教会
「いやいや、待て待て。おかしいだろう。これカネとるのか?聞いてねぇぞ」
「いやいや、待たない待たない。そりゃこっちだって慈善事業じゃなくて商売だからねぇ。カネはとるさ」
確かに可能性を感じる話を聞いたが、料金が発生するなんて聞いていないと思うのは倫太郎だけではないはずだ。
「ちゃんとここに書いてあるよ」
そう言って老婆は水晶玉が置いてある台座の脚を指差す。目を細め顔を台座に近づけて見ると、そこには先程の倫太郎の位置からは汚れか傷にしか見えないような大きさで文字らしきものが書かれていた。
「ちゃんとここに「納得し、参考になったと思ったら相談料二万ベルいただきます」ってしっかり書いてあるじゃないか。イィ~ヒッヒッヒッ」
今時こんなレトロでアコギな商売など本職のヤーサンだってやらないだろう。
しかし今回の正義は老婆の方にあったようだ。
「あたしがデタラメや適当なこと言ったかい?」
「…言ってないな」
「魔法とは何かっていうことまでレクチャーしたよねぇ」
「…したな」
「最後に「参考になったか?」と聞いたとき、あんたははっきりと「参考になった」と言ったね。それも「かなり」とも言ってたよねぇ」
「ぐっ…」
ぐうの音も出ないとはまさにこのこと。
ここで詐欺だペテンだと騒いだところで言い負かされた腹いせにケチをつけている小さい男になってしまうのだろう。
倫太郎は三枚の一万ベルを取り出し、老婆に黙って渡した。
「おや、一枚多いようだよ」
「…大変ありがたい参考になる話を聞かせてもらったからな。勉強代みたいなもんだよ。納めといてくれ」
「イィ~ヒッヒッヒッ。そうかいそうかい。人間感謝の念は忘れちゃいけないよねぇ。毎度ありぃ!」
老婆は満面の笑みでカネを袖口にしまう。
倫太郎はせめて最後は気前とカネ払いのいい器の大きな客としてこの場を納めて教会へと向かうのだった。
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老婆と笑顔(怒)で別れ、倫太郎は老婆に教会の場所をサービスで教えてもらい向かっていた。
教えてもらったと言っても宿屋街方面へ戻っているのだが。
「簡易地図には宿屋街に教会があるなんて書かれてなかったけどなぁ」
独りごちるが、あくまで『簡易』なのでしょうがないかと割り切り倫太郎は歩を進める。
宿屋街と住宅街の境い目に教会はあった。
地球で教会と言えば建物のどこかにあしらわれた十字架を目印に探すものだが、この世界の教会は三つの太陽の下に三日月が模されたレリーフを目印として探すらしい。
建物自体は簡素であるが、随所にあしらわれたレリーフと高い位置に設置されたステンドグラスが荘厳な雰囲気を醸し出している。
教会の扉に取り付けてあるノッカーをカンカンカンと三度鳴らしたが、誰も出てくる気配はない。
両開きの木製ドアを開けるとキィィーと建て付けの甘さが音となり礼拝堂に響いた。
手前にベンチ型の椅子が左右十脚ずつ配置され、奥の祭壇のように一段高くなっている場所には高さ三メートルほどの両手を胸の前で組んで祈りを捧げる女性の像が設置されている。
倫太郎は扉から顔を覗かせたまま耳を澄まして人の気配を探るが聖堂が広過ぎて把握できなかった。
「すいませーん」
聖堂に倫太郎の声が反射してエコーのように響く。やはり人の気配はなく無人のようであった。
ちょうど出掛けているのか、元々無人の施設なのかはわからないが人がいないことには話にならないと、出直すため踵を返し扉を閉めようとしたとき微かに人の呻き声が聞こえた気がして倫太郎は動きを止める。
改めて耳を澄ますと次ははっきりと像の裏あたりから聞こえる。もしやと思い、小走りで像の裏手に回り込むと修道服のような格好のシスターらしき女性が倒れているのを見つけた。
「おい!あんた!大丈夫か!?」
軽く頬を叩き呼吸を確認する。…なんだか既視感があるが気にせず呼び掛け続けた。体温も良好、顔色はやや青ざめてはいるが絶望的という訳ではない。貧血かと思ったとき、女性のまぶたがふるふると震える。どうやら意識が戻ったようであった。
虚ろな目で倫太郎を見ると女性がなにか言いたそうに口をぱくぱくさせた。
「おい!どうした!?なにかあったのか?」
掠れた声で呻くように喋るためよく聞き取れない倫太郎は女性の口に耳を寄せる。
「………お腹……へっ……た…………」
「……ちょっと待ってろ」
女性をその場に寝かせ教会を出て走り、宿屋街の露店で売っていた謎肉の串焼きと野菜と腸詰めが入ったホットドッグに似た食べ物、ココナッツっぽい香りのする飲み物を買って教会へと戻った。
「おい、食いもん買ってきたぞ。起きられるか?」
「…む…り…」
女性の上体を起こし、像に寄りかからせてココナッツっぽい飲み物を口へと持っていった。
するとコクコクと喉へと流れ落ち、徐々に女性の瞳に活力が戻っていく。そしてカッと目を見開くと倫太郎から串焼きとホットドッグもどきを奪い取りガツガツと貪り始めたのだった。
ガツガツもぐもぐごくん、ガツガツガツガツもぐもぐもぐごっくん。ゴクゴクゴクゴク、ぷはぁー。…げぇっぷ。
「…」
「…」
この世界の女は変な奴しかいないのかと遠い目をする倫太郎と、「そう言えばあんた誰?」と言いたそうな目で倫太郎を見る女性、二人はしばらく見つめ合う。
ポッと頬を朱に染め先に女性が倫太郎から目を逸らした。
「いや、ポッ…じゃねーわ、行き倒れダメシスター」
「あだっ!」
スビシっと倫太郎の殺人チョップ(弱)が女性の脳天に打ち下ろされた。行き倒れダメシスターに会心の一撃!
「いぃったぁ~い!何するんですかいきなり!?」
涙目で頭を抑え、立ち上がって腕を組んで見下ろす倫太郎に抗議する行き倒れダメシスターさん。いろいろと見えてはいけない布がスカートから覗いているが痛みでそれどころではないようだ。
「おい、行き倒れダメシスター」
「ちょっと待ってください!あなたさっきから非常に不名誉で失礼な呼び方してますけど、私にはロゼッタというお父さんとお母さんからもらった立派な名前があるんです!撤回してください!」
腹が膨れて調子の戻ったロゼッタはキーキーと行き倒れダメシスター呼ばわりする倫太郎へ抗議するが、倫太郎はいまだ極寒の眼差しでロゼッタを見下ろしていた。
「そうか、わかった。それでだな行き倒れダメシスター。この教会にはお前一人しかいないのか?」
「全然わかってない!?」
「質問に答えろ行き倒れダメシスター」
「…ぐぅ、私一人です。と言うか神父さんは逃げました。今は私一人で経営してます」
どんな理由があればシスターが空腹で倒れたり神父が逃げてしまうのか、考えられるのは財政難だろうか。
ロゼッタの修道服は袖がほつれ、色褪せていてなんだか見窄らしい。
先ほど本人も空腹で倒れていたことからその日を生きる資金もないのかもしれない。
若干頬が痩けて栄養の足りなそうな顔色だが濃紺のストレートの髪の毛にくりくりの大きな瞳と薄い唇の顔立ちは品のいい人形を思わせる雰囲気だ。栄養をつければもっと美しくなるだろう。
「それはそうとあなたは?どんなご用件でしょうか?お祈りでしたらご自由になさってください。…あっ!食べ物と飲み物、ありがとうございました!…手持ちがなくて今はお支払できませんが必ずお返しします!」
「いや、いい。俺が勝手にしたことだから気にするな」
ロゼッタは思い出したように自分がたいらげた食べ物の返金を申し出た。それを倫太郎は不要だと断る。だがロゼッタはそれでは気がすまないようだった。
「いけません!お金の貸し借りにだらしないと身を滅ぼします!」
鬼気迫る形相で倫太郎に詰め寄り返金を強く申し出る姿はよほど金絡みで苦労してきたと容易に想像できた。
「お、おう、そうか…。じゃあ好きにしてくれ。それで本題なんだが…話してもいいか?」
すっと倫太郎から身を離すとロゼッタは「ではこちらへ」と、倫太郎を聖堂の端に設置してある二人掛けの小さなテーブルを挟むように置いてある椅子へ座るよう勧め、ロゼッタはその対面の椅子へと腰を下ろした。
「名乗りが遅くなってすまない。俺は倫太郎という。さっき武具屋の大通りで占い師のような婆さんに『門が閉じていて魔法が使えない』と言われてな。それを解決したければ教会へ行くように言われたんだ」
真剣な顔でロゼッタはフムフムと聞き倫太郎を見ているが、倫太郎には自分の『中身』を見透かされているようで首の後ろがぞくぞくするような不思議な感覚を覚えた。
「なるほどなるほど、それでは解呪のご依頼と言うことですね。ではリンタローさん、脱いでください」
「…は?」
いきなり脱げと言われ呆けた返事をしてしまった倫太郎に対し、ハッとしたようにアワアワと顔を赤くして違うんです!と連発する行き倒れダメシスター。脱げばいいのか脱がなくてもいいのかどっちなんだと訝しむ倫太郎にロゼッタは慌てて訂正した。
「間違えました!違うんです!脱がなくてもいいんです!リンタローさんの裸が見たいとかそーゆーのじゃないんです!シャツのボタンを外して胸の辺りを出してください!」
「あ、ああ、そういうことか。てっきり裸にさせられて辱しめを受けるのが解呪の方法かと思ってしまったぞ」
そんなわけないじゃないですか!と必死に弁解するロゼッタをよそに倫太郎は鳩尾辺りまでシャツをはだけさせ、胸を露出させて「これでいいか?」とロゼッタを見ると今度は顔を青くして倫太郎を見ていた。
「どっ、どどどどうしたんですか!?この傷!」
「あー、ただの古傷だよ。気にすんな」
痛々しい傷痕と倫太郎の顔を交互に見て最終的に「わかりました…」と、不承不承納得し、話を進めた。
「リンタローさんの門が閉じている原因とどの程度の解呪魔法を要するか今から調べます。まぁ触診のようなものだと思ってください。では触りますね」
そっと倫太郎の胸に掌を当てるとロゼッタは目を閉じ、ぶつぶつなにか呪文のようなものを唱えて集中し始めた。
倫太郎はロゼッタの手が冷たくて身震いを我慢しつつロゼッタを観察する。
さっきまでの残念な印象は消え失せ、聖職者としての顔で挑む姿は息を呑むほど凛としていて美しかった。
「…ん?…これは……そんなまさか…ひどい…」
目を閉じ倫太郎の胸に手を当てたままなにやら不穏なワードを呟き、玉の汗を額に浮かべるロゼッタ。
なにがなんだかわからない倫太郎がどんどん不安になってくるのは当然のことだろう。
「お…おい、そんなに悪い状況なのか?」
そっと倫太郎の胸から手を離し、汗を袖口で拭いつつ大きく息を吐くロゼッタに倫太郎が問う。
いまだ真剣な表情を崩さないロゼッタの瞳が倫太郎をまっすぐ見つめ告げた。
「…解呪は可能です。ですが…」
言いにくそうに目を伏せたロゼッタに倫太郎の不安が募り、苛立ちに変わる。
「なんだ!ハッキリと言ってくれ!焦らされて小出しにされると不安になってくる!」
「…使えないんです」
「え?なにが?」
「リンタローさんは魔法が使えない体質なんです」
その一言でささやかな夢がガラガラと音を立てて崩れ落ちるのを倫太郎は聞いたような気がした。
森で出会ったエルフのマールの魔法を見て心踊った分だけ倫太郎にダメージを与える。
「リンタローさんは攻撃魔法、回復魔法、支援魔法の適正は皆無でした…。なので魔法使いを名乗ることのできる魔法は何一つ使えないということになります」
いつの間にか膝から崩れ、四つん這いになって打ちひしがれる倫太郎は生気のない声で「ああ…そう…」と言葉を垂れ流すばかりで誰が見ても心ここにあらずだ。
「あぁっ!でもでも、訓練次第で生活魔法や低出力でも行使できる錬金魔法なんかは使えるかもしれません!あまり気を落とさないでください」
ロゼッタのその一言で倫太郎はガバッと起き上がりロゼッタの両肩をガッチリ掴んだ。
「ひゃあ!」
「…ホントか?」
「はい???」
「訓練次第で魔法が使えるってのはホントか!?」
ガクガクとロゼッタの肩を目一杯揺らす。
倫太郎は最初から超高火力の殲滅型魔法をぶっ放したり、瀕死の重症をも瞬時に回復させるような高難度の魔法に憧れていたわけではないのだ。
無から有を生み出し、物理の理の壁を越えた奇跡を自ら起こしてみたかっただけなのである。
戦闘においては今まで培った経験と、それに基づいたスタイルを既に完璧に確立している倫太郎はたとえ自由自在に高火力の魔法を使えたとしてもほぼ使わずに腐らせるだけなのは倫太郎本人が一番よくわかっていた。
「頑張れば使えます~。だから揺らさないで~!」
パッと手を離し、ロゼッタに背を向け小さくガッツポーズを作る倫太郎は異世界に来て一番テンションが上がっていたのだった。
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