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ザリアネという女

「裸に剥いて身体の隅々まで調べてみるかい?もちろん隠せそうな穴も探っていいよ?」


そう提案したザリアネからピンク色の空間が幻視できるほどの色香が噴き出す。


商売人の顔から女の顔へ、男勝りで勇ましい口調から媚びる娼婦のような口調へと一瞬で変わったと一部始終を見ていたのが男ならばすぐに気付けるほどの変貌だった。


目の前にはサラシを巻いてなおビンビンに主張してくる二つ並ぶ特大メロン、顔立ちは妖艶なまでに艶かしく男の劣情を掻き立てる。

着物から覗く太すぎず細すぎない触り心地のよさそうな足、ふとしたときに見せる撓垂(しなだ)れるような仕草は見る者の視線を外せなくする魔法でもかけているのではないかと思うほどの吸引力を持っていた。


健康な男児ならば喜んでその提案に乗るだろう。いや、乗らなければいけない。むしろ乗らなければ男とは認めない。据え膳食わずは男の恥と言うが、ここまで極上の美人だと据えてくれなくても、こちらからお願いしたいくらいである。


赤道倫太郎二十四歳、職業は特殊中の特殊だが彼もまた一人の健康な日本男児である。食欲、睡眠欲、物欲、もちろん性欲だって人並みにあるのだ。

さっきまで「こんなアホほど怪しい店の笑えるほど怪しい女店主など信用できるか」と顔に書いてあった彼もさすがに生唾を飲み込むことを禁じ得なかった。


「さっきから黙りこくってどうしたんだい?わかってるだろぅ?今アタシはあんたを誘ってんのさ。まさか女からの誘いを無下にして恥をかかせるほど野暮な男じゃないよねぇ?」


挑発的な台詞と誘うような流し目で舌舐めずりするザリアネの表情は仕草と振る舞いとは対称的にどこか柔らかく、包み込むような母性さえ感じる。


倫太郎の瞳から鋭さと知性の光が徐々に消えてゆく。警戒し身構えていたのがいつの間にか棒立ちになり、そしてついに歩き出した。


甘い蜜に誘われるようにフラフラとザリアネの方へと覚束無い足取りで向かうその表情はもう何も考えられなくなった廃人のように締まりがない。


一歩、二歩、三歩と進みザリアネへと右手を伸ばす。もう少しでその柔肌へ触れられる。

何も考えずに肉欲に溺れてしまえば、快楽に身を委ねたらどんなに気持ちいいか。本能に逆らわず流されればどんなに至福か、そんなことしか考えられなくなっていた。

あと少し、もう数十センチ、ほんの僅か、ザリアネの淫靡なはだけた肩に触れるか触れないかの寸前。


伸ばしてないほうの左腕で倫太郎は自らの頬を力の限りブン殴った。


バキャ!と狭い店内に頬の肉がひしゃげる鈍い音が響く。

己の頬を殴るという行為は無意識にブレーキをかけてしまいがちだが、頬をうっ血させ口の端から血を滴らせる倫太郎のそれは紛れもなく百パーセントの力で張り倒した印だろう。


その自傷行動を目の前で見ていたザリアネも短く「ヒッ!」と悲鳴を上げるほどの迫力だったようだ。

前屈みになり、倫太郎の垂れた前髪でザリアネから倫太郎の表情はうかがえないが、彼の口から滴る鮮血がヒタヒタと床に落ちる様子を口元を抑え信じられない物を見る目でザリアネは言葉もなく見ているしかなかった。

倫太郎は大きく空気を吸い、一気に吐き出す。そして前髪をかき上げながら上体を起こした。


「……あっっっぶねぇ~、セーフ。いや、術にハマった時点でギリギリアウトか」


そしてギロリとザリアネを睨み付ける。それは敵対する者を射殺すような鋭い眼光であった。


「おい女。お前、人間じゃねぇだろ?男を誑かす妖怪の類いか?」


「っっっ!?」


ザリアネは柄にもなくひどく動揺した。今まで散々使って男を虜にしてきたこの『術』を破られたことなど一度もなかったからだ。さらに自分のトップシークレットとも言うべき事実を見破られ突き付けられた。

その動揺はポーカーフェイスで取り繕う暇すらなくザリアネの表情へと浮き出る。その返答と言うべき一瞬の表情の変化を見逃すほど倫太郎は抜けてはいない。


「ビンゴか…」


次の瞬間、倫太郎の姿がかき消えた。今の今まで目の前にいた男の消失にザリアネは一瞬でパニックに陥る。


「はっ!?えっ!?」


ゴリッ。ザリアネのこめかみに硬質の何かが突き付けられた。


「動くな。動いたら殺す。何らかの術、能力を使うそぶりを見せても殺す。わかるよな?脅しやハッタリじゃねぇ。脳漿(のうしょう)ぶちまけて醜く死ぬか、聞かれたことに素直に答えて生き長らえるか選ばせてやる。ついでに言っとくと俺に嘘や出まかせは一切通じねぇ。これだけ近くならそいつの目をみれば嘘かどうかは手に取るようにわかる。沈黙と嘘イコール即死、そう肝に銘じて素直に喋ることをおすすめする」


まばたき一回分の刹那と言われても納得できる超高速移動でザリアネの真横に現れた倫太郎はM19をザリアネの頭に押し当てたのだ。

視界の端で辛うじて倫太郎の姿が見えているだけだが凄絶な殺意をザリアネは感じていた。


「こ、殺さないで…」


「そりゃお前次第だ。さて、楽しい尋問タイムと行こうか」


ザリアネはすでにカタカタと小刻みに震えているのが銃越しに倫太郎へと伝わる。ザリアネの邂逅時の余裕と妖艶さは微塵もなく、今は涙を浮かべ震えるただの女に成り下がっていた。だがそれがどうしたと倫太郎は冷たく尋問を始めた。


「お前は一体なんだ?お前が使った能力やさっきのワケわからん術といい、詠唱が無かったから魔法ってわけでもなさそうだ。簡潔に説明しろ」


ぐっと目を閉じてザリアネは覚悟を決めたようにぽつりぽつりと話始めた。


「…アタシは人と淫魔のハーフ、俗に言うハーフサキュバスだよ。まぁ早い話が『忌み子』だね…。で、あんたに使った能力はサキュバスの固有能力で相手のことをよく知って籠絡しやすくするための読心術もどきさ。純血のサキュバスと違って精度は低いけどね。だから雑にしかわからない勘みたいなものって言い方をしたのさ。今リンタローを虜にするために使ったのもサキュバスお得意の魅了(チャーム)だよ、これは自信あったんだけどねぇ」


ザリアネの淫靡な仕草や妖艶な雰囲気をサキュバスのようだと評した倫太郎は正に大正解だったというわけだ。

半ばカマをかけるような質問だったので倫太郎も内心驚いていた。


「じゃあ俺に魅了(チャーム)をかけてどうするつもりだったんだ?しわくちゃの衰弱死体になるまで精気でも搾り取って殺すつもりだったってか?」


その質問の答え如何では敵と見なし即座に殺すつもりの倫太郎はM19のトリガーに力を込める。

ザリアネは答えにくそうに目を泳がせる。倫太郎の見解が当たっているがゆえに答えにくいのだろうか。であればこの女の死は免れないだろう。


「…だったんだ」


「あん?聞こえねぇ。はっきり喋れ」


「一目惚れだよ!好みだったんだよ!!!あんたが!…だからアタシを好きになるように仕向けたくて…」


「………………えぇ…?」


ザリアネの声は尻すぼみに小さくなって俯いてしまった。

異世界に来て何度目の困惑か。この世界の女は変な女しかいないのか、それとも変な女との出会いを引き当てる星の下に倫太郎がいるのか。本人が聞いたら甚だ遺憾に思うかもしれないがおそらく後者だろう。


「シュッとした体躯も鋭い目付きもちょっと危なそうな雰囲気も顔もドストライクだったんだよぉ!」


聞いてもいないことを絶叫し、プルプルと震えているが、銃を突きつけられて恐怖しているときの振動とは違う種類の震えと真っ赤に染まった顔、涙を溜めた潤んだ瞳。相手の目を至近距離で見れば嘘を見抜くという特技を持つ倫太郎でなくてもこれはマジだとわかるほどザリアネの顔は羞恥に染まっている。


「いや、その、なんか…ありがとう?じゃなくて、気に入った男に片っ端からそうやって術をかけて食い物にしてたんじゃないのか?」


ザリアネの返答に困るカミングアウトに戸惑いしどろもどろ尋問を続行する倫太郎だったがやぶ蛇だった。


「アタシが…そんな股のユルい女に見えたってのかい?」


「違うってのか?サキュバスなんだから当然……!?いやっ、ちょ、…えぇ?」


ポロポロと大粒の涙がザリアネの瞳から溢れていた。殺されかけるという恐怖にも紙一重だが泣かなかった女が倫太郎の蔑む言葉で一気に涙腺崩壊を起こしたようだ。


今まで倫太郎は泣きながら命乞いをする奴は幾度となく見てきたが、こんな泣かれ方をしたのは初めてで戸惑いを隠せない。


「…他の男に魅了(チャーム)を使うときは商品を買わせたいときだけ、魅了(チャーム)にかかってる間は言いなりだからね。でもこんな能力で男に肌を許すような安い女じゃないよ!」


「いや、でもお前サキュバスなんだろ?男と、その、アレだ、つまりヤッて精液とか精気とか吸ってそれを糧にして生きてんじねぇのかよ?」


尋問というより倫太郎のイメージとの相違を質問として聞く。しかしザリアネはいまだ涙が流れ続ける瞳でキッと倫太郎を睨み叫ぶ!別に言わなくていいことを叫ぶ!


「アタシは処女だよ!!!」


「…そこまでは聞いてねぇよ…」


曰くサキュバスでもハーフサキュバスは純血サキュバスと違い、普通の食事でも栄養面では事足りるらしく、いちいち男とナニして搾り取って摂取などしなくてもなにも問題なく生きていけるそうだ。


ちなみに忌み子とは人と人以外との間に出来た子を蔑称でそう呼ぶという。

この世界では忌み子は差別の対象となりやすく、場所によっては迫害の対象にもなり、忌み子と知られれば肩身の狭い思いをするのは当たり前のことのようだ。


「わかった。じゃあ俺に対して敵意はないってことでいいんだな?」


「…もちろんさ。ぐずっ」


「…」


ザリアネの目には嘘はなく、どうやら今語ったすべては真実のようだ。倫太郎に好意を持っていることを含めて。

出番の無くなったM19をホルスターへとしまう。気まずい雰囲気となった狭い店内、いたたまれない空気をどう始末をつけようか悩み始めた。


明けても繰れても殺し屋としての仕事をこなす日々で男女関係で泣いてる女を慰める気のきいた言葉など持ち合わせていない倫太郎はこんなときなんと言ったらいいかわからずお互いに黙りこくる。

先に口を開いたのはザリアネだった。


「迷惑だったろぅ?サキュバスの忌み子なんかに告白されて。…忘れておくれ」


背を向けて涙を拭く仕草も色っぽく、後ろから抱き締めたくなるような庇護欲を掻き立てられるが魅了(チャーム)にかかっていない倫太郎は抱き締めていいのか、悪いのかもわからなかった。


しかし男として言っておかなければならないことはわかっていた。


「俺はずっと僻地で暮らしててな。ハーフサキュバスだとか忌み子だとか言われてもピンとこないんだ。だから俺はそこに偏見はねぇ。…経緯はどうあれ、女の心情を無理矢理聞き出すなんて野暮な真似をしたのは俺が悪かった。すまん」


未だに倫太郎に背を向けて鼻を啜りながら泣き止む様子のないザリアネに深く頭を下げた。


「でもお前は…いい女だ。…と思う」


行き摺りの商売女とは何度も関係を持ったことがある倫太郎であるが、打算のない純粋な告白など人生で初めてであったが故にこんなときどんな顔をしたらいいのかわからなかったのでとりあえず真顔でそんなことを言ってみたのだった。

プロットなどは無く、その場その場で書きたいことを書いていたらいつの間にかサキュバスルートに(汗)


感想、誤字脱字、おかしな表現の指摘お待ちしてます。豆腐メンタルなので辛辣な批判は勘弁してください。

「面白い」「続きはよ」「頑張れ」と思いましたら応援よろしくお願いします。

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