はじまり
ユールと呼ばれる世界には5つの大陸が存在した。
ヴェイグ大陸
アストニア大陸
コンフォート大陸
タンドロス大陸
ナーゼ大陸
それぞれの大陸には大陸の名を冠する大都市国家があり、その国を中心に中小の国が領地を自治していた。
中でもヴェイグ大陸は神聖国家として大神殿が大陸を治めていた。
神聖国ヴェイグは風、水、土、火の精霊を祀り、世界の安寧を祈る役目が与えられており、神子としてそれぞれの精霊の力を持つ者が存在していた。
神子の力は精霊に通じ世界に豊穣をもたらしていた。
「シャロン様、そろそろお時間です」
女官の一人が本を読んでいる少年に声を掛ける。
歳は先の月で16歳になったばかりだが、身体は年相応に成長しなかったのか、まるで女性のようなしなやかさがあった。
色白の肌に緩やかなウエーブが掛かった金色の髪にコバルトブルーの瞳が印象的な少年、
シャロン・ヴェイグ・シルウェスト。この少年は精霊に使える神子の一人であった。
本を閉じゆっくりと立ち上がり女官に微笑む。
「分りました。行きましょうアトレ」
神子は1日3回、神殿に赴き祈りを捧げる義務がある。
シャロンが向うのは風の神殿。風の精霊シルウェストの像が中央に安置され、天井には風の使いシルフがシルウェストに祝福の花びらを散らしてる絵が描かれている。
神子の祈りの時間は誰も神殿に入ることが出来ない。
アトレは神殿の外でシャロンが出てくるのを待つだけである。
神殿には常に優しい風は吹いている。そよ風がアトレの髪をいたずらに撫でていく。
神子がこの世の安寧を願い祈ってくれているからこそ、この優しい風なのだとアトレは自分が仕える主人に母のような、姉のような優しい思いを抱く。
「シルウェスト様、いつまでもシャロン様が笑顔でいらっしゃいますよう。あの方に悲しみが降り注ぎませんように」
アトレは自然と神殿の前で跪き、風の精霊シルウェストに祈りを捧げる。
「アトレ、シャロンはまだ中かい?」
祈りの最中に声を掛けられ顔をあげると、水の神子ユング・ヴェイグ・ディーンが立っていた。
シャロンとは対照的に20歳を迎えたユングは、神殿兵をまとめる将軍と間違われるほど肉体が鍛え上げられていた。プラチナブロンドの短い髪に、褐色の肌を持ち深い森の様な瞳を持つ神子。
シャロンがあこがれてやまない青年である。
ユングの後ろにはユング付きの女官が控えており、呆れたようにユングを見ている。
「ユング様…」
アトレは突然現れて水の神子ユングに一礼をして、シャロンはまだ祈りの最中である事を伝える。
「シャロンはいつも熱心だね。ここ数年世界が豊かなのもシャロンのおかげだね」
ユングの言葉にアトレは再度深く礼をする。
「シャロン様が熱心なのは神殿に来られた時からです。他の神子様方の祈りがあるからこそ、この世界は豊かに保たれているのです」
アトレの言葉にユングは驚いた顔をしたがすぐに微笑みを浮かべる。
「使える主人が控えめだと、その女官も控えめだな。少しは見習ってはどうだ?ナーエ」
話を振られた女官ナーエはため息をつく。
「本当にシャロン様やアトレの爪の垢でも煎じて飲まれたら、ユング様の性格も大人しくなるのではありませんか?」
「うちのナーエは手厳しいな」
ナーエに降った話しが思わない所で自分に返ってきたのをユールは苦笑する。