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朝、目が覚める。6時ぴったり。眠気なし。
こうして時間きっかりに起きられるのは、私の唯一の特技だ。
カーテン越しにもまぶしい朝の光を感じて、もう少し早く起きてもいいかもなと思った。
余裕のある朝が好きなのだ。
ベッドから出た私は、真っ先にトースターに食パンをセットした。
朝食は、決まってトーストと紅茶。朝ご飯を食べないと、脳みそが働かない。
トーストを焼いている間に、顔を洗う。朝から洗顔剤を使って、サッパリ。化粧水と乳液を使って、お肌の調子を整える。
もちっ。ぷるん。
チーン、と音がした。トーストが焼けたみたいだ。髪の毛はまだボサボサだけど、それはご飯を食べてから。
私はどちらかというと、身なりとか見た目を気にするほうだと思う。
クラスメイトのみんなは、髪の毛がぐしゃぐしゃだったり、スカートがしわになっていたりするけど、それが気になって仕方がない。
だから私は毎日、髪の毛の先から爪の先まで、全身に気を配る。
自分で言うのもなんだけれど、クラスで一番身ぎれいなんじゃないだろうか。
だけど、いくら身ぎれいにしていても、それとこれとは関係ない。
7時45分、学校到着。
これでもずいぶん早い時間だけど、1年B組に入室するのは、いつも二番目だ。
今日もお決まりのごとく、先着がいる。
窓際の席に座っている、渡瀬くん。
教室に入った私をちらりと見て、また窓の外に視線を戻した。
何を考えているのか分からない表情、だけど、ぼーっとしているというより、どこか怒ったような表情をしている、目元がクールな男の子だ。
それでも私は、彼が柔和な人物で、笑うと優しい顔立ちになって、クラスにうまく溶け込んでいることを知っている。
毎朝、何をしているんだろう。
人のことを言えたものじゃないけれど。
私は、毎朝数十分、教室で二人きりになる渡瀬くんに、ひそかな憧れを抱いていた。
見ているだけで、ぽーっとなってしまうような美しい顔をしているのだ。それに、無表情と笑顔のギャップが、ぐっとくる。
話してみたいな。
朝早くに登校する、という些細な共通点。
だけど、渡瀬くんは私と違って、友達がたくさんいる。
それなのに、朝の教室に一番乗りしているのが、ミステリアスなところだ。
廊下から、大きな笑い声が聞こえる。
ガラッと前の扉が開けられて、二人の女子が入ってきた。陸部の女子だ。
話す声の大きさは変わらない。先ほどまで静かだった教室が、彼女たちの声でいっぱいになる。結構うるさい。
二人は私に目もくれないで、
「おはよー!」
「おはよう」
渡瀬くんに対するあいさつだ。
私は、うつむいたまま、カバンから本を出した。『悲しみよこんにちは』。
二人は、自分の席にカバンをドンッ! と置いて、また教室を出て行った。
彼女たちの笑い声が遠ざかっていく。
教室に静寂が戻ってくる。
私は小さく、渡瀬くんに聞こえないようにため息をついた。
なんか、緊張した。
今日も、あいさつできなかった。
なんで陸部なんだろう。
もっと静かそうな子が一人で登校してきたら、おはようくらい言えるのに。
私、仁川レイナには、友達がいなかった。