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別れ、メシ、出会い

「また来ておくれ、リンタロー!いつでも歓迎するよ」


店をあとにする倫太郎をザリアネが見送る。名残惜しいようで目に涙を溜めていた。

普段男勝りな言葉使いや振る舞いをするのは実は泣き虫ということを隠そうとする裏返しなのかもしれない。


「おう、ありがとな。レガリアもありがたく大事に使わせてもらうわ。…あぁそうだ、今さらだが男経験ないのに「隠せそうな穴も探っていい」ってのはどうかと思うぞ?」


ザリアネの首から上がまた赤くなって忙しく目が泳ぐ。言われて気づいたようだがザリアネ本人も「あれはない」と思ったようだった。


「もうっ!過ぎたことを蒸し返すんじゃないよ!…あんなこと倫太郎にしか言わないんだからね!」


外はもう茜色に染まりかけていてじきに夜になるだろう。そうなればただでさえ狭く薄暗い狭い路地は暗闇に包まれさらに歩きにくくなることは間違いないだろう。


「リ、リンタローはどこに泊まってるんだい?この辺の人間じゃないんだろぅ?」


そろそろ帰ろうと振り返った倫太郎にザリアネが別れを引き伸ばすかのように質問を投げ掛けた。鈍感な男でもわかるほどザリアネは切なそうでそれを振り切るのは倫太郎も若干心苦しいと思えたようで顔だけ振り返り告げた。


「宿屋街の渡り鳥の巣ってとこだ」


じゃあ、と背中越しに手を振り倫太郎は狭く細い道を戻って行く。今振り返ればまだザリアネは倫太郎の背中を見つめていることだろう。

おそらくザリアネとはまた会うことになるという漠然とした予感を感じながら振り返らずに歩き続けた。


ザリアネと別れ、夕暮れの武具屋の大通りを戻る。


雑多に建物が並ぶ繁華街の飯屋の前を通ると肉の焼ける芳ばしい香りに倫太郎は足を止めた。

肉の匂いが朝に宿で食べたきり何も口にしていない胃袋を刺激して急激に空腹感を覚える。

まだ少し夕食には早い気もするが食べて帰ろうと、芳ばしい香りを辿って回りの店より一回りほど大きな建物の店へと誘われるように入っていった。


「へいらっしゃい!一名様ご案内!」


威勢のいい寿司屋のような声でウエイターが倫太郎に近寄り席まで案内する。

寿司屋っぽい接客だが内装は木材が多用されたモダンな店内だ。


「いらっしゃいませ。本日はロックドラゴンの美味しい部位が入荷していますが、いかがでしょうか?」


「ロックドラゴン?」


聞き覚えのあるモンスターの名前に、まさかとは思いつつ倫太郎が訪ねる。


「そうなんです!あのロックドラゴンです!タイミングよくうちで仕入れできたんですよ。なんでもそこそこ若い旅の男が探求者ギルドに卸していったとか。お値段は少々張りますが間違いないですよ!おすすめです!」


やや興奮気味で推してくるウエイター。既に感づいているがおそらくそのロックドラゴンは倫太郎が納めた個体のことだろう。


あんな大トカゲがホントに旨いのかと疑いつつもウエイターの押しが強いこともあって試しに食べてみることにした倫太郎だった。


「じゃあそのロックドラゴンの一番いいところをステーキで頼む」


かしこまりました、とウエイターがサラサラと伝票を書いてテーブルの上に置いて厨房へ向かった。

置いていった伝票を見てみるとロックドラゴンヒレ肉ステーキ五千ベルと書いてあった。


現代日本円にしておよそ五万円相当。もう一度言うが五万円相当である。

雑誌に載るような有名高級レストランでもステーキ一枚五万円というのは中々お目にかからないお値段だろう。

不味かったら文句を言おうと思いながら料理を待った。


十分ほど待つとウエイターが鉄板の上でジュージューと焼けて油が踊る分厚いステーキと白パンのセットを倫太郎の前に置いた。


これがロックドラゴンステーキかとまじまじ見てみるが、見た目は牛のステーキとさほど変わらないようだが、肉の芳醇な香りの質がまるで違う。


一口に切り分けようとナイフをたてるとまるで熱した包丁でバターを切ったかのようなやわらかさであった。

それを口に放り込むと全身に衝撃が(はし)る。口腔内を至福が満たし、噛むことを忘れるほどの甘美な肉の旨味が広がり鼻腔にもその幸せの香りがダイレクトに届いた。


咀嚼を始めると予想以上に柔らかく、総入れ歯の老人でも苦もなく食べられるだろう。噛めば噛むほど肉汁が溢れ出し飲み込みたくなくなる。


異世界グルメ…侮れないな。そんなことを思っているとロックドラゴンの肉を倫太郎に勧めて配膳しに来たウエイターと目が合った。

コレを勧めてくれてありがとう。そんな感謝を込めてサムズアップするとウエイターも笑顔で親指を立て返した。


当然、ただの一欠片も残すことなく完食した倫太郎は満足げに五千ベルとチップの千ベルを支払い店をあとにしたのたった。


もう時刻は七時をまわっているが、通りを歩く人の群れはほとんど減っていない。それどころか夜に開店する飲み屋目当ての探求者らしき者達の姿が増え、日中とは違った粗野な賑わいを見せている。


目的があるわけではないが宿までの道のりを外れプラプラと店を冷やかしながら王都の夜を堪能していた。

飲み屋の客引き、酔っ払い同士の喧嘩。

ネオンや街灯はなくとも人の密度と活気では東京都心にも引けはとらないほどだ。


しばらく行くと工房のような店が立ち並ぶ路地に出る。

一軒の工房の格子窓から光が漏れていたので見てみると白髪の初老の男が椅子に座り黙々と作業しているのが見えた。


男が金属のインゴットに手を添えて集中するとインゴットはグニグニと形を変えて変形する。

物質に干渉する魔法を見たのは初めてだった倫太郎は食い入るようにその作業を見つめた。


男のインゴットはすでにその(てい)を保っておらずいつの間にか皿の形に変化している。その皿に指を這わせ複雑で優美な模様を形成していった。

機械や工具は何一つ用いずにただの鉄の塊から製品を作り出し、仕上がりを鋭い瞳で確認するその初老の男はまさに職人といった風格が漂っている。


まったく業種は違うが同じ『職人』として仕事の完璧さを追求する姿にシンパシーを感じた倫太郎は少し話を聞きたくなり開きっ放しになっていた工房のドアをノックした。


「ん?客か?わりぃな、あんちゃん。今日はもう店仕舞いなんだ。また明日出直してくれや」


粗暴な話し方だが芯の通った鋭い目付きと白髪頭で口髭をたくわえた初老の男はそう言って立ち上がる。


「いや、違うんだ。窓からあんたが作業してる姿が見えてな。なんて言うか…大量生産品じゃない本物の逸品を造る職人の話を少し聞きたくてね。夜分に失礼した。出直すよ」


踵を返して「なにやってんだ俺は」と頭をガシガシ掻いて帰ろうとすると初老の男の「待ちな」と言う声で倫太郎は足を止めた。


「あんちゃん、歳はいくつだ?」


「俺?二十四だけど、なんだ?」


いきなり年齢を聞かれ戸惑う倫太郎に初老の男は「立ち話もなんだからまぁ入れや」と倫太郎に椅子を勧めた。


「二十四か…。まだまだ若ぇな。あんちゃん俺の造る品の良し悪しがわかるのか?」


はっきり言って倫太郎は工芸品や皿なんかの良し悪しを見る目など無い。だからなんと返そうか困ったので思った通りのことを言うことにした。


「いや、わからん。わかんねぇけど、作業する人間の目を見ればそいつの本気の度合いと情熱、あとはその仕事に携わってきた期間なんかがざっくりなんとなくわかる。それだけ分かれば品が良いもんか悪いもんかも判断できるさ」


そう返すと初老の男は面白そうなものを見る目で倫太郎を観察し始めた。頭から爪先までじっくりと。謎の悪寒が倫太郎の背筋を走る。


「ほう、じゃあ俺は錬金魔法を使った工作を何年やってると思う?」


「五十三年ってとこか?」


間髪入れずに倫太郎が即答した。初老の男が呆けたような顔で倫太郎を見たあと喉を鳴らして笑いだした。


「おいおい。俺ぁこう見えてもまだ六十だぜ?その勘定だと七つの時から錬金やってることになっちまうじゃねぇか」


「違うのか?」


間違っているなどとは微塵も思ってないように倫太郎が聞き返すと初老の男はスッと真顔になった。


「…正解だ。おめぇ小僧に毛の生えたような歳なのにえれぇ目ン玉もってやがるな」


心底驚いたように改めて倫太郎を観察する。まさか一発で当てられるとは思っていなかったようだ。


「俺がガキんときはそれこそ死ぬほど貧乏でな。なにかして稼がねぇと飢え死にしちまう。思い立って鉄屑集めては拙い錬金魔法で小物や皿なんかを作っては露店で売って日銭を稼いでしのいだもんさ」


死ぬ気の生きる気で技を磨いて本物の職人に成り上がった。つまりそういうことだと初老の男は語った。


「俺はガンゾウだ。あんちゃんは?」


ガンゾウはそう言って倫太郎に手を差し出した。倫太郎もその手を握り返し名乗る。


「倫太郎だ。よろしく、ガンゾウさん」


「おうよ。で?なにが聞きてぇんだ?」


なにを聞きたいかと問われても特に皿作り自体には興味の無い倫太郎は「なにを話そうとしてここにいるんだっけ?」と悩んでしまった。


そのとき昼間の教会でのロゼッタの言葉が急に脳内再生された。


『あぁっ!でもでも、訓練次第で生活魔法や低出力でも行使できる錬金魔法なんかは使えるかもしれません!あまり気を落とさないでください』


倫太郎の全身に強烈な電気が走った。


これが、この錬金魔法こそが自分の生きる活路となるのではないか、錬金魔法を使いこなすことができれば自分らしく戦い続けることができるかもしれない、そう直感した。


「…おい、リンタロー、どうしたってんだ。急に黙っちまって」


「ガンゾウさん!!!!!」


「うぉあっ!ばっかやろう!急にでっけぇ声だすんじゃねぇよ!」


座っていた椅子を倒しながらガバッと立ち上がった倫太郎に驚き、ガンゾウも椅子から転げ落ちそうになるが紙一重で踏ん張り持ち直した。


「ガンゾウさん!俺をあんたの弟子にしてくれ!いや、してください!」


「ぉああぁん!??!?」


夜の街に倫太郎の決意の叫びと六十路男の困惑の叫びが木霊した。

毎回サブタイトルを考えるのが面倒になってきました。雑魚丸です。


感想、誤字脱字、おかしな表現の指摘お待ちしてます。豆腐メンタルなので辛辣な批判は勘弁してください。

「面白い」「続きはよ」「頑張れ」と思いましたら応援よろしくお願いします。

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