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魔法とは

「いきなり何言い出すんだ、このババアは。そんなことを言いたそうな顔をしてるねぇ。イッヒッヒッヒッヒ」


言いたそうどころかまさにそれを今言おうとしたところで倫太郎は口を噤んだ。


さすがファンタジー世界だけあって占いや呪術なんかも地球とは比べ物にならないほどの精度なのだろうか?

そんなことを思っていると老婆はおもむろに立上がり倫太郎に近付き、後ろへ引く倫太郎の顔を覗き込んで目を徐々に見開いていった。


「んん~?おんやぁ?あれまぁ、なるほど、そうかそうか、イィ~ッヒッヒッヒッ」


人の顔を見ながらなにかを発見してなにかに驚いて勝手に納得し、最後にはシワくちゃの顔をさらにシワだらけにして笑い出す。

今までこんな失礼なババアとは会ったことがないと倫太郎はムッとするが、老婆は構わず喋り続けた。


「あんたが今成すべきことは武器屋でナイフを直すことでも武器を新調するとこでもないよ。なによりもまず教会へ行くことさね、ヒッヒッヒッ」


背筋がぞわっと一気に泡立つ。目の前小さな老婆に倫太郎は「武器屋を探している」とも「ナイフを直したい」などと一言も言ってない。

得体の知れない老婆に対して倫太郎は無意識に懐に手を伸ばしていた。

M19に指先が触れたところで老婆は宥めるように、諭すように(しわが)れた声で優しく倫太郎を制止した。


「まぁまぁ、落ち着きんしゃい。いきなり見ず知らずのババアにそんなこと言われても不気味だって気持ちはわかるよ、イィ~ッヒッヒッヒッヒッヒッ。あたしゃね、人の『カルマ』が見えるんだよ。」


カルマ?と新興宗教の勧誘を見るときのような胡散臭い目で老婆を見やると、老婆の瞳がうっすら輝いているのを倫太郎は見た。


「!?…おい、ばあさん、ソレは一体なんだ?」


「この眼だろぅ?あたしの眼は人の奥底にある『カルマ』を見てその人間がどんな人生を歩んだのか、何を欲し望んでいるのか、これから何を成すべきか、どこへ向かうのかが…」


「わかるって言うのか!?」


そんな能力があれば確かに占いなど陳腐なものと言えてしまう。未来も過去もその人の思考さえも見通せるなど『人生の鷹の目』とも言える能力だろう。


「いんや…なんとなぁく、うっすらと、ぼんやりと、わかるような、わからないような…イィ~ヒッヒッ」


「おいババア」


額に青筋を浮かべ、懐のM19のグリップに手をかける。

ただでさえ武器屋の多さに辟易していているというのに、胡散臭い掴み所のない老婆の戯言に翻弄されるという二次災害のような事態に倫太郎は半ば本気でキレかけた。


「コレコレ、そうカリカリしなさるな。あたしのコレは断片的で抽象的なイメージが見えるだけだよ。それをあたしの勘で繋ぎ合わせて当てずっぽうで話してるだけさね。でもよく当たるだろ?驚いたかい?イッヒッヒッヒッ」


勘で当てずっぽう。そう老婆は言うが、そんな的中率ではない。さっきからこの老婆の言うことは何一つ間違ってはいないのだ。


もしかしたら、いやほぼ間違いなく倫太郎が元々はこの世界の住人ではないことを見抜き、出会い頭に「この世の者じゃない」と言ってきたのであれば倫太郎の殺し屋としての仕事のことすら見抜いているかもしれない。


ただそれを口に出してしまえば自分も無事ではすまないかもしれないと理解して触れないのでは、と倫太郎は思い至る。

ふざけたババアだが、話を聞くだけなら害も損もないはずなので、参考までに意見を聞いてみようと思ったのだった。


「すまなかった。大人げなかったな、ばあさん。ちょっと話を聞かせてくれ」


老婆に詫びて、背の低い老婆の目線と合わせるように倫太郎は片膝を付いて目線の高さを合わせた。

為人(ひととなり)を見抜くということに関して倫太郎は卓越した才を持つ。老婆のような特殊な能力こそ持ち合わせてはいないが、細やかな仕草、表情、目線の動き、癖、声の大きさ、話し方、服装の好み等から情報を得て総合して短時間の会話でも性格や思考を見抜くことを得意としている。


改めて老婆をじっと観察してみると顔中のシワで分かりにくいが、なかなか懐が深く、思慮深いと思わせる瞳に根は真っ直ぐでおおらかな印象を受けた。

そこまで観察して倫太郎の判断は「まだ信用はできないが話を聞いてみる価値はある」であった。


「イッヒッヒッ、人間素直が一番だよ」


「それで?なんで俺が教会でお祈りしなきゃいけないんだ?生憎と無宗教でね、神も仏も大して信じちゃいないんだ」


「あんた…魔法を使いたいんだろぅ?」


「なぁっ!?…いや……俺は別に…」


会話が噛み合っていないが倫太郎は年甲斐もなく奥底に芽生えて久しい「魔法使いになりたい」などという夢をストレートに言い当てられ、恥部を他人に見られたときのように急に恥ずかしくなり声のトーンが尻窄みになっていく。


「イッヒッヒッヒッヒ。隠さなくていいさね。でも今のままじゃあんたは魔法は使えないよ」


「!?」


恥ずかしさからの絶望である。二重底の落とし穴に落ちたような感覚を覚えた倫太郎は手が微妙に震えてきている。


「あんたはまだ『門が閉じてる』状態なのさ。それじゃ生活魔法だって扱えやしないよ」


門が閉じてる?え?と、意味のわからない倫太郎は老婆に問う。


「すまん、意味がわからん。門が閉じてるってのはどういうことだ?俺が魔法を使えないのとどう関係してるんだ?」


「あんた、そもそも魔法ってどうやって使うか知ってるかい?」


いや、知らん。と(かぶり)を振る倫太郎に対して「そうだろうねぇ」と老婆は続けた。


「魔法ってのは心の臓に宿るとされる魔素、つまり魔法の大元だね。それを任意で引き出し行使する日常的超常現象のことさ」


日常的超常現象…矛盾しているが納得できるすごい言葉だな。と倫太郎は聞き入る。


「そいつを自由自在に操り、奇跡を起こすのが魔法使いと呼ばれる連中のことだよ。門が閉じてるってぇのは蓄えられた魔素が心の臓から出てこられないことを言うんだよ。ただあんたのは閉じてるってより「封印されてる」って言い方に近いほどガチガチに閉じてるもんだからタチが悪い」


ふむふむ、と頷きながら真剣に老婆の話を聞いていた倫太郎はそこまでの情報を整理する。


「なるほど。で、その封印を解くのに教会を訪ねろ。と、そういうことか?」


「ご明察」


老婆はそう言って芝居がかった拍手を倫太郎に送ると次にはすぐに真剣な眼差しへと戻る。


「あんたの『カルマ』が何より先にその封をひっぺがして魔素を解放することを望んでいて、それによってより良い未来が待っているとあたしにビンビンに伝えてくるのさ。武器なんかはその後でどうにでもなる、ともね」


時間の浪費覚悟で馬鹿みたいに乱立する武器屋に片っ端から入ってみるか、謎の老婆の言葉を信じてとりあえず教会へ行ってみるか。この二択に倫太郎は逡巡するがこの老婆の話がデタラメだったとしても気を取り直して武器屋巡りに勤しめばいいだけだと思い至って先に教会へ行こうと決めたのだった。


「どうだい?参考になったかい?」


また椅子に座り直した老婆はニコニコと人の良さそうな笑顔で倫太郎を見つめる。


話してみたら親身に魔法や行くべき場所のアドバイスをくれた老婆に倫太郎は今更ながら感謝した。


「ああ、なかり参考になった。ありがとう」


そうかいそうかい、といいながら老婆は倫太郎に手を差し出し、


「二万ベル」


「…は?」


「相談料二万ベルになります」


「…」


ファンタジーの世間もなかなか世知辛いようだ。

感想、誤字脱字、おかしな表現の指摘お待ちしてます。豆腐メンタルなので辛辣な批判は勘弁してください。

「面白い」「続きはよ」「頑張れ」と思いましたら応援よろしくお願いします。

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