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トルスリック騎士団

油断なくM19を構え、ゲシゲシとドラゴンの鼻先を蹴ってみるがピクリともしないことを確認して倫太郎は盛大に息を吐いた。

ドラゴンの極太の首をベンチ代わりに腰掛け天を仰ぐ。ガシガシと頭を掻き、もう一度辺り見渡してさらに深い溜め息をつく。


上着の内ポケットから煙草を取り出して火を付け、紫煙を深く吸い込んで肺に満たし、再び溜め息と共に吐き出した。


「すぅ…はぁぁ~~…」


敵を倒し、命の危機は凌いだ。だが事態は何も変わらない。


地平線まで広がる草原、木、所々に点在する岩、謎の太陽×三、今の倫太郎の気分とは真逆とも言える清清しいまでの青空、ケツの下に敷いている両目の潰れた巨大トカゲもといドラゴン。以上が今、倫太郎が見えているすべてである。


せめて川でも流れていてくれれば飲み水の確保もできたし、川沿いに歩けば人里なんかも見つけられたのかもしれない。

目標物らしいものもなく適当に歩き回って体力を消耗した挙げ句行き倒れるなんて笑い話にもならない。


「はぁ~…」


出てくるのは溜め息とそう遠くない餓死のビジョンだけだった。


ここは地球ではない。認めたくないしできれば考えたくもないが。その答えに辿り着くまでにそう時間は要さなかった。


草や木は自分の知らない新種、三つの太陽は日頃の疲れからくる見間違いか幻覚(無理矢理)というこじつけもできなくはないが現在進行形で腰掛けているドラゴンだけはどうにも説明できなかった。


「こんなもん地球にいるわけねぇだろ…」


自分に言い聞かせるように呟いてさらにブルーな気分になっていく。


「俺がなにしたってんだよ…。いや、確かに人殺しっちゃ人殺しなんだけど…」


気が滅入っているのかどんどん陰鬱な気分になっていくようだ。


もう一か八か勘に任せて歩いてみようか、そんなことを考え始めた矢先、数頭の馬の足音が聞こえてきた。ばっと顔を上げ、地平線付近に目を凝らして見るとうっすらと砂煙を巻き上げながらこちらへ向かって走る馬のようなシルエットが見えた。その背には誰かが騎乗しているようにも見える。


助かった!そう思ったがすぐに疑問も浮かぶ。まだ遠すぎて肉眼で確認出来ないがこちらに向かってくるアレらは人間なのか?と。


ドラゴンがいるような世界なのだ、背に跨がっているのは人ではなくリザードマンでした。なんてこともあり得る。


警戒しながら馬の到着を待つ。あちらからは既にこちらの姿を遠目ながら視認しているはず。木やドラゴンの死体に隠れる意味はない。


馬の数は十三騎、大きな荷台をくくりつけた四頭牽きのも物ある。背に乗っているのはフルプレートメイルと呼ばれる全身を覆う甲冑を身に付けた騎士然とした人間たちだった。ドラゴンの死体に腰掛ける倫太郎の二十メートル程まで接近して止まった。


「全隊、止まれッ!!!」


先頭を走ってきた他とは鎧の装飾が少し豪奢な騎士が制止をかける。鎧の兜でくぐもって聞こえるが女の、それもかなり若い声音であった。


「私はトルスリック王国騎士団団長エリーゼ・フォグリス!そのロックドラゴンは貴様が仕留めたのか!?」


問われた内容はわかる。しかし倫太郎は全く違うところで驚愕していた。


「に、日本語…だと?…」


ここが異世界であることは確信していた。それに伴って言葉や文化もまるで違うだろう、意志疎通はどうしようかと悩んでいた倫太郎には衝撃だった。


「おい!隊長殿が訊ねているのだぞ!答えんか貴様!」


「よせ、グーフィ」


驚きすぎて少しの間黙っていた所他の隊員が声を荒げるが、すぐにエリーゼが諌める。


「あ…あぁ、申し訳ない。ちょっと疲れてたもんで…。あんたの言う通りこいつを殺したのは俺だ」


「一人でか?」


「ああ、連れがいるように見えるか?」


調子を取り戻し、いつも通りに受け答えしただけだったがグーフィと呼ばれた騎士はお気に召さなかったようだ。


「貴様、先程から黙って聞いていれば栄えあるトルスリック王国騎士団長に向かってなんだその口の効き方は!それに珍妙な出で立ち。この国の者ではないな!名を名乗れ!」


お前さっきからちょいちょい突っ掛かってきて全然黙ってねぇじゃん…とは言わない。誰がどう考えても揉め事に発展するから。

それに倫太郎はトルスリック王国騎士団と名乗る連中から様々な情報を引き出す気でいた。


「ああ、これは重ね重ね失礼した。俺は倫太郎という。出生は日本国、この服は母国の戦闘服だ。気が付いたらここで寝ていてドラゴンに襲われたから殺した」


真っ黒でタイトなスーツを指して戦闘服と言うのは倫太郎からしたら嘘ではないが大多数の日本人からしてみれば語弊があるのだが彼らにそんなことはわからないだろう。


「全く知らん国だな。ますます怪しい。それに貴様のような細いひ弱そうな者にこんな大物を単独で仕留められる訳がない。なにかしら裏がありそうだ。隊長、この者を連行しましょう。もしかしたらガルミドラの手の者かもしれません。」


このグーフィという男はどうあってもしょっぴきたいらしく、今でも怪訝そうな目で倫太郎を睨んでいる。

怪しまれるばかりでは話にならないと、どうやって仕留めたか武器の紹介付きで説明しようと思ったが思いとどまる。


(この世界に銃の概念は存在するのか?さらに面倒なことになるんじゃ…。)


わずかばかり逡巡しているとエリーゼが提案してきた。


「ふむ、グーフィの言うことも一理あるが別に法を犯したわけでもない民間人をいきなり連行も行き過ぎた行為だ。だからどうだろうリンタローとやら、お前は馬も魔道車も持ち合わせてはいないように見える。ここから近くの町まで歩けば二日ほどかかる距離だ。携行食料も水もないだろう。だから私たちと一緒に王都まで行かないか?道すがらどのようにドラゴンを倒したか教えてほしい。帰路での食事はこちらが手配する。相応の運賃はいただくがドラゴンの亡骸もこちらで運搬する。悪い話ではないはずだ。いかがかな?」


「しっ、しかし!こんなどこの馬の骨かもわからんようなやつを…」


「くどい!」


食い下がるグーフィをエリーゼが一喝し黙らせる。よくわからない気になるワードがさっきから出てくるが今は後回しにしてどうしても聞かなければならないことがある。


「こんなでかいだけのトカゲの死体なんて回収してどうするってんだ?」


「えっ?」


甲冑で表情は見えないがエリーゼはきょとんとしているのが倫太郎にもわかった。


「いやいや、リンタローとやら。ロックドラゴンだぞ?専門ではないから確かなことは言えないが、これだけ状態の良い個体などそうそうお目にかかることはない。素材屋に卸すにせよ、ギルドに売るにせよ一財産築けるだろう。まさか捨て置くつもりだったのか?」


なるほど、と倫太郎は得心する。


「金になるってのも知らなかったし、そもそも知っていても運ぶ手段がなかったよ。もちろんドラゴンの部位によっても価値が違うだろうけどそれも知らないから選別して剥ぎようがない。運んでくれるなら非常に助かる。実は文無しだったんだ」


「そうか、わかった。みんな聞いていたな!これよりドラゴンの回収作業を行う!総員かかれ!」


そのやり取りをしている間もグーフィが甲冑越しに睨んでいるのがわかって居心地が悪かったので、倫太郎はその場からそそくさと離れてドラゴンの積み込み作業に参加していったのだった。

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