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7月1日に体育祭がある。
もちろん全員参加。
絶対に、何らかの競技に出なくてはいけない。
学年競技として、大縄跳びと騎馬戦がある。それに加えて、個人競技一つ。
今日のホームルームは、騎馬戦のグループ決めと、個人競技を決める時間だ。
もう高校生なので、先生の手は借りない。そのぶん生徒たちは自由にやっていて、つまり、ホームルームの時間は騒がしい。
いつものように、私は一人で席に座っていた。他の子たちは、先生がいないのをいいことに、席を離れて好き勝手にグループを組んで、休み時間と同じようにくつろいでいる。
「はい、みんな静かにしてー」
体育委員の住田くんだ。あだ名はスミ。陸上部。友達でもないのに、あだ名や誰と仲がいいとかを知っているのは、ストーカーみたいで恥ずかしい。
わざとじゃなくて、聞こえてくるだけなんだけどな……。
話す相手がいないから、自然とみんなの会話が耳に入ってくるのだ。
ちなみに、この住田くんが、入学式の日に私に話しかけてくれた、右隣の席の男子だ。
「まずは騎馬戦のグループについて説明しまーす。……みんな、自分のグループで騎馬が組めるとか、思ってないよね?」
住田くんの言葉に、一緒に組もうねとはしゃいでいた女子たちがおしゃべりをやめた。
すぐに、「どういう意味?」「さあ……」という相談に変わる。
私もよく分からなくて、不安になる。
騎馬戦って、四人くらいで騎馬を作って、その上に乗った一人が帽子を取り合うものだろう。
小学校のころの騎馬戦の経験上、そのチームは自分たちで好きなように決められると思い込んでいたが、ランダムで組まされるってことなのだろうか?
友達がいない身としては、強制的に組まされたほうが、グループ決めで余りにならなくていいんだけど。
「ウチの騎馬戦は、他の高校とはちょっと毛色が違います! 毎年テーマが変わるのは、もしかしたら先輩から聞いてて知ってる人がいるかもしれない。去年は騎馬をチェスのコマに例えた、チェス騎馬でした! そして今年は、ずばり!」
住田くんがチョークを手にした。
クラスメイト全員が、住田くんの手元に注目していた。
カッカッカッカッ。
汚いと言うほどではないが、綺麗ではない字。男子っぽいバランスの悪い字で、こう書かれていた。
『姫騎馬合戦』
文字だけ書かれても、よく分からなかった。
住田くんは声を張り上げて、ざわざわするクラスメイトの注目を集めた。
「ずばり今年の騎馬戦は男女混合! 騎馬は男子、上で帽子の取り合いをするのが女子! 男子は全員騎馬! 土台が三人、上に乗るのが一人の要領で、姫騎馬七組! それだと女子が余るので、女子だけの騎馬が三組できます!」
「えー、男子の上?」
「やだー」
私だって嫌だ。だけど、この感じだと、その女子だけの三組は、すぐにグループを組んだ女子たちで埋まってしまいそうだ。
「しかーし!!」
説明はまだ終わっていないらしい。
「男子女子混合騎馬、通称姫騎馬は女子だけでできた騎馬の、なんとポイント三倍! これが姫騎馬合戦の名前のゆえんだ! 上に乗る女子は姫、男子は今日から全員その女子の騎士だっ!」
なんだこのノリ。
「なので、勝ちたいという女子はぜひ姫に! それから、体重の軽い人も募集です。機動力は高いほうがいいからね」
住田くんの言葉に、ほとんどの女子はしり込みする。
「はい! 姫やります!」
「重そう」
「そういうこと言うな!」
早速立候補した女子が、男子から心無い言葉をかけられる。
そう、体重の問題……。
男子に担がれて、万が一重いとか思われたらどうしよう……。
「他に立候補者がいないので、推薦制にします。はいみんな、推薦どうぞ! 姫枠七人!」
「ハイ、住田クン、安達サンがいいと思います!」
「ちょっと、望月、やめてよ!」
安達さんは、陸上部の女子だ。勝気な女の子で、おかっぱ頭がトレードマーク。
身長も高すぎず、運動神経もいいだろうし、なかなかのチョイスだと思う。
この調子で、七人の姫が決まってほしい……。
でも私は、嫌な予感がしていた。
私は友達がいない。
自分のグループで女子だけの三組を作りたいと思っている女子は沢山いる。その子たちは絶対に立候補しないし、頼まれても渋るだろう。だから、はみ出た女子にさっさと姫の枠を埋めてもらいたいに決まっている。
いろんな女子の名前が挙げられては、無理やり姫にさせられたり、断固拒否で保留になったりする。
背が高い女子。背の高さは帽子の取り合いの時に、有利になる。
背が小さい女子。単純に体重が軽そう。
痩せ型の女子。
それから……可愛い女子。
女子からの推薦もあるが、やはり男子からの推薦は女子の気になるところだ。
だって、もし名前を上げられなかったら、それは「太っている」「重そう」とか「上に乗ってほしくない」とか、そういう評価が下されていることだからだ。
逆に、男子に名前を上げられたら、それは「可愛い」とか、悪くても「こいつなら良い」「こいつなら勝てそう」など、そこまで悪い印象は持たれていないことになる。
だけど、恋人候補はおろか、女子の友達さえいない私は、「とりあえず早く決めたい」というクラスメイトの願望と、男子たちの「こいつならまあいいか」という最低限のラインくらいは満たしていた。
「仁川さんとかは?」
やっぱり来た!
誰かの発言で、教室が一気に静かになり、クラスメイトの視線が一気に集まった。
注目されて、顔が火照る。
もしかしたら、「仁川って誰?」なんて思われているのかもしれない。「あの友達いない女子?」かも。
ああ、顔赤くなってるかも。恥ずかしい!
「わ、私は……」
クラスじゅうの注目を受けていることを意識して、声が震える。
嫌、嫌だけど!
拒否したところで、女子だけの騎馬に入って浮くだけだ。でも男子の上になんて乗りたくないし! どうしたらいいの?
姫の枠は残り二枠。さっさと決めてしまいたいというのが、みんなの総意だ。
友達がいない格好の人材というだけでなく、私は瘦せ型だった。
「運動音痴だし……」
マズい、他に言うことがない。私が痩せていて、しかも運動部でもなく筋肉量が少ないので、そんなに体重が重くないことは火を見るよりも明らかだ。
太っていないからってこんなことに選ばれても、全然嬉しくない。
「大丈夫、騎馬たちが頑張ってくれるから! お願い! 仁川さんは乗っかってるだけでいいからさ!」
「お願いします、姫~!」と、住田くんが冗談まじりにお願いしてくる。
頼まれたら、理由もないし、断れないよ……。
女子は自分たちがグループで騎馬を組めるのか、男子は自分の上に乗るのが誰なのか、という問題がかかっているので、クラスメイト全員が私の一挙一動に大注目だ。
「え、えっと……」
目が泳ぐ。まだみんなに見られている。ああでも、ここで断ることなんてできないんだろうな……。
「お願い!」
ダメ押しの住田くんの一言。
それから、クラスメイト達の熱い視線。
私は、折れざるをえなかった。
「じゃあ……いいよ」
姫の枠がまた一つ埋まったと分かったとたん、クラスメイトの関心は私を離れた。
恥ずかしかった……。
みんなが私を見て、「友達いない子だ、カワイソー」と思っていたかと思うと、羞恥心でいっぱいになる。
被害妄想かもしれないけど、この思考パターンを身につけてしまった以上、新しく友達を作るのはもう無理かも。
ちなみに、個人競技はハードル走になった。
全く自信はないけれど、一番距離の短い競技だったのだ。
50mを走る十何秒かは生き恥をさらすことになる。今から憂鬱だ。
どうか、一緒に走る人全員が運動部なんてことになりませんように……私より遅い人がいますように……。
思えば、私の運命的な何かが動き始めたのは、この頃だった。