錬金魔法
「いきなりなに言ってんだおめぇは。弟子だと?生憎そんなもん募集しちゃいねぇよ」
耳をほじりながら呆れたようにそう言うガンゾウに対して倫太郎は真剣そのものである。
「頼むガンゾウさん。皿や小物の作り方を教えてくれって言ってる訳じゃなくて錬金魔法そのものを教えてほしいんだ」
鼻息荒く詰め寄りガンゾウの両肩をがっちりつかんで離そうとしない倫太郎。
ガンゾウは倫太郎の様変わりした雰囲気にのまれドン引き状態だ。
「近ぇ!それに痛ぇ!まず落ち着いて離れろや!」
「あ、ああ、悪い」
握り潰さんばかりに掴んでいたガンゾウの肩を離し、蹴倒してしまった椅子を直して倫太郎は掛け直した。
ガンゾウは倫太郎の頭から爪先までくまなく観察しながらしばらく考え込んで口を開いた。
「リンタロー、おめぇ戦闘の腕には相当覚えがあるクチだろ?」
ぶっきらぼうにガンゾウが倫太郎に問う。なんと答えようかと少しばかり逡巡しているとガンゾウが続けた。
「別に隠すことじゃねぇだろ。戦闘に関しちゃド素人だが長ぇこと商売していろんな人間を見てるとよ、そいつの雰囲気や歩き方や立ち方、目付きや視線の動きで大体なにが得意かわかんだよ。まぁおめぇみてぇに何年やっててどれだけ本気かまではわかんねぇけどな」
そう言って作業台の散乱した鉱物のインゴットの中からこぶし大の鉄の塊を拾い上げ倫太郎へ投げてよこす。
「そいつは見たまんまのただの鉄の塊だ。その気になれば探求者としてもやっていけそうなおめぇがそんな必死に頼み込んでくるんだ、なんかしら事情があるんだろ?いいぜ、錬金魔法の触りのとこくらいなら教えてやるよ」
倫太郎はパッと顔を上げて顔を輝かせた。倫太郎はここで断られたら腕の良さそうな錬金魔法の使い手を探して虱潰しに錬金魔法の指導を頼み込むつもりでいた。
だが錬金魔法に対する真剣さと情熱、錬金年数を考えるとガンゾウ以上の人物はいないだろうと予想していたのだ。
「いいのか!?助かる!ありがとうガンゾウさん!」
「おうよ。それで早速なんだけどよ。まずはそのただの鉄の塊を伸ばしたり平たくしたりの基礎からだな。いいか?錬金魔法ってのはイメージ九割五分、魔法の才能五分だ。精巧で緻密な錬金ほど術者のイメージがモノを言う。魔素を高出力で操れようが錬金魔法に限ってはそんなもん糞の役にも立たねぇ。以上を踏まえてその鉄の塊をできる限り薄く均等に平たく伸ばしてみろ」
「…」
平たく伸ばせと言われても魔素に目覚めたばかりの倫太郎は魔素の使い方などわからない。
仕方なく鉄の塊を平たく伸ばすイメージをしながら力一杯押し潰してみた。
「ふん!ぐっぎぎぎぎぎぃ」
「…なにやってんだおめぇ…」
完全に呆れた目でその姿を見るガンゾウはもういっそ憐れんでいるようだった。
「まさか…魔素の使い方も知らねぇのか?」
倫太郎はいまだに力ずくで鉄屑を引き伸ばそうとし続けている。もう力みすぎて倫太郎の顔は真っ赤である。
見かねてガンゾウが「待て待て」と倫太郎にストップをかけた。
「リンタロー、魔素の使い方はわかるか?いや、そもそも体内に魔素があるのは認識してんのか?」
「…体の中によくわからない渦巻く力があることは知覚できるんだけど、それをどうしたら行使できるかがわからない」
そこからの説明になるのか、とガンゾウは頭を抱えた。
魔素とは己の意思で操作、変換、放出するものであり、本来は体内に内包する魔素を知覚できた時点で本能で操作くらいはできるのだ。
運動音痴、方向音痴、味音痴などがあるように『魔素音痴』という魔素の扱いが苦手な者が一定数存在する。倫太郎はその魔素音痴に該当しているようである。
イメージとしては胸の辺りにある魔素の塊から掌に魔素を流すパイプを作り、そこから掌まで魔素を誘導して手に持った鉱物に己の魔素を染み渡らせ、イメージ通りに変形、変質させていき加工することこそが錬金魔法の基礎だと、ガンゾウが猿でもわかるように砕いて倫太郎に丁寧に説明した。
「…ってぇことだ。ここまではわかったか?だから錬金魔法に力なんてまったくいらねぇ。鉱物へスムーズに均等にてめぇの魔素を染み込ませて、その魔素と一緒に鉱物を変形させるんだ。それを踏まえてもう一回やってみな」
それをフムフムと真剣な面持ちで倫太郎は聞いて、持っている鉄の塊と自分の胸の辺りを交互に見て何かを考えていた。
「なるほど…。なんとなくわかった。」
倫太郎は鉄の塊を両手に乗せて目を瞑り集中する。
胸の中にある荒れ狂う魔素を意識して取り扱いしやすいように泉の水面のように落ち着かせる。
そしてそこから掌までその魔素を流すパイプをイメージして形成し、ゆっくりと掌まで魔素を送る。
すると倫太郎の手が淡く輝きだした。本人は瞳を閉じているためその光景は見えていないようだが、次第にその光が鉄の塊を侵して行く。
「薄く、均等に、平たく、んんんん…」
倫太郎がイメージしているのは一枚の一辺が同じ長さの正方形の鉄板だ。硬質な質感、滑らかな表面をもつ鉄板を思い浮かべながら手に持っている鉄の塊に集中した。
するとごろごろとした形のただの鉄屑が動き出した。徐々に薄く伸びてゆき、倫太郎の手の中でその姿をゆっくりと変えていく。
その光景をガンゾウも固唾を飲んで見ていた。
「もうちょっと…そうだ、いいぞ…」
ガンゾウの心の声が独り言として発露してしまうが倫太郎はまったく聞こえていないようで集中し続けた。
目を閉じたまま集中すること約三分後、掌の淡い光が消え、鉄の変化が止まった。
「ぷはぁっ!はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
倫太郎は錬金魔法を行使している間、ずっと息を止めていたのか盛大に息切れを起こす。
「やったじゃねぇかリンタロー。とりあえず錬金魔法は発動したようだな。発動は…な」
そう言われて倫太郎は手の中の元・鉄の塊を見ると絶句した。
「…想像と全然違う」
倫太郎が錬金魔法をかけた元・鉄の塊は表面はザラザラのでこぼこ、四角は丸まっていて厚みは分厚くなっているところと薄いところがまちまちで、とても想像通りとは言えない代物であった。
「まぁ最初なんてこんなもんだ。才能あるやつでも想像通りのモノを作れるようになるまで三年、物質を変質させるようになるまで五年、細工なんかの技術の習得で十年、いっぱしの職人を名乗れるようになるまで十八年はかかるのが錬金魔法の世界だ。まぁ気長にやるこった」
倫太郎は聞こえているのか聞こえてないのかわからないが手の中の不細工な四角い鉄板を呆然と見つめている。
はたから見たら己の才能のなさにうちひしがれているようにも見えなくもない。
なんと声を掛けたらいか悩むガンゾウより先に倫太郎が口を開いた。
「…ガンゾウさん」
「おっ、おう?」
「鉱物のインゴットを売ってくれないか」
「いや、そりゃあかまわねぇが…なにをどれだけ欲しいんだ?」
工房の棚にところせましと様々なインゴットが陳列されている。
倫太郎はそれを眺めて「そうだな…」と思案する。
「とりあえず全種類三つずつ売って欲しい」
「全種類!?」
「ああ、ダメか?」
「い、いや、いいがそんなにどうするってんだ?」
「部屋に籠って特訓してくる。また一週間ほどしたら意見をもらいに来るよ」
「おう、あんまり根を詰めすぎんなよ」
ガンゾウに良心的な価格で各種インゴットを譲ってもらい、サービスでもらった大きめの厚手の布にそれらをすべて包んで背負う。その総重量は三桁キロを軽く越えるほどの重さであった。
「じゃあガンゾウさん、一週間後のこのくらいの時間に来るから忌憚のない意見を頼む」
そう言って難しい顔をしながら渡り鳥の巣へと帰っていったのだった。
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