王都へ
「おお、リンタロー殿!丁度良いタイミングですな!今ほど団長も起きてきましたし、チュシー(改)も完成したところですぞ!今回のは会心の出来で…その頬はいかがなされました?」
むすっとした顔で夜営地に戻るとグーフィが料理の完成とエリーゼの起床を伝えてくるが、倫太郎はそれどころではなかった。
あの後、マールは命を救い上着を貸し与えたのに倫太郎にビンタをお見舞いし「最っ低!変態!」と捨て台詞を投げ付け、怒り肩で去っていった。
納得できないのが半分、心肺蘇生法が身近ではない世界の住人に安易に「マウストゥマウスで~」「一定のリズムで胸を圧迫して~」などと得意気に説明してしまった自分の不用意さを後悔してしょうがないか…というのが半分でモヤモヤしていた。
それでも言わせてもらいたい、あの威力はないだろうと。
咄嗟の判断で歯をくいしばり、首に全力で力を込めてビンタに挑んだ倫太郎であったが体が二十センチほど浮き上がり、横に二回転するほどのビンタを命の恩人に喰らわすか普通!?…と。
常人であれば首がへし折れても不思議ではない殺人ビンタを果たしてビンタと呼んでいいものなのか…まずはそこから問い詰めたい。
ビリビリと痺れる頬の紅葉マークを擦りながら物思いに耽っていると美しい金髪の少女が覗き込んできた。
「おはよう。…むっ?リンタロー、どうしたのだそれは?新手の魔物でも現れたのか!?」
「おはようさん…ん~まぁ、そんなとこだ。俺に一発喰らわせて去っていったからもう危険はねぇよ」
また下手に説明してあらぬ誤解を招いても面倒なことになると判断し適当に合わせておく。
流石に治安維持組織とも言える騎士団のツートップに誤解された日には客人の立場から重要参考人の護送へとシフトするかもしれない。
「リンタローほどの男に一撃喰らわせた…だと?そんな危険なモンスターがこの近辺にいるのか!?」
これはこれで面倒なことになりそうである。
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必死に言い訳して、なんとかうまいことはぐらかすことに成功し、今は朝餉をいただいていた。
グーフィのチュシー(改)は殺人ビンタを喰らい不機嫌であった倫太郎も一口で今ならすべてを許せる寛容な心へと昇華させるほどの絶品であった。
「相変わらず副団長のチュシー(改)は絶品だな。これを食したらキングウルフに殺されかけたことさえ許せてしまう気がするぞ」
「お褒めに与り光栄です、団長。今回のチュシー(改)は五年に一度の会心の出来栄え、上品で柔らかく、尚且つ絹のように滑らかな味わいに仕上がったと自負しております。そしてなんと言っても…」
どこかのワインのキャッチコピーを繋げたような文句である。まだチュシー(改)について熱く語るグーフィをよそにエリーゼがこそこそと倫太郎の近くに寄ってきて耳元で囁いた。
「その頬の…女の人にひっぱたかれたんでしょ」
いきなり図星を突かれ、舌鼓を打っていたチュシーを吐き出しそうになるのを必死に堪えた。
「な…なんのことかよくわからないな」
「見ればわかるよ。言いたくないみたいだから深くは聞かないでおいてあげるけどね~」
「ぐっ…助かる」
ニヤニヤしながら倫太郎から離れていくエリーゼは『騎士団長エリーゼ』ではなく『悪いこと思い付いた少女エリーゼ』の顔だった。
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一行は食事を終え、馬に積み込めるだけの道具をつけて夜営地を後にした。
二時間ほど歩くと森が終わり視界が開ける。
「ここまで来ればもう二時間ほど歩くと王都グランベルベに着きますぞ。リンタロー殿は王都は初めてですかな?」
鬱蒼とした森を抜け、草原へと出る。もう少し歩くと街道が整備されているようで遠目に赤茶の石畳でできた道が見える。
「ああ、初めてだ。どんなとこなんだ?王都というくらいだから王様がいたり、かなりでかい都市だったりするんだろ?」
うむ、と答えるとグーフィは大仰に腕を広げ解説を始める。
「そう!天を貫く壁と比喩される鉄壁の外壁に囲まれる大都市こそ我らがウィレム・ゼラ・トルストリック国王陛下が居られる王都グランベルベ!都市人口約百五十万、主な産業は国中から集まる交易品を各国へと輸出、輸入する貿易産業ですな!それに伴い商業も発展し『無い物など無い』というほど物が溢れておりますぞ!また王都から程近い岩山地帯には国が管理する未踏破ダンジョン『夢幻の回廊』と呼ばれる世界屈指のレガリア産出数を誇るダンジョンも保有しておるのです!」
ンフー!と鼻息荒く一息で解説しきって満足そうなグーフィに「あ、ありがとう。参考になったよ…」と引き気味に礼を言って倫太郎は思案する。
人口百五十万といえば福岡市と似たり寄ったりの数だ。相当大きな都市なのだろう。
『無い物など無い』。そのワードに少し期待してしまった。もしかしたら.357マグナム弾もあるのでは、と。
一瞬そんなことを考え、バカらしいと頭を振る。別の世界で製造された弾丸など普通に考えて存在するはずがない。
やはり別の武器に持ち変えるしかないのか。弾が尽きた銃などただの鉄屑同然、いっそ溶かしてナイフの材料にでもすべきか。
答えの出ない悩みに唸りながら歩くこと数十分。前方遥か彼方に純白の巨大な塔のような建造物が聳え立っている。横幅も高さも遠近感覚が狂ってしまうほどの規模である。
「やっと見えてきたな。リンタロー!あれが王都グランベルベだ!」
倫太郎たちが王都に着きそうです。
書き溜めていた話のストックは尽きました…。




