王都グランベルベ
倫太郎は目の前に聳える天空を衝かんとする超高層の王都の外壁に圧倒されていた。
現代建築技術をもってしても目の前の建造物を作ることは容易ではないだろう。
現在地球で最も高い建造物はドバイにあるビルブルジュ・ハリファが八百二十八メートルで、王都グランベルベの外壁はどう低く見積もっても三千メートルは下らない。
その外観から放たれる圧力は城門の前まで近づくとさらに高まる。まるで天まで続くかとも思われる壁である。それもどんな技術で作ったかはわからないが、目に見える範囲の外壁はすべて突起の一つもなく茹卵のようにツルツルとした滑らかした手触りになっていた。
「どうだ?圧倒される外観だろう?初めてグランベルベに訪れた者は例外なくポカンと口を開けたままこの外壁を見上げ続けて次の日に首の痛みに悩まされるのだ。今のリンタローのようにな」
どこか誇らしげにエリーゼは言う。確かにその通りだ。ひたすら真っ直ぐ天まで伸びるこの純白の塔とも言えるこの外壁は『天を突く』と言われても否定のしようもない。
今倫太郎一行は城門から伸びる入門審査待ちの行商人や観光客らの長蛇の列を横目に優雅に門兵の後ろに付いて城門へと向かい歩いている。
列の一番後ろで割り込みや追い抜かしを監視していた門兵に事情を話したところ、今は閉ざされているトルスリック王家騎士団及び国営業務者専用の出入口から街へ入れてくれる運びになったのだ。
キングウルフの餌食となったと聞いていた騎士団長と副団長が帰還したのだ。当然の対応と言える。
「なぁ、外壁はこんな異様な作りになってるけど街の中もこんな感じで真っ白でツルツルした建物ばかりなのか?」
倫太郎にとっては至ってまじめに質問したつもりであったがエリーゼには面白く聞こえたらしく吹き出して笑った。
「いやいや、くくっ、普通だ、普通。どの民家も店屋も普通の木造建築や煉瓦造りのごく普通の作りになっているよ。この外壁は特注製、真っ白でツルツルした建物など一棟もありはしないよ。まぁリンタローの気持ちもわからんでもないがな」
それはよかった。と正直思った。
ファンタジーな街並みのつもりで心の準備をしていて、いざ街に入ってみればどの建物も真っ白ツルツルの高層ビルのような建造物ばかりなどというオチだとしたらファンタジーから急にSFの世界にひきずりこまれたような感覚に陥るに違いない。
「騎士団長殿、並びに副団長殿お勤めご苦労様でした!きっと国王陛下もお二人が無事帰還したことを喜ばしく思っておられることでしょう!では私はここで失礼します」
国営関係専用出入口に着き、そう言って門兵は扉を開く。最敬礼を二人にして門兵は今きた道を駆け足で戻っていった。
「さて、私達も行くか。」
門を通ると三十メートルほどのトンネルになっていた。つまり外壁の厚さは三十メートルもの分厚いと言うのも生ぬるい極厚の作りになっているということである。
そのトンネルを抜けると一気に街並みが視界に飛び込んできた。
倫太郎たちが通ってきたトンネルの延長線上に綺麗にカットされた石畳が延々と敷かれたメインストリートが通っているが、大型バスが五台は並走できそうなほど道幅が広い。
遠すぎて霞んではっきりとは見えないがメインストリートの最奥には立派な西洋風の城があるのが見える。あれが国王がいる居城だろう。
道路脇には所狭しと様々な商業施設が立ち並び人が行き交い客引きや値引き交渉の声がそこら中から聞こえ、それが幾百も折り重なり喧騒となっていた。
想像以上の活気と街並みに呆気にとられる倫太郎の肩をポンポンと叩きエリーゼが呼ぶ。
「どうだ?リンタロー。予想以上の光景だろう?これが日の出から日没まで続くのだ。まさに商業都市だとは思わないか?」
やはりどこか誇らしげなエリーゼ。しかし倫太郎も同意見だ。まるで渋谷のスクランブル交差点を彷彿とさせるこの様相は懐かしささえ感じる。
「ああ、想像以上だ。まさかここまで活気があるとは…」
いまだお上りさんのように辺りを見回す倫太郎を見てエリーゼは優しい笑みを浮かべていた。
「そしてここで一旦お別れだ。世話になったな、リンタロー。もしお前がいなかったら私達は今頃二人揃って仲良くキングウルフの腹の中だった。今一度礼を言う。ありがとう!」
そしてグーフィも前に出てきて倫太郎の両手を握った。厳つい顔がずいっと倫太郎の目の前のに迫り思わず顔を後ろへのけ反らせてしまう。
「私からも重ねて礼をいいますぞ!リンタロー殿!実際生きて戻ってこの地を踏んだときなんとも感慨深いものがあった。これから先も騎士として生きていけるのも、妻子に会えるのも、すべてリンタロー殿のお蔭である。心から感謝を!世話になった!」
涙目になり倫太郎の両手を強く握りしめ、ブンブンと縦に振る。髭面の強面が顔の近くに迫る構図はなかなかドぎついと思いつつも倫太郎も返礼した。
「ああ、こちらこそ。騎士団に拾われなきゃロックドラゴンに襲撃された辺りで俺はきっと餓死してたよ。ここまで連れてきてくれてありがとう」
グーフィの手を熱く強く握り返し、唯一無二の男の友情が芽生え…はしないものの、出会いの時の印象の悪さは吹き飛んでいた。
「それはそうとリンタロー、右手に見える黒煉瓦の建物がリンタローが仕留めたロックドラゴンを査定・解体・買い取りしてくれる探求者ギルドだ。リンタローの話は通しておいたからそこへ寄っていくといい」
エリーゼが指差した先には黒塗りの三階建ての建物があった。出入りしている人間はいかにも荒事が得意そうな体格のいい屈強な男がほとんどである。
「なにからなにまですまないな。ああっ!そうだ!ここまでの運賃はどうすればいい?今すぐ金が手に入るなら行ってきて払うぞ?」
エリーゼが首をふるふると振り手の平を倫太郎へ向けた。
「不要だ。リンタローの運賃と私達をキングウルフから助けてもらった分を相殺という形でプラマイゼロということでどうだ?」
「いいのか?」
「構わんさ。縁があればまた会えるだろう!さらばだ!」
キングウルフに殺されかけて泣きべそかいてた『少女エリーゼ』の面影などただの一欠片も無く、騎士団長エリーゼ・フォグリスは踵を返すと颯爽と人波の中へと消えていった。
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