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それぞれが求める物

「なんであなたがここにいるんですか!?」


「そりゃこっちのセリフだ。マールさんは十日ほど前にダンジョンに行ったはずだろう?なんでまだいるんだ?浅い階層で入手できる治癒の実とかいうのを探しに来たんだろ?まだ手に入れられてないのか?」


「…と、とりあえず場所を変えませんか?」


「場所…?…あ…」


往来のど真ん中で大声で漫才のようなやり取りをおっ始めた二人を通行人がジロジロと見ては通り過ぎていく。


その表情は「邪魔くせぇ」「痴話喧嘩かよ、余所でやれや」「変態紳士だって、プークスクス」などなど。


さすがに居心地が悪くなったのか倫太郎もマールの提案にのって近くの茶屋へ入っていったのだった。


「それで?なんでまだこんなとこにいるんだ?治癒の実とやらは十日程もかけて手に入れられないようなとこにあるのか?」


適当に頼んだお茶を啜りながら先に倫太郎がマールに水を向ける。

モゴモゴとマールは言いにくそうにテーブルを見つめて言おうか言うまいかを悩んでいるようだった。


「…まぁ、言いたくないなら別にいいけど。何も考えずにこんなとこ入っちまったけど今思えばさっさと別れれば良かっただけの話だったな」


「じゃあ、達者で」と、倫太郎は飲み物代をテーブルに置いて席を立って出口へと向かった。


「あっ、あの!待ってください!」


立ち上がりながら倫太郎を呼び止めるマール。今すぐにでもダンジョンへ潜りたい倫太郎は「なんだよ?」と急いでる空気を出しながら振り返ると腹をくくったような真剣な目で倫太郎を見つめるマールがいた。


「リンタローさんにお願いがあります!私と臨時のパーティを組んでもらえませんか!?」


鬼気迫る勢いで倫太郎に(すが)るマールは焦っているようで泣きそうでもあり、悲痛な面持ちであった。


「………」


倫太郎はけしてお人好しではない。なにを成すか、優先するかは倫太郎に利があるかどうかで判断し、行動する。


経験の浅い頃はよく女の涙に(ほだ)され、割りに合わない仕事をしたり死にそうになったことも一度や二度ではない。そんな苦い経験をしてきたからこそ、今自分に縋ってくる女と自分を客観的に俯瞰して見ることができていた。


口に手をあてながら少し考えた倫太郎は、「とりあえず話を聞いてみて、メリットがありそうだったら組んでみよう」という脳内会議の結果を弾き出したのだった。


「わかった。とりあえず事情を聞かせてくれ。パーティを組む組まないはマールさんの事情と条件によって変わるからな」


倫太郎は再び席に座ってマールの言葉を待った。

マールは申し訳なさそうに眼を伏せてポツポツと語り始める。


マールが語るところによると、治癒の実という霊薬型レガリアは四階層の比較的浅いエリアで発見されるという。

マールの魔法使いとしての実力であればソロでも六階層付近までなら油断しなければ日帰りでも潜って帰って来られるそうだ。


だが、問題は『夢幻の回廊』自体の攻略難易度ではなかった。


「治癒の実は別名『水辺の奇跡』というのですが、その名の通り…泳いで行かなければいけない場所にあるんです」


四階層は基本的に水に由来した構造になっている。

じゃあ泳げない者は次の階層へは辿り着けないのかと言えばそういうわけではなく、ちゃんと足場はあるしその気になれば全く濡れることなく五階層へ至ることができる。


だが治癒の実を欲すればそういうわけにはいかない。


治癒の実の群生地は五階層へ至るルートから少し外れて水のトンネルを抜けた先にある。

必然的に潜水技術が必要になり、尚且つ水中に生息するモンスターとも無呼吸のまま戦い、切り抜けねばならない。


ゆえに四階層という浅い階層のレガリアでも治癒の実は獲得難易度と市場価格が跳ね上がるのだ。


もちろんマールには市場に出回る治癒の実を買う資金力も、人を雇って治癒の実を取ってきてもらう金も、生粋のカナヅチゆえに水のトンネルを潜り抜ける潜水技術もない。


違うルートから治癒の実へ至れないかも必死に調べたが、そんなルートは存在せず足踏み状態で時間だけが無駄に過ぎてゆき、焦りと無力感で折れそうなとき倫太郎と再会したというわけだ。


以上のことを伝えてマールはテーブルに頭を擦り付ける勢いで倫太郎に懇願しはじめた。


「お願いします!私にできることならなんでもします!望むならこの体だって好きなようにしてもらってもかまいません。だから…後生ですから…リンタローさんの力を貸してください…!」


ポタポタとテーブルに涙が(したた)り落ちる。

ギリリと歯をくいしばるマール、誰かに頼らなければ最愛の母を救うこともできない己の無力を呪っているのだろう。


今まで眼を瞑り黙ってマールの話を聞いていた倫太郎が眼を開き、マールを見据えた。


「二つ、条件がある」


倫太郎のその言葉にマールはビクッと震える。どんな無茶な要求が飛び出すのか、膝の上で手を強く握り覚悟を決めて倫太郎の言葉を待った。


「一つ、俺は爆煉石という六階層最奥にあるという鉱物がダンジョンに潜る理由だ。マールさんには爆煉石入手までのサポートをしてもらいたい」


マールの覚悟の量に対して倫太郎の一つ目の条件は肩すかしとまでは言わなくとも比較的簡単な内容であった。

だから二つ目の条件が怖くなる。どんな無茶な要求をされるのか呼吸すら忘れて身構えた。


「…二つ、治癒の実の取得が成功した(あかつき)には………しばらく俺に付き合ってもらおうか」


ニヤァ…と倫太郎が(わら)った。


身震いする自分の体を抱いてマールは覚悟を決める。


「………はい、わかりました。…よろしくお願いします…」


母のため、己の力のなさがゆえの結果だ。これで治癒の実が手に入れられるなら安いもの…と、甘んじて受け入れようと思ってはいたが、それがいざ現実になると押し殺していた感情が涙として溢れ出てくる。

止めようとしても流れる涙は言うことを聞かない。


倫太郎はそんなマールを頬杖つきながら黙って見ていたが、女を泣かせているという罪悪感から「意地悪しすぎたか…」と反省し、頭をガシガシ掻いて言い直した。


「なにを勘違いしてるか知らないけど、「生活魔法を覚えたいからしばらく練習に付き合ってくれ」ってことだぞ?」


マールの涙がピタリと止まる。なにを言っているのかよくわからないといった目で倫太郎を見た。


「…え?……いや、でも…?…そう…なんですか?」


「ああ、マールさんは魔法が得意みたいだからな、俺が一通り生活魔法を覚えるまで特訓に付き合ってもらうのが二つ目の条件だ。なんだ?なんか違うことさせられると思ってたのか?ん?どんなことさせられると思った?正直に言ってみ?」


ニヤニヤと煽り倒す倫太郎に対してマールは首から上に向かって順番に真っ赤に染まっていき、パクパクと口を動かすが言葉は出てきてない。


「おやおや、そんな真っ赤になるようなこと考えてたのか。マールさんは以外とスケベなんじゃないのか?」


「ちっ、違っ…もうっ!」


マールは真っ赤なまま頬を膨らませてそっぽ向いてしまった。

一頻(ひとしき)りからかって満足した倫太郎はこれで湖での殺人ビンタの件はチャラにしてやろうと決め、マールへと手を差し出した。


「冗談だよ、悪かったな。じゃあこれからお互いの目的の物を手に入れるまでよろしく頼むマール。臨時パーティーでも仲間なんだから余計な敬称はいらない、気安く呼び捨ててくれ。俺もそうする」


差し出された手をマールは握り返し、満面の笑みで応えた。


「はいっ!よろしくお願いします!リンタロー」


──────────────────


お互いダンジョンへ潜る準備はすでに終わっていたため、茶屋をでた二人はそのまま「夢幻の回廊」入り口へと来ていた。


道すがら倫太郎が話を聞くと、マールはこの十日ですでに両手の指では足らないほどダンジョンに挑戦していて、四階層までなら道順や生息するモンスターも頭に入っているそうだ。


『夢幻の回廊』の出入口は洞窟のようになっていて、歩いて入り階段を降りて下へ下へと降りていくタイプのダンジョンだが、厳重に鋼鉄の蓋がしてあり、蓋に入り口と出口それぞれのドアが設置してある。

ダンジョンという性質上、中からモンスターは出てくることはないが念のための措置だそうだ。


「こんにちは、ダンジョン『夢幻の回廊』への挑戦でよろしいでしょうか?同意書のサインと探求者タグの提示をお願いします」


入り口の前に立っていた兵士のような男が倫太郎とマールに問う。マールは慣れた様子で「はい」と応え、紙とペンを受け取り記入し始めた。

名前と等級の申告、死んでも自己責任などの同意を約束させる書類のようだ。


マールは書き終わると男に紙とペンを返し倫太郎を見て頷く。それに応えるように倫太郎も頷き、分厚い重厚なダンジョンの入り口の扉を睨み付けた。


いよいよ『夢幻の回廊』へと足を踏み入れようとする倫太郎はいつも以上に真剣な面持ちである。


目指すは六階層最奥、欲するは爆煉石。準備は万端、予想外の戦力もできた。鬼が出ようが蛇が出ようが魑魅魍魎が跋扈(ばっこ)していようがすべてを薙ぎ倒していく覚悟で臨む眼だった。



ギギギギと鈍い軋む音と共に『夢幻の回廊』の扉が今、開かれた。

感想、誤字脱字、おかしな表現の指摘お待ちしてます。豆腐メンタルなので辛辣な批判は勘弁してください。

「面白い」「続きはよ」「頑張れ」と思いましたら応援よろしくお願いします。

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