殺し
ウザミミの最後の勝ち誇った顔は一体何に対しての勝利宣言だったのか、自分は一体何に負けてしまったのかわからず釈然としないまま倫太郎は探求者ギルドを出て王城方面に向かい歩いていた。
露店や客の呼び込み、こぜり合いなどの揉事もあるにはあるが刃傷沙汰になるほどのものではなく、王都を盛り上げる活気の一部となっていた。そんな風景を横目に歩を進める。
先立つものも手に入れた。時間は有り余るほどある。先ずは拠点を決めて物資の調達を始めようと宿屋が密集している区画を目指す。
街に入ってすぐのところに設置してあった王都グランベルベの簡易地図を確認したところ、王都はドーナツ状に区画が整備されていることがわかった。
まずドーナツの穴に当たる部分が王城である。王城は王都の実に二割の面積を占めるほどの広さを誇る。
それはただ広いだけでなく、有事の際の避難所も兼ねていて、避難勧告が発令されたときは民間人は王城の敷地に避難することができるようになっているそうだ。
その外側が貴族街となっていて、貴族たちの住居と、上流階級の人間をターゲットに商売している敷居の高い店舗がここに集まっている。
一般庶民はこの区画から先には普段立ち入ることはできず、貴族街へ続く道には検問が設置されており、王族、貴族、招待状を持った者など特別な許可証を所持した者以外は立ち入りを制限されている。
貴族街の外周をぐるりと一般庶民が暮らす平民住居区が貴族街を取り囲むように軒を連ねて乱立している。
更にその外周に商業区画があり、それを東西南北で区切り、北側が日用雑貨や食品を扱う店舗が中心に立ち並ぶ。一般の庶民はほとんどこのエリアへ足を運ぶだけで生活に必要なものはすべて揃ってしまう。
東側は探求者や傭兵などの荒事が専門の者たちが贔屓にする武具を取り扱う店舗がメインだ。武器、防具に限らず魔法薬、マジックアイテム、更にレガリアを取り扱う店舗もあるという。
南側の区画は各ギルドや地球でいうところの役所や、憲兵本部などの公的機関がここに集まっている。つまり倫太郎たちは南門から入門したということだ。
最後は倫太郎のお目当ての宿屋や旅館が軒を連ねる西側の区画である宿屋街。密集しているというだけで、宿屋は探せば街中にちらほら点在する。あとは大人の憩いの場、娼館。西区のみが唯一娼館の営業を許されている区画である。
こういった大きな都市に必ず付き物とされる貧困街はこの街にはなく、身寄りのない子供やホームレスなどは国が保護し、貿易で得た莫大な利益の一部を使って建てた施設で教育や介護を行っているという。そのため治安は周辺諸国より頭抜けて良好のようだ。
だが良からぬ事を考える輩は一定数必ずいるものだ。倫太郎の様子を伺いながら跡をつけてくる二人組の男たちのように。
探求者ギルドを出てからしばらく歩いたが倫太郎が止まれば止まり、曲がればその者たちも同じ方向へ曲がる。バレバレな尾行である。
いい加減うざったくなった倫太郎は適当な狭く人気のない路地を選び入っていった。
「オイッ、『財布』が路地を曲がった!行くぞ!」
「おう、しくじるなよ!」
「ひひっ、誰に言ってんだよ!」
そして男たちは倫太郎の跡を追い、路地を小走りで曲がる。
「あれ?いねぇじゃねぇか」
「そんなはずねぇ!どっかに隠れてんだよ!探すぞ!」
男たちが倫太郎を追って曲がった狭い路地はすぐ行き止まりでゴミ箱くらいしか隠れるところなどないどん詰まりの目立たない袋小路であった。
「探し物でもしてんのか?手伝ってやろうか?」
男たちはびくっと肩を震わせ今来た路地の入り口に目をやれば倫太郎がこともなさげに壁に寄りかかって二人の男を眺めていた。
「てめぇ、いつの間に回り込みやがった!」
「まぁまぁいいじゃねーか。『財布』が自分から来てくれたんだ。さっさと用事を済ましちまおうぜ」
ニタニタと笑いながら男は腰に佩びていた長剣を抜いた。それに倣ってもう一人の男も背中に担いでいた棍棒を手に持ち倫太郎へとゆっくり近づいていく。
「大体もう察してんだろ?オメーさっき探求者ギルドでえれぇ大金受け取ってたよなぁ?それ、出しな」
「おっと、抵抗しようなんて思うなよ?俺らは三等探求者だ。そんなヒョロヒョロのガタイで向かってきても無駄だぞ?加減を間違えて殺しちまったら面倒だからな。出すもん出したらしばらく歩けねえくらいにして帰してやるよ」
三等探求者なるものが一体どの程度の実力なのかまるでピンとこない倫太郎はどうリアクションをすればいいかわからず真顔で彼らを見つめていた。
それを見た自称三等探求者たちは倫太郎が声が出ないほど畏縮し、恐怖していると勘違いしたようで倫太郎の顔にもうすぐ触れそうなほど近くで睨み始めた。
不遜で不躾で、なにより不愉快極まる振る舞いと声色であり、すぐにでも粛正してやりたいとも思ったが倫太郎はまずどうしても言っておきたいことがあった。
「どうでもいいけど口くっさいなぁお前。歯ァ磨いてんのか?ドブに糞でも混ぜて煮詰めたような臭いすんぞ。内臓腐ってんじゃないのか?あと後ろのお前はただシンプルにチャック開いてる、恥ずかしいやつだな。」
「んで?その三流探求者さんたちが俺に何の用だって?」と、おちょくる。
二人揃って茹で蛸のように顔を赤くして、こめかみには青筋が浮かんで誰がどう見てもキレているようだ。
「フっ、フ…ふははは。おもしれーこと言うニイチャンだな。よっぽど死にてぇらしい」
長剣を持った探求者がさらに詰め寄り倫太郎の胸ぐらを持ち上げた。しかし倫太郎はどこ吹く風と、いまだに真顔だ。
「黙ってカネ出してりゃ死なずにすんだのによぉ。殺して奪った方が早えらしいな」
そう言って長剣の男はを振り上げ倫太郎の頭目掛けてその刃を振り下ろした。
「だからくせぇって言ってんだろ」
刃が倫太郎に当たる前に胸ぐらを掴んでいる男の手を捻り上げ、そのままついでに肘も極める。ブチブチとなにかが千切れる音がして、ぐあっと男が呻くがそんなの知ったことではないと、手と肘を極めたままスイングし、すぐ脇の壁に叩き付けた。
ガゴッ!と鳴ってはいけない音が男の顔と壁から響き、男はズルズルと壁づたいに崩れ落ちる。
「あのなぁ三流探求者くん、こんな狭い路地でそんな長物振り回すなんてバカのすることだってバカでもわかるぞ。脳ミソの代わりに糠味噌でも詰まってんじゃないか?って聞いてねぇか」
長剣の男へダメ出しするが、既に彼の意識は宇宙の彼方へ旅立っていったようだ。
「あぁっ!?てめー!何しやがる!?」
「お前がそれを俺に言うか。バカなりにもうちょっとよく考えて喋った方がいいぞ。あといつになったらチャック上げんだよ」
「うるせぇ!黙れ!」
棍棒の男の方は相方が一瞬で無力化されてしまったことに動揺しているが、倫太郎の言う通り確かにこんな狭い路地ではリーチのある武器は振れないと思ったのか棍棒を捨て、腰からナイフを取り出し構えた。
「お前は糠味噌よりも少しはマシなミソが入ってるらしいな。ちなみに俺の着てる服は刃物は一切通さねぇ。だから狙うならここを狙うことをお勧めする」
そう言って倫太郎は自分の首を指す。
倫太郎の着ているスーツとシャツは防刃素材のアラミド繊維とケブラー繊維をベースに宇宙服でも使われる様々な最先端化学繊維を惜しげもなく使用したフルオーダーメイドの品である。
伸縮性と防刃性を両立するために、とある有名生地職人の門外不出の技術を目玉が飛び出るほどの言い値で買い、作らせた物だ。一セットで銀座の一等地にビルが建つ程…は言い過ぎだが、庶民の生涯所得を遥かに上回るお値段だ。
「この野郎!ナメやがって、ぶっ殺してやる!」
ナイフを小刻みに右へ左へとフェイントを入れつつ肉薄し倫太郎の喉仏目掛けて素早く突き出してきた。
「ははっ、素直だなお前。でもやっぱバカだ」
倫太郎はナイフを避けつつ踏み込み、男の伸びきった腕と交差するように拳による突きを男の口にめり込ませる。
「がっ…ふぁっ…!」
その一撃で男の前歯はすべてへし折れた。仰け反る男に間髪入れず鋭い後ろ回し蹴りを鳩尾へと叩き込んだ。
男は吹き飛び、袋小路の壁へと激突し崩れ落ちる。だがまだ意識は保っているようで血と鼻水と涙を垂れ流しながら四つん這いに蹲っている。
カツカツとわざと靴を鳴らしてゆっくりと口を押さえて痛みに悶える男に近寄ると、男の体がびくっと跳ね上がった。どうやら歯と一緒に心も折れてしまっているようだ。
「かっ勘弁しれくらはいっ!しゅいまれんれしら!」
前歯全損で舌っ足らずな命乞いをする男を何の興味も無さそうな目で倫太郎は男を見下ろす。男からすれば、その目は冷徹で残酷、自分を羽虫のように殺すことなどなんとも思っていない目にでも見えていることだろう。
ガタガタと震える男に倫太郎は問い掛ける。
「もうこんなことはしないか?」
「え?」
「二度と悪さはしないと誓うか?と聞いている」
男は倫太郎の言葉の意味がわからずに聞き返すが問われた内容を理解すると首が千切れるのではと思うほどブンブンと縦に振った。その男の目を倫太郎はじっと観察する。そして、
「あー、そりゃ嘘吐きの目だ。ってことで死ね」
足を天高く振り上げ男の頭目掛けて振り下ろし、一気に踏み抜いた。
グシャアッ!と生々しい音が路地に木霊する。踏みつけられた男はビクンと体を大きく波打たせ、しばらく痙攣したあと一切動かなくなった。
人を一人殺した感傷も興味もなく振り返り、壁と濃厚なキスをさせて先に気絶させた長剣の男まで近寄ると、男の髪と顎を持ち上げ、一気に捻る。
ごきん!
苦しまずに逝けただけナイフの男に比べれば気絶中に死ねたことは不幸中の幸いとも言えるだろう。脛椎を破壊された痛ましい音を聞いても倫太郎は眉一つ動かさない。
すっと立ち上がると辺りの気配を伺い、目撃者がいないことを確認すると、何事もなかったかのように路地から雑踏の大通りの人波の中へと溶け込んでゆくのだった。
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