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 開会式が終わってすぐ、第一種目がハードル走だった。

 8クラス中6位。早すぎず遅すぎず、目立たないという意味ではまずまずの成績だ。

 頭のリボンが気になって仕方がなかったが、トイレで確認したところ崩れていなかった。

 せっかくやってもらったんだし、髪の毛には何の罪もないし、ぐちゃぐちゃになっていたらそれこそみっともないので、ほっとした。

 ハードル走は競技一番目。しかも一年生の第一走目だったので、私の個人競技はあっという間に終わってしまった。

 思っていたより暇で、私は困っていた。

 みんなは色団ごとのテントの中で、青団の走者を応援したり友達としゃべったりしている。

 でも私は知らない人を応援する気にもなれないし、そもそも体育祭の雰囲気にいまいち馴染めていない。こういうのは、ノリが必要不可欠なのだ。

 その上、時間をつぶす友達もいない。

 委員会にも部活にも入っていないから、誘導や競技の準備に駆り出されることもない。

 忙しそうにグランド周縁部を行き来している人たちを見ながら、私は身の置き場に困っていた。

 わいわいしゃべる女子の輪に入ることができるなら、今更友達0人なんてことにはならない。

 教室に帰ってみようか、それともトイレに籠っていようか、などと思うほどに私は途方に暮れていた。

 友達がいないからといって、一人でぼうっとしておくのが得意わけではない。

 それに私は人目を気にするほうなので、「仁川さん、体育祭でも一人なんだ、何してるんだろう」などと思われそうなシチュエーションはできるだけ避けたい。

 ハードル走、やめておけばよかったかも。

 お昼休憩までゆうに二時間はある。

 この二時間は大分長いぞ、と危機感を感じていると、

「仁川」

 いきなり名前を呼ばれ、

「ふぇっ!?」

「なんつー声出してるんだ」

 普段は先生以外に名前を呼ばれることなんてないから、名前を呼ばれただけで驚いてしまうのだ。

 そこにいたのは西園くんだった。

「すごい険しい顔してたぞ」

 思いつめすぎて、そういう顔をしていたらしい。

「あ、あはは」

 私は引きつった笑いしかこぼせない。

「暇なのか?」

「まあ……」

 友達、いないし。

「仁川、友達いないもんな」

 うぐっ。

 人が気にしていることを、ずばっと言ってくる。

 そういえば、西園くんとまともに話すのはこれが初めてだ。

 怖そうな見た目だけで話しかけるのをためらっていたけど、中身は案外普通の人みたい。ただ、言葉を飾らない人だ。これは悪い意味で、である。

「西園、デリカシーないなあ」

 西園くんの後ろから顔をひょっこりのぞかせたのは、「ハルちゃん」だった。

「私たちも競技終わって暇なんだよね」

 そのさらに後ろから山田さん。

 三人の間に流れる親密な雰囲気。

 一体いつの間に?

 この三人に接点はなかったはずなのに。

 気が付けば友達になっていた三人に、私の気は滅入った。

 多分、きっかけは今朝の私の髪形についての一言だ。この三人がしゃべっているところなんて、それまで見たことがなかった。が、今朝の時点ですでにしゃべり方がフレンドリーだった。

 ほんの些細なきっかけで、こんなにあっさりと打ち解けてしまえるなんて……。

 急に一人取り残されたような気持ちになり、胸がギュッと縮こまった。

 春と一緒だ。

 友達ができなくて、受け入れられなかったらどうしようと思って誰にも話しかけられなくて。

 それで一人になった。

 この三人も、私のことなんて放って遠くへ行ってしまうんだ。

 そう思っていたけれど、

「レイナちゃんも暇なんだよね? なんかしゃべってようよ」

「私、レイナちゃんと話してみたかったの」

 ハルちゃんも山田さんも、笑顔のまま私に話しかける。

「え……」

 信じられなかった。

 みんなもうグループで固まっていて、私が入り込む余地なんてないと思っていたのに。二人は私をグループに入れようとしてくれている。いや、それともただの今だけの暇つぶし?

 そんなことを考えるくらいに、私は一人でやり過ごしていくことに慣れてしまっていた。

「智子って呼んで。私もレイナちゃんって呼んでいい?」

「う、うん。いいよ」

 山田智子ちゃん。

 こんな風にしゃべれるなんて、友達みたい。

「じゃあ……智子ちゃん」

 なんだかくすぐったい。心の奥から暖かいものが湧き出てくる。自然と口角が上がってしまう。

「私も智子ちゃんと話せて、嬉しい」

 今の私の素直な気持ち。

「あ、俺のことも亮悟って呼んでいいよ」

「リョーゴ」

 西園くんも便乗してきた。ハルちゃんと智子ちゃんはためらいもなく呼び捨てにしたけれど、私はまだ男子を名前で呼び捨てにする度胸はない。

「西園くんももう個人競技終わったの?」

 私がそう言うと、「西園くんだって」とハルちゃんと智子ちゃんがそろって含み笑いし、西園くんは「亮悟って呼んでくれないのか……」とヘコんだ様子を見せた。

「俺はまだ。一番最後」

 やっぱり名前で呼んだほうがよかったのかな。でももうタイミングを逃してしまった。

「一番最後……って、クラス対抗リレー?」

「リョーゴ背高いもんね」

「それどうにかならねえのか。勝手に背が高い、イコール足が長い、イコール足が早い、ってことにされるんだぜ。実際俺はそんなに役に立たねーよ」

 西園くんいわく、じゃんけんに負けてリレーに入れられたらしい。

「ビリにならないでよね」

「周りが陸部ばっかりだったら諦めてくれ」

 そこから話は陸上部に移り、陸上部で体育委員をやっている住田くんの話になり、クラスメイトの話になり。

「レイナちゃんっていつも朝早いよね」

 やっぱり、存在認識くらいはされていたのだ。

「うん。早起きするの得意、っていうのかな。自然と目が覚めるの」

 私がそう言うと、智子ちゃんが

「うそ、羨ましい!」

 智子ちゃんは登校が遅いほうだ。

 全体的に遅刻しそうなの時間帯に来るのは男子が多いけれど、その男子の遅刻ギリギリの波に乗って、智子ちゃんは登校してくる。

「私なんか、目覚まし何回かけても起きれなくて。今日も早起き、すごくキツかった」

 確かに、智子ちゃんは今日は7時50分には既に教室にいた。いつもより1時間近くも早起きしたことになる。そうやって朝からハルちゃんに髪の毛を可愛くしてもらっていたわけだ。二本の太い三つ編みを、青色のスカーフでまとめている。

「あっ、でも今日あたしたち、かなり早い時間に集まったんだけど、7時半くらいかな? に渡瀬くんが登校してきたんだよ。早くない?」

「渡瀬くん、いつも早いよ。私が来た時には、絶対渡瀬くんが先にいるもの」

 そうなんだー、とハルちゃん。

「渡瀬か……」

 とつぶやいたのは、西園くんだ。

「何? 友達?」

「いや、なんでもない」

 話は私と西園くんを置いてどんどん進む。

「渡瀬くんって格好良くない?」

 そう言ったのはハルちゃんで、「分かるー!!」とテンションが上がったのは智子ちゃんだ。

「何が格好いいとか言えない。なんかもういるだけで格好いい」

「分かるー!! オーラって言うのかな? 私、渡瀬くんの前の席なんだけど、いい香りがするっていうか……」

 「男なのにか?」と怪訝な顔をしたのは西園くんだ。その反応を見て、他の男子が褒められているのはいい気分がしないのかも、と思った。

「あとプリント回すときとか見ちゃうんだけど、指が綺麗なんだよね」

「レイナちゃんは渡瀬くんのことどう思う? やっぱり格好いい?」

 一人で突っ走っていこうとする智子ちゃんにストップをかけて、ハルちゃんが私に話を振ってくる。

「え、そりゃあ、まあ……」

 渡瀬くんのことを格好いいと思わないクラスの女子なんていないはずだ。

 でも、そういうことを口に出すのはためらわれる。結果、返事をにごらせてしまった。

 しかし、私の反応など多分どうでもよかったのだろう。

「やっぱりレイナちゃんでもそう思うんだー!」

 智子ちゃんは恋バナが好きなのか、それともイケメン好きなミーハーちゃんなのか……。

「ふーん、仁川でもそういうこと思うんだ」

 西園くんが私を見下ろした。

 何その言い方。西園くんはやっぱり意地悪だ。

 その時、招集アナウンスがかかった。

『一年生、クラス対抗リレーに出場する人は入場門に集まってください』

「んじゃ、俺行ってくるわ」

「行ってらっしゃい」

 もう午前のプログラムの最後だということに気が付き、びっくりした。

 アナウンスを受けて、各色団のテントからもちらほらと人が出ていく。

 私は話がそこで切り上げられて、ちょっとほっとしていた。

 男子に「あいつのこと好きなんだ?」的な話を振られるのは、ちょっと恥ずかしい。本当に好きかどうかは別としても。

「頑張ってね」

 そう声をかけると、西園くんは「任せろ!」と言って笑った。

 西園くんがその場からいなくなって、すぐにハルちゃんと智子ちゃんがおしゃべりを再開した。

「とか言いながら、リョーゴもうちのクラスでは格好いいよね」

「リョーゴだって。なんか恥ずかしい」

 二人も、西園くんの前で緊張していたんだ。

 それが分かって、私は気が軽くなった。

「あとうちのクラスの格好いい男子って言ったら……」

 智子ちゃんが声を潜める。

「住田くんだよね」

「同意」

 二人とも顔を寄せ合って頷き合う。

「レイナちゃんは誰派?」

 そう振られて、

「え!? うーん、……渡瀬くん、かな」

 私は顔を赤らめながら、声を潜めて答えた。

 きゃーっと二人が騒ぐ。

「やっぱり渡瀬くんは強いね! ハルちゃんは?」

「あたしは住田くんかなぁ……そういう智子は?」

「私は……リョーゴ、かな」

「えーっ!」

 私とハルちゃんが驚きの声を上げた。

 周りが何事かとこっちを見てくる。

「ちょっと、二人とも静かにして!」

「お近づきになれてよかったじゃん!」

「本当、私応援するよ!」

「いや、別に好きとかそういうのじゃないし! 三人から選ぶなら、って、そういう程度だし!」

 必死に弁解しようとする智子ちゃんが可愛い。

「あっ、なら応援しなくちゃ! 前行こう、前!」

「そこまでしなくていいよーっ」

 智子ちゃんの意見を無視して、ハルちゃんが青団のテントの中に入って、前の方に場所を取った。

 隣に座っている女子に「西園って何走者目?」と聞いている。

「三走者目だって。こっち側スタートだ!」

 リレーは一人グラウンド半周。スタート地点は二つあるのだが、奇数走者が男子でこっち側、偶数が女子で向こう側スタートらしい。

 まもなく『選手、入場です』の声とともに、1年A組からH組が入場してくる。

 それだけで、各色団から歓声が沸いてくる。同じクラスの人はもちろん、同じ色団だからという理由で2年生や3年生も応援してくれる。

「リョーゴ、ファイトー!」

「住田ー!」

「もっちー!」

 私の周りでもみんな歓声を上げている。

「三番目、三番目……」

 ハルちゃんがつぶやきながら他クラスの走者を確認している。こちら側なので顔までしっかり見えるのだが、クラスに友達もいない私が他のクラスの人まで分かるはずがなかった。

「A組とE組、陸部だよ」

 隣の女子が教えてくれる。

「えー、リョーゴ大丈夫かなあ」

「うちは女子が陸部多いから、ちょっとヘマしても大丈夫だよ」

「まあ、男子が足引っ張ったら格好悪くてどうしようもないけどねー」

 女子は時に、ひどいことを平気で言うのだ。

『位置について』

「始まるよ!」

 リレーを応援しようという人たちが、ぐっと身を乗り出す。雰囲気にのまれて、私もごくりと唾を飲み込む。

『よーい、どん!』

 第一走者目は住田くんだ。陸上部。

「住田ー!」

「住田くん頑張れ――っ!」

 私の左右から割れんばかりの応援が飛んでくる。耳がおかしくなりそうだ。

「走れ走れ走れーっ」

 テントの敷地ギリギリの一番前で全力で叫んでいるのは、柔道部の石井さんだ。

 住田くんは青のTシャツと赤のTシャツの男子と競っている。僅差で3位。出だしとしては、まずまずかな。

 そのままバトンは第二走者の女子へと渡る。

 走者が女子になって、全体的にスピードが落ちる。順位はそのままだが、1位2位と差が開いている。そして、6位だったクラスが5位を追い抜いて4位になったところだ。

「優莉、抜かされるなーっ!」

 走っているのは岡村優莉らしい。名前しか知らない。黒板の一番前に座っている女子だ。

 一生懸命走っている様子は伝わってくるが、前の2位の走者との距離は開いていく。応援むなしく、バトンを渡すタイミングで抜かされ、4位になった。

「ごめん、にしぞの――っ!」

 岡村さんが、叫びながらバトンを西園くんに渡す。

 息を詰めてその様子を見つめていると、一瞬、西園くんと目が合った。

 バトンを掴んだ西園くんが、走り出す。

「いっけえ、西園ー!」

「リョーゴ頑張れー!」

 気が付くと、負けじと私も声を張り上げていた。

「西園くん、頑張ってー!!」

 さっきはうちのクラスを抜かして健闘していた3位のクラスは、男子にバトンタッチしてまたスピードが落ちた。

 ううん、西園くんが早いのかも。

 西園くんが後ろから追い上げてくる。

「3位奪還ー!」

「いっけええええ! そのまま抜かせええええ!」

 クラスメイトの応援に応えるように、西園くんはぐんぐんスピードを上げていく。

「いける、いけるぞ!」

「そのまま走ってー!」

「西園くーん!!」

 何を言えばいいのか分からない。でも、とにかく応援しないと。

 頑張れ、頑張れ。

 バトン交代まであと少し。

 早く抜かさないと、次の走者がバトンを待つ場所が変わらない。コーナーの内側から、1位、2位、3位と並ぶのだ。その順番が決まる地点までに抜かさないと、せっかく3位になっても、有利さは変わらない。

「西園!!」

 みんなの応援がさらに必死になる。

 西園くんは少しずつ3位の走者に近づいていき、ついに並んだ。

 そして、

「追い越せ――――!!!!」

 ほんの少し、前に出る。

「やったぁ!」

 智子ちゃんが私に抱き付いてくる。

 そのままテークオーバーゾーンに入ったときには、さらに後ろの走者とは差をつけて完全に3位になっていた。

 第四走者は……

「さくらー!」

 安達さくら。陸上部。いつも朝練で、登校が早い人だ。笑い声が大きい。

 安達さんが後ろに手を伸ばす。西園くんがバトンを押し出すが、バトンの先が触れるか触れないかの距離にいる。

 もしこのままバトンを渡せないまま、テークオーバーゾーンを越えたら失格になる。

 目が離せない。

 頑張って、頑張って。

 西園くんが腕を前に懸命に出す。バトンの先が安達さんの手を、手を、手を――手の上に乗った!

 やった!

 バトンをしっかりと掴んだ安達さんが走り始める。

 歓声が耳を襲った。

「やったあ!」

「3位! 3位!」

 一気に現実に引き戻されて、私はみんなの興奮についていけなかった。

 気づかない間に、引き込まれていたらしい。

 走り終わった西園くんの方を見ると、彼も私の方を見ているような気がした。




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