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翌週のホームルームは、各競技のグループ決め。
走者の順番とか、騎馬戦のグループを決めるのだ。あと大縄跳びの並び順。
個人競技のハードル走は、一走目に立候補した。早く走って、早く終わらせたい。みんな一番最初は嫌がるので、これはすぐに決まった。
問題は騎馬戦だ。
実際に騎馬を作ってみようということで、全員体操服に着替えている。机も椅子も教室の端っこに押しやって、何もない広いスペースが作られる。
男子は男子で、すでに自分たちの好きなグループで三人組を作っていた。あとは、どの騎馬に女子――通称「姫」が乗るかということだ。
言っては悪いが、上に乗る女子にだって、選びたい気持ちはある。
ひょろっとしたいわゆる「陰キャ」男子よりも、イケメン爽やかスポーツマンに担いでもらいたいと思うのは、仕方のないことだ。
まあでも、私は男子にも友達がいないので、男子のえり好みなんてできる立場ではない。
「仁川さん、こっち!」
どうやら男子たちの間で、勝手に「姫」の配属が決められていたようだ。
同様に、姫たちが騎士のもとにばらけていく中、私を呼んだ三人組は――
まずは、体育委員の住田くん。
それから、私の後ろの席の、例の入学式の時に話しかけられなかった、背の高い西園くん。つり目が怖い。
あとは――毎朝、必ず私より早く登校している、渡瀬くん。
なんというか、私にはもったいないメンツだ。
なぜなら、三人とも背が高く、どちらかというと格好いい部類だからだ。
住田くんはクラスのムードメーカー。爽やかオーラ全開で、誰とでも仲良くできる印象。住田くんを嫌う人がいるとすれば、それはひねくれた人だけだ。
西園くんは、クラスで一番背が高い。180cmはある。それだけで、女子的には十分「格好いい」とみなす材料になる(クラスの女子談)。目が細くて怖い感じがするけど、よく見ると格好いい、らしい(クラスの女子談。私は怖くてまともに目を見たことがない)。
渡瀬くんは、ちょっと頼りない印象があるけど、それがまた本人の雰囲気にぴったりなのだ。病弱な王子、みたいな。文句なしに格好いい。イケメンではなく、美人の部類だ。かといって、浮世離れした存在という風ではなく、自然にクラスに溶け込んでいるのがすごいところだ。
この三人が集まるということ、それはこのクラスの目玉三人がそろっているということ。実際、各騎馬からこちらをちらちら見ている姫もいる。
とりあえず……。
「よろしくお願いします」
住田くんがよろしく! と元気よく笑った。
「いやあ、ごめんな。無理やり姫にさせちゃって。そのお詫びというか責任というか、仁川さんの面倒は俺が引き受けます!」
なるほど、どの騎馬にも配属しにくい(いかんせん関わりのある男子がいないので)私を、体育委員という名目で引き取ってくれたわけだ。
クラスから浮いているという現実を認識させられて、姫騎馬に改めて憂鬱感を覚えてしまった。
「俺は仁川の騎馬になれて嬉しいけど。俺、西園――って、席後ろだし、分かるよな? もしかして、俺のこと認識してなかったりする?」
「あはは、まさか」
西園亮悟くん。
出席番号26番、私の後ろの席だ。
出席番号が近いというのは、それだけいろんなところで席が隣になるということだ。移動教室、体育の授業、学年集会など。
何度か話しかけてみようとしたが、実行に移せないままここまで来てしまった。
なんのプリントでも私のすぐ下に名前が書いてあるので、下の名前まで覚えてしまった。
ちなみに、西園くんもあまり友達がいるほうではない。
休み時間は、いつも机に突っ伏していて、誰かと話しているのはまれだ。
授業中は後ろを見ないから分からないけど、もしかしたら授業中も寝てるのかも。
私が二カ月間しり込みしていた割には、話しやすそうな人だった。
この三人の中で一番背が高いので、多分、この人におんぶしてもらうのだろう。
「よろしくね」
そう言って笑ったのは、渡瀬くん。
毎朝、私よりも早くに席に座っている男子。
口をきいたことはなかったけど、その佇まいや雰囲気が、私にひそかな憧れを抱かせていた。
風になびくカーテンと窓際が似合う男子。
ちょっとはかなげな、同い年の男子にしては落ち着いた人だな、という印象。
そんな渡瀬くんと接点を持てたことにかすかな喜びを感じつつ、私は会釈を返した。
人と話していなさすぎて、声をかけるタイミングがいまいちつかめない。
ああ、こういう機会を利用しないと、友達なんてできないのに!
それさえも、引っ込み思案で臆病な自分が足を引っ張って、無駄になりそうだ。
「一番背の高い西園が前、右が俺、左が渡瀬。これでいいかな?」
私に決定権などない。
「うん、大丈夫だよ」
「じゃあ早速……」
西園くんがしゃがんで、住田くんと渡瀬くんが手の置き方なんかを試し始める。
騎馬に乗ってみろ、ということだ。
うう、早いっ。
だけど実際、教室のあちらこちらで騎馬が出来上がっていた。
「仁川さん、いける?」
「あ、うん」
人の手の上に足を置くので、上履きを脱ぐ。
靴下で男子の手に乗るのか……。
今まで自分の臭いとか気にしたことなかったけど、大丈夫かな?
臭いとか思われたら、もう死んでいい……。
しゃがんだままの仮の騎馬に、乗ってみる。
西園くんの右肩に住田くんの左手が、左肩に渡瀬くんの右手がかけられている。残った手は、西園くんの両手と組んで、私の足場になる予定だ。二人の腕をまたいで、仁王立ちになる。
私の足は床についたままなので、みんなの手も何も支えることなくだらんとしている。とりあえずの配置確認だ。
「じゃあ立ち上がってみるよ」
住田くんの言葉に、私はごくりと唾をのんだ。
「うん」
「せーの!」
住田くんのかけ声で、騎馬が立ち上がる。
「きゃっ!?」
足元が浮いて、急いで三人の手でできた足場に足をかけた。
臭いとか気にしてる場合じゃない。
その足場も、人の手でできているので柔らかい。なんて心もとない!
「おー、軽い軽い」
住田くんと渡瀬くんの腕が、私の太ももの下をくぐっている。
これ、ほとんどお尻乗せてる状態じゃない!?
男子におぶってもらう経験なんて、普通ない。
私は、小学生の時に父さんにおんぶしてもらったことを思い出した。それが最後だ。
私の太もも(ほとんどお尻)に男子の腕が食い込んでいる。
なにこれ恥ずかしい!
入学して以来、初めての男子とのボディタッチがこれって、ちょっと刺激が強すぎるかも!
でも、グラグラ揺れる足場が心もとないので、その二人の腕に思いっきり体重をかけて、座っているような状況である。
住田くん、渡瀬くん、ごめん。
両腕は、前の西園くんの肩に。
まあ、その西園くんの肩に二人の手が置いてあるので、住田くんと渡瀬くんの手の上にさらに手を置いているという状態だ。
こちらにも体重、というか、体を支えようとして力がかかっている。二人の手をぎゅっと握りしめるような感じだ。
自分の体重をどこで支えればいいのか分からないので、手も足も中途半端な形で震えている。
男子の手に触っちゃったよ、手つないでるのと大差ないじゃん、と思ったが、バランスを取るのに必死で、手を離すことができない。
三人が完全に立ち上がって、揺れも収まった。
けど、人の手のひらでできた足場っていうのは、ものすごく不安定だ。
柔らかいし、手を組んだ形なので、平たくないのだ。
それに、体重かけすぎたら、組んだ手がほどけそう。
「仁川さん、大丈夫?」
声をかけてくれたのは渡瀬くんだけど、
「ま、まあまあかな……」
実を言うと、かなり怖い。
普段の自分の目線より、ずっと高い。
多分、いつもより1mは高い。
1mって言ったら大したことないように聞こえるけど、これが案外大きい。
教室の床がかなり下に見えるし、端に寄せられた机も椅子も小さく見える。
「そこから立てる?」
そして、そう、この状態からさらに立ち上がらなければいけないのだ!
今は、住田くんと渡瀬くんの腕の上に座っている状態。
二人の腕ではなく、手のひらの上に足を踏ん張って立たなければいけない。
「やってみる……」
西園くんの肩の上の手に力を込め、頼りない二人の手の上で膝を伸ばそうとする。
しかし、
「む、無理!」
立ちきることができない。
腰が重いって、こういう感じ?
途中までは立てるのに、膝を伸ばしきる前に力が抜ける。
怖い。
「もう一回!」
そう言われてやってみても、結果は同じで、途中までしか立ち上がることができない。
「もっと思いっきり体重かけて!」
「怖いよ……」
「大丈夫、ちゃんと支えるから!」
住田くんだけでなく、渡瀬くんも声をかけてくれる。
でも、万が一騎馬が崩れた時のことを考えてしまう。
二人の手がほどけて、その手の上に立っていた私は、バランスを崩して落下する……。
私の顔の下で、西園くんが口を開く。
「俺の肩にもしっかり体重かけろ」
「うん……」
私が立ち上がらないと、騎馬戦は戦えない。
分かってはいるけど、まだ恐れを振り切れない私に、
「大丈夫。男はそんなヤワじゃねえよ――俺を信じろ」
西園くんが、力強くそう言った。
言い切った。
俺を信じろ、と。
その言葉を聞いて、信じていいかも、と思った。
たしかに、男子が、それも身長もそこそこある三人が、細い女子一人を持ち上げるのなんて、女子が思っているより簡単なことなのかもしれない。
「うん」
そう頷いた私の声は、さっきよりも力強かったと思う。
ぐっと足腰に力を入れる。
私の膝が伸びたぶん、住田くんと渡瀬くんの手に体重がかかる。二人の腕が伸びる。私の足と二人の腕が突っ張る。このまま二人が耐えられなかったら、二人の手はほどけて、私は足場をなくす。
けれど。
二人の足場はしっかりしていて、そのまま私は膝を伸ばしきった。
視界がさらに高くなる。
後ろは足で、前は西園くんの肩に突っ張った手で、体のバランスをとる。
「立った!」
立ちきると、案外楽なものだった。地面の上に立っているのと、あまり変わりない。若干、重心が前に傾いているが。
さすが男子というか、力強い。一度バランスがとれたら安定した。不安定に揺れたりすることがないので、落ちたらどうしようという恐怖もなくなった。
周囲から、パチパチパチと手をたたく音が聞こえた。
見下ろすと、クラスメイト達が全員、私たちを見て拍手している。
今更ながらに周囲の視線に気が付いた私は、「早く下ろして!」と言って、すぐに地上に帰してもらった。
慣れぬ注目と、地面に足がつかないという体験で、どっと疲れた。
とりあえずそれから解放されて、ほっと安堵の息をついてから、改めて私は三人に向き合った。
「ごめん、重かったでしょ?」
「全然!」
「本当? ならよかった」
とか言っておいて、本当は重いって思ってるのかも。
私は、彼らと「確かに重かった」「ひどーい!」なんて軽口が言い合える間柄じゃないからだ。
騎馬を組み終えて、私たち四人をつなぐものも同時になくなった。
周りも談笑モードに入っていて、それに入っていけない私が居心地悪くしていると、目が合ったのは西園くんだった。
「さっきはありがとう。西園くんの言葉で、なんか踏ん切り着いちゃった」
自分から人に話しかけるなんて、久しぶりで緊張するけど、目が合っちゃったし、感謝の言葉は伝えなければ。
私が勇気を出したのに、西園くんは
「男のこと、あんまりナメてると痛い目見るぞ」
と意味の分からないことを言って、にやりと笑った。
「どういう意味?」
ちゃんと信用したじゃない。
馬鹿にされた気がして、睨み目で言い返してしまった。
よく知り合ってもいない男子にこの反応はまずかったかも、と思ったが、西園くんは「さあな」と言って、にやにやするだけだった。