。しっかりしてくれよ?相棒」
そう言い切り、倫太郎はポンと軽くマールの背を叩く。
マールの心の中で今まで引っ掛かっていた苦悩や葛藤の一部分が晴れていくのを確かに感じた。
長きに渡って感じてきた劣等感や孤独感をすべて払拭するには至らないが、倫太郎の独自論はマールの自分はダークエルフであるという卑屈さや疎外感で重くなった心を少しだけ軽くする程の効果はあったようだ。
「…そんな考え方もあるんですね。…そうですね。そんなふうに考えるようにしたら随分楽になるような気がします!」
マールの真顔でも美しい顔が花開いたようにパァッと笑顔が咲いた。
「だろ?ダークエルフでもカナヅチでも馬鹿力でもマールはマールだ。種族なんて関係ない。イェニス教も関係ない。自分が自分であるこという誇りを忘れちまったら他人に流されるだけの無価値な存在になっちまう。そうなりたくなきゃ誇りを忘れんな。…っと、説教臭くなっちまったな。このへんでやめとくか」
「…今、なにごともないようにカナヅチとか馬鹿力とか言われた気がしたんですけど…」
本音がポロリした倫太郎はサッと顔を背けて「いや?気のせいじゃない?」としらばっくれた。
「フフフッ、なんだか色々と馬鹿らしくなっちゃいました。でもリンタローのお陰で少し前向きに生きていける気がします。ありがとう、リンタロー」
少しだけ吹っ切れたような清々しい笑顔のマールに対し「おう」と、倫太郎もニカッと笑顔で返した。
地球でも差別や迫害はあった。だがそれを乗り越えて生きて行くのはいつだって神の力ではなく人間の力だ。
心の弱さゆえに宗教にハマる人、無宗教な人、無関心な人、様々いるが神や宗教に頼らず媚びず、苦難を跳ね返して生きて行く強さをマールは持っていると倫太郎は思えたのだった
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しばらく歩き、もうすぐ二階層への階段が見えるというところで倫太郎のセンサーが敵影を捕捉し立ち止まる。
「マール。三十メートルほど先のダンジョンの天井に水っぽいなにかがへばりついてるぞ。これってアレか?スライムってやつか?」
「そうですね。スライムは天井からいきなり降ってきて探求者を襲うのが得意です。水っぽくて天井にへばりついているというならスライムで間違いないでしょう。次は私が行きます。リンタローは見ててください!」
マールが戦う。…と言うことは魔法を使うということ!まだ見ぬ魔法を見ることができるかもしれない!…という方程式をはじき出した倫太郎の瞳が少年へと変化した。
「マール先生、ド派手に超高火力のヤツでドカンといっちゃってくださいよ。へっへっへっ」
倫太郎のキャラがブレ始める。
さっきまでマールを元気づけていたイケメン倫太郎はそこにはおらず、今は子悪党の三下子分のようにゲスい笑みでマールにゴマを擂っていた。
「…リンタロー、なにか悪いものでも食べましたか?」
それはマールに心配されるほどだった。
「…ゴホン。すまん。魔法を見れると思ったらテンション上がりすぎておかしくなった。今のナシな」
珍しくちょっと恥ずかしそうに口調を改めてマールに向き直る。
「期待に添えるかはわかりませんが、スライム系統には雷系と氷雪系の魔法が有効なので今回は雷魔法の方をお見せしますね」
そしてマールは両手を前に突きだす。するとマールを中心に淡く輝く複雑な魔方陣が地に浮き出した。
それはブツブツと呪文を小声で唱えるマールに共鳴するように光を増していく。
「うおおおおおおおおおっ!」
少年の心にかえった倫太郎のテンションも最高潮だ!
「サウザントサンダー!」
マールがそう叫んだ瞬間、マールの手にとてつもないエネルギーを感じる雷でできた球体が出現し、そこから数十発もの雷撃が奔りスライムへと殺到した。
バリバリバリバリバリバリッ!
耳を劈く雷鳴は一階層中に響き渡るほどの爆音で思わず倫太郎も耳を塞いで身を屈めてしまうほどの迫力であった。
直撃を受けたスライムは断末魔を上げることさえ許されずに一瞬で蒸発して、この世に影すら残さず消えてしまった。
完全にオーバーキルというやつだ。さっき倫太郎に情けない姿を見せてしまったので、挽回しようと張り切ってしまったマールだった。
「ふぅ、私が使える高威力の雷魔法はこんな感じです。どうでしたか?」
ややドヤ顔のマールが一仕事終えたふうに倫太郎へと振り返る。そこには語彙力の死んだ棒立ちの倫太郎がいた。
「…すっげぇ…バリバリバリィって…超すっげぇ…雷魔法超すっげぇ…」
「…あの…リンタロー?大丈夫ですか?」
それはやはりマールに心配されるほどであった。
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