邂逅
聖誕歴754年。
目を開けようとすると眩い光で目が絡んだ。
目が次第に慣れた頃、僕は中央に飾られてる1つの大きな松明だけで、飾り気がないだだっ広い暗い空間に居る事に気付く。薄暗いせいもあり奥の方がどうなっているかは分からない。
松明のすぐ右側には大人が5人でも座れるような、豪華な椅子がただ置いてあるのみだった。
目を忙しく動かすと僕の他に同年代と思える見知らぬ多くの子ども達が、同じように辺りを見渡している姿があった。
どの子どもたちも一様に呆然と立ち尽くし、唯一の松明だけを見つめている。
そして、自分の置かれている状況を理解した後、不安に泣き叫ぶ子や、訳も分からずにしゃがみ込んでしまう子、状況を整理しようと他の子へ話しかけている子の姿が見られた。みな混乱という字を浮かべながら、この現実を受け入れられないようだ。
僕は自分を落ち着かせる為、目を閉じ深呼吸をする。すると、何年も溜まった埃のようなものものが肺に入り胸が苦しくなるのを感じ、何度か咳き込む。
涙に濡れた目をこすりながら再び目を開けても状況は何も変わっている訳でもない。冷静にならなければいけないとも思い、僕は早まる鼓動を抑え、頭を総回転させ、ここに存在する前の記憶を思い出そうとした。
いつもと同じように両親の就寝だという声を聞き、僕はそのまま自室で眠った筈なのだが、気がつけばこの何もない、子どもたちだけの空間にいた。ただそれだけであった。
何故。という疑問が次々と浮かんだがその続きは、中央にポツンと置いてある椅子から松明の光よりも遥かに高い違う光によって消される。
それは全身の皮膚にビリビリと伝わり、目の水分を急速に奪っていった。
それは光ではなく、赤白く光る炎であったのだ。
「なんだ今回の習得者はたった500人程か、世の者どもは情け無いな」
野太い男の声が炎の中央から聞こえてきた。
その声に涙を流す者、腰を抜かし股から漏らしてしまう者、両親の名を叫ぶ者等の反応が出る。僕も同様に周りの者と同じで腰を抜かしてその炎を見上げていると、呆れたと言わんばかり嘆息が返ってきた。
「…はぁ。まだ童子という事じゃからな、恐怖で慄くのも泣いてしまうのも仕方ぬ。
とはならぬな。童子だからこそ、これからの事を考えると逞しくならねばならぬ。争いが徐々に無くなり平和となる。その平和に溺れ自らを、他の者と一緒に堕落していく。堕落した者は何もせず、何も感じず、ただ悠々と自他楽に非生産的に生きていく。実に何もない。生きてるだけの無じゃ。世界を統べる覇者から報せがくる時に、これからの世がどうなるか分かると思うが、それまで何もせぬ、とはいかんな。童子といえど次に備えねばなるまい。強き者ととなる為にも、まず弱き者、そうじゃな、次に泣いた童子から殺すからのお、心しておれ」
そう言い放ち、炎から立ち現れたのは巨躯な男だった。その男は自分たちの知る大人の男性よりも何倍にも大きい。筋骨隆々で巨大な体。無造作に後ろで流している白髪と、皺がれた顔の半分を隠すように大きな白い髭。上半身に服を纏ってはいない為、体に刻まれた大きな傷跡が数十本伸びているのが見える。その肩から紐で結び抑えられている巨大な斧。どう見ても悪人面な男が、僕たちを一瞥した。
ほんの一瞬なのだが、 見つめられた者は何日にも何年にも感じたように思える程、恐怖した。
やはり、恐喝され泣いてはいけないと思っていても、戒めても、目が合った瞬間に堪えきれず悲鳴をあげ泣き叫ぶ子はいる。
それもそのはずだ。この場にいる者たちはみな子どもである。百戦錬磨の猛者であるならば、逆に見つめ返し、獰猛な笑みを浮かべるくらいできるだろうが、ここにいるのは生後4年から8年くらいだろうか、平和という名の時代で生きてきた子どもたちだけ。悪人面というのも何年に一度、犯罪を犯し捕まったという紙面を家族からの報告がてら見せられるくらい、この時代は平和なのである。
しかし残念な事に、堪えている恐怖に更なる恐怖で塗られたのだった。
男が右手を前に突き出すと同時に、泣きじゃくる子どもは光となって消えた。いや、正確に言うなれば蒸発したのだろう。
子どもの足元から超高温の炎が瞬時に上がり、子どもの体の水分を全て奪い、皮膚も骨も全て蒸発したように塵となり消える。この流れが速すぎて周りは、光って消えたように見えた。
男は宣言通りに泣いた子どもを殺したのだ。
僕たちがその事実が分かるまで時間はそれなりに掛かった。目を何度も開けては閉じ、脳が事を理解するのを拒否した。口を大きく開け、呆然と見つめている子どもたちも次第に理解していく。男の言葉と、隣にいた者が急に消えた事実が全てであった。そして、受け入れにくい現実を拒否する故に、目から雫が自然と流れる。同時に目の水どころかその子ども自体も消える。
そしてこの恐怖が波のように伝播し、次々と子どもたちの姿が消えていく。
悲鳴と同時に消えていく者、事の処理が間に合わず受け入れられず気絶する者たちが次々と起こり、恐怖が空間にいる僕たちを覆っていった。
僕の視界の至る所で光が弾ける。まるで眼前で大量の火花が散っているような感覚だった。
僕は唇を力強く噛み、目を閉じ、耳を塞いだ。
塞いでても聞こえる一瞬の悲鳴と、閉じてでも分かる眩しい光。
何秒、何分、何時間、この時間が続いたのだろう。泣いて楽になりたいという心の欲求、鼻頭が熱くなり涙を流そうとする体の欲求を僕は、必死に堪えた。耐えた。
意識が憔悴し、もう限界だと警鐘を鳴らした時、塞いでいた耳からあの男の声が聞こえる。
「もう耳を塞がなくとも良いぞ。第1の試練は終了じゃ」
その報せを聞いた途端、僕は両膝を突くと同時にその場で胃の中の物をすべて吐く。胃の中が空となった次は血液が出てくる。何時間と感じた地獄とも言える恐怖は、小さな体に対して多大な負担を掛けたのだった。
膝を突きながら目だけ声の方を向く。男はそんな僕たちに興味も無さそうに見て松明の側の椅子に腰掛ける。
「童子よ、胃に穴でも空いたか?情けぬ。と言いたいところだが、第1の試練で残っただけでも良しとしよう。はじめにこの場にいた童子ら500人程が、今ではたったの6人じゃ。儂は哀しいぞ。あれしきの事で我慢できるのがこんな数しかおらんなんて、平和というのは恐ろしいものじゃ。なあ、そうじゃろ?」
男はそう言って僕らを見渡すが、他の子どもたちももう限界が近づいてるのだろう、息を切らし、立ってるのもやっとの状態であった。
大勢の子どもたちがいた空間は、男と僕たちの計7人だけ。何もない空間がより一層広く感じる。
男は僕たちの状況に大きな嘆息を1つし、天井を見上げる。
僕は口元を拭いながら、ある疑問を途切れながらも話すことにした。
「ね、ねぇ…。……1つの、試練って言ってたけど……まだ、ある、の?」
男は僕の言葉を聞いた途端、大げさにまた嘆息を吐きながら答えた。
「あるにはある。じゃがのお、今の童子らに次の試練を行なっても意味がないと思うんじゃ。息が切れてる童子らの声に、いちいち耳を傾けるのが面倒じゃから聞きたい事を予想しついでに話しとく。一度に聞け。何度も話すのはより面倒じゃからな」
(なにそれ…僕たちとどれだけ話したくないんだよ)
僕らは落胆しながらも、男の言葉を一語も漏らさないよう耳を傾ける。
「まず、試練じゃが、後2つある。内容としては詠唱の試験と詠唱を用いての模擬戦闘試験じゃ。
1つ目の詠唱の説明からいくぞ。この世の中には5つの魔法がある。火・水・風・光・闇の計5つ。それを覚えるのはとても簡単じゃ。住んでいる国の言葉を物心付いた時に話せると同様に自然と詠唱ができる。なぜなら、童子ら以外にもこの空間にて儂らと出逢っておるからじゃ。儂らと出会うことで魔法を会得できる条件が貰え、使用もでき、詠唱も自然と言えるようになる。
童子らのようにこの空間へ選ばれた者のみが使えるという事ならば、魔法を行使する者は極端に少ない。だが、実際は逆で、行使する者は多い。では何故か。儂らによって殺された者でも使えるからじゃよ。童子らよ、この場を現実のものと一緒にするなよ。ここは精神のみが入れるところじゃ。だからこそ、あの場で多くの者が死んだからといって現実ではなんの変化はない。ただの悪夢を見たくらいにしか思わぬが、儂らと会う事で魔法を使えるようになっとる。まあ、この場にいた記憶そのものが無くなるからのお、誰も分かりはせぬ。
そして試験というのは、後に世に出る際に優れた才能を持つ事ができる状態にするという事じゃ。第2試験ならば第1試験の者より数倍強い魔法を得られ、第3試験ならば何十倍、何百倍と得られる。みな一様に強くしてしまうと世界の均衡が崩れてしまう為、何人も多くは出せん。だからこそ選抜する必要がある。それが先ほどの恐怖の第1試験じゃ。あれくらいも我慢できぬ童子が、後に何かできる訳でもあるまい。
それと、第3の試験は模擬戦闘試験という事じゃが、既に儂らと出逢っておる童子らは魔法を行使する事が可能じゃ。それを童子ら同士で戦いあい先に相手を殺した方が勝ちとなる。その生き残り者は世界から必要とされる程の魔法の力を使用する事ができるようになるんじゃよ。
そして、先程から儂ら儂らと言っておるが、確かに儂以外にもこの空間のように、童子らに試験を行わせてる者がおる。
そういえば名を名乗っていなかったな。儂の名前は獄炎王、トヒルという。火を司る神でもあるが、まあ、童子らは忘れるから覚える必要はないんじゃがな。
そして、この獄炎王と出逢った時点で童子らには火を扱う魔法に長ける。その後に童子らが色々な魔法を取得する事もできるが、基本的には火が1番強く行使できる
とまあ、儂が話してる間に少しは体が楽になったかのお。では、童子らよ立つがよい。いきなりだが詠唱試験である第2試験を行う」
トヒルといった巨躯な男の長話を聞いていた間に、僕たちは少しだったが体を休める事ができた。別段何か動いた訳でもないのだが、あの恐怖から耐えた体は凄く疲労を感じた。僕たちは体の悲鳴を聞きながらゆっくりと立ち上がる。
確かに魔法は日常で何度も見た事があるくらい、身近な存在となっていた。トヒルの言う通りであるならば、世の中の多くの者が魔法を行使する事が可能であるし、僕たちには既に資格を得る事ができている。現に、僕の頭の中にも詠唱の呪文が1つだけ浮かんできた。
他の子どもたちも同じなのか、自分の手からどのように魔法を発現させようかと、詠唱をブツブツと繰り返し、イメージている様子だった。
最初にトヒルに恐怖を感じていた事が嘘かのように、言葉を信じ、魔法を感じる事ができていた。そんなトヒルは僕たちの様子を、オモチャを手に入れて目を輝かせている子どもに対して向ける目で見ている。
「では、そろそろ始めるかのお。童子らよ、右手を上にかざし、頭の中にある決まった詠唱を言うてみよ。炎が出たら合格じゃ。その後に第3試験を行うぞ」
トヒルの言葉を聞いた僕たちは一斉に手を上にかざし、詠唱を言う。
まるで何度も使っていたような感覚だ。
「世の理の一つとして、炎の中の業火よ。火神によって発現せよ【ファイア】」
「絶対的覇者にして獄炎を統べし者。煉獄の業火にて塵と化せ【ファイア】」
他の子どもたちの手の上に自分の拳ほどの火の玉が浮かび、顔が明るくなっている。しかし、僕だけは詠唱そのものが違った為か何も出なかった。他の子どもたちは僕の様子を気にすることなく、自分たちで出した炎に集中している。
すると、トヒルは驚いた様子で椅子から立ち上がり僕の元へ駆け寄ってきた。
流石のこれには他の子どもたちも目を大きく開け、微動だにしない。完全な恐怖からの硬直だった。
トヒルの巨躯な体という事と、魔法も発現しなかったという事もあり、僕は殺されるのではないかとその場に頭を抱えながら謝罪の文を話しながら座り込む。
するとトヒルは僕の手を退き、肩を掴みながら僕の顔を見つめる。
「童子よ、その詠唱が浮かんだのか?」
肩に激痛が走るが、答えなければ消されてしまうと思い、涙目になりながら首を上下に激しく振り肯定する。
その動きを見た後に、手を離し大きな嘆息を吐き自分の椅子の方へ戻る。
「あの童子がテペウの選び子という事なのじゃな…。まあ、強き者が生まれるのは良いことじゃが、よりによって儂と同じ獄炎魔法を…」
トヒルは独り言をブツブツと話しながら左手を上下に軽く振ると同時に、僕以外の子どもたちの頭の上に少量の光が降ってきた。彼らは不思議そうに互いの顔を見合わせていくと徐々に体が消えかけていく。子どもたちは消えていった子どもたちを思い出し、一斉に泣き叫ぶ。
「騒ぐな。主らは特別に第3試験合格という事にしておき、現実の体へ還している途中じゃ。安心して現実で強者となるが良い」
彼らは状況が理解していないため、呆然としながらもゆっくりと消えていった。
この空間に残されたのは僕とトヒルのみとなる。困惑と混乱で慌てふためく僕を放置し、当のトヒルは数秒考えた後、僕の前で右手を振り、話す。
「残った童子に獄炎の覇者より、煉獄の炎を授ける」
すると、僕の体を松明よりも紅く、この空間よりも暗い炎が包み込んだ。




