女神の神子
「大神官エルンスト、失態だな」
それは冬の海を思わせるほど冷たいユングの声だった。
聞いたことのないユングの冷めた声に大神官は下げた頭を、これ以上は下がらないと言われる程下げていた。
シャロンもユングの冷たい声にビクリと身体を震わせユングの顔を見た。いつもの優しい表情ではなく、怒りを通り越して無表情でエルンストを睨みつけるユングに、シャロンは思わずユングの手を握りしめる。
「ユング様…」
シャロンの手の温かさに怒りが自然と収まるのを感じる。ふとシャロンを見ると悲しそうにユングを見ていた。シャロンにはいつでも笑顔でいて欲しい、そんな思いからユングはシャロンに微笑みかける。
「すまなかったシャロン」
謝罪の言葉にシャロンは驚き必死に首を横に振る。いつも自分の気持ちを最優先してくれるユングに対して、申し訳ない気持ちと自分がユングの一番なのだと、改めて知る事が出来て嬉しい気持ちが入り乱れていた。
ユングはそんなシャロンの様子を見て、改めて頭を下げているエルンストに言葉をかける。
「大神官エルンスト、改めて自分らの立場と言うものを考えよ。そなたらはいつ神子より立場が上になったのだ?我らの敬意の上に胡坐をかいているのではないのか?」
「はっ、申し訳ございません。今回の事に関しましては、周りの者の意見を聞かずシャロン様の寛大さに甘えてしまった、己の至らなさにございました」
頭を下げたまま謝罪の言葉を述べるエルンストの前に、シャロンは跪きエルンストの手を取る。
「大神官様、顔を上げて下さい。私たち神子へのあなたの尽くしよう、そして精霊様への祈りは信者たちへの見本となるものです。ユング様への想いは何も恥じる事のない真剣な想いです。今回の事はそれを分かって頂く前に、逃げようとした私の弱さが招いた事です。さあ大神官様立ち上がって下さい」
その言葉にエルンストは深くお辞儀をして謝罪の言葉を改めて二人に述べた。
シャロンの優しさはどこまでも深い。その優しさに甘える事無く職務を全うするのが自分の務めだとエルンストは再認識した。
「シャロンがこれ以上何も問わないのであれば、私が口出しする訳にはいかない」
シャロンの執り成しでユングの怒りも収まり、部屋に集まった者は安堵のため息をつく。
「大神官殿、今日の事もあります。また別の日に改めてお二人にお話しをされてはいかがですか?」
枢機卿の一人がこの場の雰囲気を呼んで別の日に改める事を提案する。
他の枢機卿が同意する中、ハイネルは異を唱えた。
「シャロン様のお気持ちとユング様のお気持ちを確認できた今、少しでも早くシャロン様のご不安を取り除く事が良いかと思います」
ハイネルの提案にエルンストは頷き、改めてシャロンとユングに向き合う。
「私の不安とは?ユング様に関わる事ですか?」
これまでの話しの流れから、エルンストの話しはユングへの想いにも関係する事だろうと、シャロンは理解する。
「左様ですシャロン様。一つ確認したい事がございます。」
「なんでしょうか大神官様」
「シャロン様は女神の神子で間違いないですね」
その言葉にシャロンの瞳は大きく見開かれる。それはユングも同様で驚いた表情で隣に座るシャロンを見つめる。
エルンストやハイネルを始め他の枢機卿たちはその事実を知っているのか、静かにシャロンの返事を待っている。