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失なった先に

火の用途は、大きく二つに分けられている。


1つ目は光であり、その燃え上がる火から発する光で辺りを照らす。ここに存在したばかりの時も真っ先に松明の光を見たし、椅子から放たれた火でトヒルの確認も取れた。暗闇の中において、火というものは存在感をより一層強調させてくれるものである。


2つ目は熱である。燃焼により発熱が生じる。日常生活において、調理をしたり火葬をしたりと僕たちは利用してきた。松明にも枝先に松脂を塗った布を巻きつけ燃焼をし発熱が起きている。その温度は素手で触ろうとすれば周りの人からは本気で止められるし、僕にも実際そんな勇気はない。


しかし、今の僕はどうだろう。


「あああああアアァ、ァ、ァ、ァァ、ァッッッッッ」


熱い。


 2人だけの空間に僕の断末魔のみが発せられるが、熱さによりまず、声帯から殺され声にならなくなる。次は、体を包み込む炎の熱風と、体が焦げていく匂いが僕の肺を襲い殺す。


熱い。熱い。


 トヒルの手が振りかざされたと同時に僕の体を容赦なく炎が包み込み、痛みや苦しみを脳から発信される頃には僕は床に体を預けた。立つ気力や体力が無くなった訳ではなく、床に倒れるしか方法の選択がなかったのだ。それと同時に火を消そうと僕は体を転がす。床にぶつかる肩や腰、その他の痛みがあったとしても転がる。ただ、転がるだけ。


熱い熱い熱い。


 生誕から今までで味わった事のない2つのサインが僕の思考を完全に邪魔をし、みっともなくその場でもがくことのみを専念させる。しかし、火は消えない。


熱い熱い熱い熱い。


「童子よ、この獄炎を手に入れたくば絶望はするな、生きることを諦めるな。儂の魔法を逆に支配させてみよ。童子が思うことは魔法を、獄炎を信じる事の1つのみで、それが無理という事なら獄炎により塵となるがよい」


 トヒルは椅子に腰掛けながら無情に僕へと告げる。


この男、トヒルは何を言っているのだろう。


炎を信じろ?


ーーーありえない。


現時点で僕は唐突に現れた炎によって照らされ、燃やされているのに?パチパチと火の粉を散らしながら僕の体を溶かしているこの炎を?


ーーーどう転んでもそれは無理だ。


 僕の視界には何もかも、色すらも映らない程機能を失っている。四肢も自由に動かすのは難しく、動かそうとすればその都度激痛を感じ、声を上げるがその声すらもはや出ない。


ただただ僕の全身は焼けていくだけ。枯葉のように焼かれ灰となるだけだ。僕も灰となって死ぬ。


死ぬ。


ーーー何故?


僕は好きでここに来た訳じゃない。訳も分からずここに居て、訳も分からず魔法を会得できると話され、訳も分からず殺される。あまりにも理不尽じゃないか。


僕が死ぬことで魔法を得るなんて本末転倒にも程があるだろう。


死にたくない。僕はまだやりたいことが沢山ある。


母さんと父さんに別れの言葉もまだ言ってないし、まず僕が死んだら落ち込んでしまうだろう。そんな親不孝はしたくない。


死にたくない。


殺さないで、トヒル。


僕は燃える体の中トヒルに願う。


しかし願いは叶わなかった。彼から放たれた炎は消える気配などなく、初めから同じ勢いで同じ熱さで同じ冷徹さで僕を殺しにくる。


体は動かしたが何も起こらず、何もできず僕の意識は途絶えた。


すると、僕の体を包み込んでいた炎がゆっくりと弱まっていき、生命活動とリンクしていたように次第に消えていった。


(テペウの選び子にしては呆気ないのお。獄炎を統べる力、五王になりし資格を携えておるというからに期待したのじゃが。実につまらん)


 トヒルは、僕の最期を迎えた黒く焼け焦げた体を眺めた後、鼻を鳴らし椅子から立ち上がり大きな嘆息を1つ吐きながら、天井に向かい右手を伸ばし詠唱をする。


「獄炎の王にして理の1つの王より呼び覚ませ。火よりも炎、炎よりも煉獄、煉獄にして獄炎に住まいし不死者よ。我の願いを聞き届け舞い降りよ【フェニックス】」


 彼の右手の上から天井を覆うほどの赤色の魔法陣が描かれると、その中から一羽の火を纏う鳥ーーフェニックスーーが顕現する。大きさはトヒルの1/3程度の大きさであり、翼は空間を揺るがすには十分すぎる程大きく美しく、鳥の体から放たれる炎の火の粉だけでも相当の熱量だ。一鳴きし、トヒルの正面で停止する。


 トヒルと不死鳥は見つめ合った後、それは同時だった。


 トヒルの肩に結ばれていた斧と不死鳥の鋭い嘴がぶつかる。その衝撃で火花が散ると僕の周りの床が熱で溶け始めた。


  両手で振り払った斧でも不死鳥は動じない。


「やはりしぶといのぉ、この死に損ないの鳥が。そこに倒れとる童子を貴様にやろうとしたが、儂の話を聞こうとも和解しようともせんのか。主を我が愛玩としたのは正解じゃな。楽しみが尽きぬわい」


 トヒルは不敵な笑みを浮かべながら不死鳥に話す。それに応じるように、天井ギリギリまで飛び上がった鳥は大きな咆哮をし、彼の元へ急降下する。


 それから何度も嘴と斧が衝突した。


 彼らの戦いによって空間の至る所に大きな亀裂が生まれ、唯一の灯りの松明が倒れた時にトヒルは右手を鳥に向け詠唱を話す。


「いつも言うことを聞かぬ鳥には仕置きが必要じゃな。覚悟せよ。

 世界の支配者にして、世の理の1つの神として放つ。我の眼前にて害する者を焼き払い、業火によりその罪裁かれ焼失せよ。【アルサ・ノヴァ】」


 詠唱が終了すると同時に展開される魔法陣。不死鳥を召喚する時よりも濃い紅で大きさも比にならなく、その中から無数の大小様々な炎で包んだ岩が敵対してきた者へ向かう。


 それを目視した後フェニックスも体の炎をさらに高め、赤から黄色、次いで青、最後は常人には目に見えぬ炎を纏いトヒルの放つ魔法陣へ飛び進む。


 互いの衝突により空間はさらに崩壊していく。


 先に地に落ちたのは不死鳥であった。炎を包んだ無数の岩石によりその体に大きな穴が空いていて、生きているのか絶命しているのかは明らかだった。空いた穴から金色をした血液らしきものが流れ、出血量で空間の床いっぱいに広がる。


 トヒルは絶命した不死鳥を睥睨しながら動かない。


 彼と闘った者の攻撃により斧は形を失い、ただの棒を持っているだけであり、その棒から大きな赤の雫が落ちる。彼の右肩から大きな風穴が空いていた。彼も少なからずダメージを受け、怒りにも喜びにも似た感情で不死鳥を讃える。


(死した者をいたぶるのは儂の性分ではない。しかし儂自身、儂を傷つけるのは難しいというのに、フェニックスめなかなかやりよるのお。少しは童子に対する不満もストレスも解消されたか)


 彼は不死鳥から向きを変え、自分の座っていた椅子へ戻ろうとしたが、先ほどの闘いの中で原型を留めてはいないそれは、無造作に床にばら撒かれていた。大きな嘆息を1つ吐き、金色の床にそのまま座り込む。


 トヒルは手から金色の水を掬い、風穴が空いた肩へ掛けると空いた穴が急速に塞がり傷口が癒えていく。


 不死鳥は名だけに不死の力を持つ。それはどんな薬草や薬物よりも遥かに互い治癒の能力を保持している。


 彼は自らの肩を回しながら完治の具合を確かめる。特に問題なく、まるで不死の鳥と戦ったこと自体が嘘かのように傷や怪我は治ったのだ。


「さて、そろそろ夢から覚めるかの」


 トヒルは独り言ち、左手を上へ翳したときに異変は突然起きた。


「・・・ガハッ……。はぁっはぁっ、はぁっ…」


 獄炎の魔法により死んだと思っていた者から声が発せられた方に彼は目を配り、ほぉ。と小さく感心する。


「何故童子があの状況から生きとるのか儂には分からぬ…。とは言わぬ。あの死に損ないの鳥の血液による作用じゃろうな。不死の血を体内に入れし者は不死となるが、それはこの空間にのみ可能じゃ。ここは精神のみ介入できる場であるから肉体には作用はせぬ。ここで死のうと生きようと肉体には何ら変化はない。残念じゃがな。しかし、この空間のみの不死となると、獄炎の魔法を使役できるかもしれん。習得するまでに何度か焼かれ死ぬが、それでも最後には習得すれば良い。そうすれば童子はあの世界での五王の一角になれるかもしれん。分からんか?一回で覚えよ。何度も何度も親切に説明はせぬ故、童子自身で考えよ」


 僕は倒れながらトヒルの言葉を必死に理解しようとする。


まず、僕はあの死という絶望を迎えながらも何故生きているのかは分かった。


不死の鳥の血液で僕は今だけ不死となったが、彼の言う鳥は僕の近くに倒れている大きな鳥の事であり、その体から流れている金色の血液によって僕は不死者となったという事なのか。


実際に、炎によって僕の全身の皮を肉を骨を焼き尽くされた体は、初めてここで覚めた時と同様に戻っていて、今も少しずつだが四肢の感覚を取り戻そうとしている。不死の体というのは本当らしい。


しかし、獄炎の魔法というのを習得するまでに何度も何度も、あの地獄のような煉獄の炎を浴び、使役できるまで繰り返さなければならない。本当に地獄である。


 声は発せられるのか試しに短くパクパクと動かすと、微かながら自分の音が聞こえる。


「その、魔法を、僕が、使え、たら、元の、世界に、帰れる、の?」


 僕は途切れながらなんとか振り絞って獄炎の王に問いかける。彼は律儀に僕の言葉を最後まで黙って聞いていた。


「ああ、そうじゃ。ここは、この空間は儂が童子らを殺すか、童子らで殺しあうか、儂自身認めた童子のみが元の世界、肉体と精神が合わさる世界へ帰れる。儂はまだ童子を獄炎魔法を使役できると認めておらぬ故、童子は帰れぬ」


 彼の言葉を聞き、僕は目を瞑り、大きく深呼吸をする。


 体の調子は少しずつだが戻ってきたが、精神的な部分では死んだという事実、不死という事実、まだ帰れない事実で相当なダメージを負っている。


 しかし、彼は僕が死にかける際にはっきりと話してくれた。そこの部分を頭に刻み、体に馴染ませる。


「もう一回、僕に魔法をかけて、くれない?」


「ほう、感心じゃな。とは言わぬ。フェニックスの不死者という力を得て精神面的に少し強くなっただけじゃ。しかし、普通の童子なら泣き叫び恐れ戦き儂に殺してか、帰らせろと願うのと思ったのじゃが、童子の心意気気に入った。なら受けてみよ、支配してみよ、我が獄炎魔法を!」


 先程と同様にトヒルは右手を振りかざすと、案の定、僕の体に獄炎魔法の煉獄が纏わりつき、厚く暑く熱い炎が僕を襲う。


この炎は僕を殺しにきている。


でも、さっき感じた。


僕の全身は焼け落ちてきてはいるものの、まだ溶けきっていない頭は氷のように冷静だった。


これがフェニックスの不死者という力なのか。


 パチパチと耳の周りで鳴っている炎を振り払いたくなる衝動に駆られるが我慢する。


 彼は僕に初めから教えてくれた。


 生きることを諦めるな。


 絶望をするな。


 炎を受け入れよ。と。


 僕は一時的に不死者という事でこの空間であれば永久的に生きていける。殺されるか認められるかでしか元の世界に帰れないという絶望を打破するためにも、僕は炎を受け入れないければならない。


 この炎は確かに怖い。皮膚が焼け落ち、肉が溶け、骨の原型すら留めてはくれない痛みと恐怖で、僕は死ぬ事でその炎から、事実から拒絶した。


 しかし、僕はここを出て元の世界に帰り、誰よりも強い魔法使いになってみたい。そんな目標を掲げられてしまうほど僕は落ち着いている。


僕は焼けては高速で修繕していく目でトヒルを見つめると、彼も僕をただ見つめているだけだった。その目の奥で僕にしっかりとメッセージを送ってくる。


 彼の言葉も態度も炎とは逆に冷たいものだが、僕の言葉を最後まで聞いてくれ、それにヒントまで教えてくれた。


 だから、僕は彼の魔法を使ってみたい。


 彼と同様に僕は床に倒れながら右手を前に向け、彼の魔法を唱える。


「絶対的覇者にして獄炎を統べし者。煉獄の業火にて塵と化せ【ファイア】」


 全身を包んでいた煉獄の炎は、僕の右手から生まれた紅の魔法陣の円をなぞるように収束した時、目の前が光によって何も見えなくなった。


「童子よ、五王を目指せ。さすれば世界は変われるかもしれぬ。獄炎王トヒルはいつ如何なる時も童子を見ておる。何かあれば儂を求めよ」


 見えない世界で獄炎王トヒルの声だけが響く。


 こうして僕、クローズ・エンド・ローグは元の世界へ帰還した。

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