霊鉄のヴァリアント
2
アパートに着いたのは夜の8時を回っていた。僕は周囲に出来るだけ人が居ないことを確認するとネフェリィを車から降ろし急いで部屋に入れた。
「お腹空いてない、何か食べる?」
「パンはないだろうか…………アーモンドやイチジク、ぶどう酒があれば嬉しい」
「アルコールかぁ…二十歳は過ぎてるの?」
「未だだ、が私の部族では戦うものは皆、飲んでいる」
僕は直ぐ近くのスーパーへ走り言われたものを買ってきた。彼女は口に押し込むように食べ、買ってきたワインボトルをラッパ飲みにした。それを見た僕は少しだけガッカリした。
そんな僕の気持ちを見透かすように彼女は言った。
「戦闘では呑気に構えてられないんだ、これは習慣だ。許せ―――プフゥ………」
「少しは落ち着いた………一つ聞いていいかな――――君は戦車の前で倒れた僕をテントまで運んでくれたの?」
「ああ、お前の霊に聞いたら、ここから来た、と言っていたので運んだ」
「霊に? 僕は何で倒れたんだ、何かされたのか」
「霊的な防御無しで戦車に近づいたからだ。私の盾は霊と鉱物を合わせた『霊鉄』
で造られているんだ。恐らくお前の霊が干渉されたんだろう」
「さっきから言っている“霊 ”って何だ。幽霊のことか?」
「私が言う『霊』は神の領域の力のことだ。この物質の世界が出来る以前の世界だ、それは今も在る。それは私たちが目で見れるものじゃない」
「なんか魔法の話でも聞いている様だな。全然、想像も付かないな…………君が居た世界ってどんなんだ?」
「どんな、か………何処へ行っても寒くないし暑くもない。だがアベルとの戦闘で地は荒れ果てている。私はここへ来た時、死んで神の元へ来たのだと思った。それほどここの景色は美しく感じた」
「ちょっと待って―――」
僕はネフェリィの言った「アベル」の名称が彼女の居た世界を知るカギと感じパソコンを立ち上げてネットで調べてみた。
それはあった。聖書中の創世記の中に記されていた「アベル」は最初の一対の人間から生まれた子供で後に兄カインによって野に誘い出され殺された、とある。人類最初の人殺しの犠牲者が「アベル」だった。
僕はネフェリィの方を振り返るとカインのことを聞いた。
「私の種族の名はカインだ。私たちはドバルカインと呼ばれている。鉄や銅を精錬するからだ」
彼女がそう答えたことで案外早く彼女の居た時代が特定できた。問題なのはどうやってこの現代へ来たか―――という事だ。
「ネフェリィがここへ飛ばされた状況を詳しく知りたい」
ネフェリィは質問を制止した。
「私は自分の名前や種族や居た世界の事も話したがお前は自分のことは話さないのか」
「君は僕の霊に僕の事を聞いたと思った。口で言った方が良かった?」
「私たちは感覚として粗方の事を察する事は出来る、お前の性格とか―――だが名前までは分からん」
「そうか……僕は独始、ハジメって呼んでくれ。工科大学の二回生だ。ここは日本という国だ、春夏秋冬の四季があってこれから寒くなる」
「家族は………お前は一人なのか?」
「両親は愛媛に居る。県外の大学なんで僕はアパートで一人暮らしさ」
「私は…戦闘で家族を失ったんだ」
彼女がポツリと呟いたことで部屋の空気は加速度的に重たくなった。僕とネフェリィは突っ込んだ話はせず今日は床に就くことにした。