表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/50

DOPEちゅーとりある06

 魔導書グリモアがチュートリアルの終わりを告げ、おれ達はまたホームゲート──漆黒の宇宙空間へと戻ってきた。光の帯が幾重にも走る、星の海だ。


「お疲れ様にゃーん。」


 おれ達を出迎えたのは二足歩行の黒猫、ダルタニャンであった。


「いやー、無事にチュートリアルを生還したプレイヤーは久しぶりにゃん。正確には305678人中の2512人目と2513人目にゃん。日本からの参加者は、君たちが初めてだから国内ランキングのトップ1位と2位にランクインにゃん!それでは──お楽しみの評価タイムにゃん!」


 おれ達の魔導書が、それぞれ宙に浮きぱらぱらと頁がめくられていく。獲得した【技能スキル】や地図の踏破面積といった数字が表示されては消えていった。

 ハイテンションのダルタニャンに対して、おれとシャオは疲労の色が濃い。特にシャオは足首が腫れ上がって痛々しい。


「ん、それくらいの負傷なら生命石ライフストーンを使用すればいいにゃん。ボーンスネークが落とした生命石を消費すれば回復するにゃん。」


 シャオが握ったままだった朱い宝石を使用したらしい。すると、見る間に腫れが引いていく。治療というよりも、時間を巻き戻したかのような回復具合だ。


 ダルタニャンの説明によれば、生命石の主な用途は三つ。

 身体負傷の回復──プレイヤー間での共通通貨──そしてEXP(経験値)の獲得。


「EXP?DOPEはスキル制の成長システムじゃないのか?」


 おれが問えば、ダルタニャンは困ったような顔で返答する。


「本来は魔導書の回答するべき管轄の質問にゃけど──職位クラスのレベルを向上させるために使用するのにゃ。君たちはまだ職位についていないから、この用途では消費できないのにゃー。」


 ダルタニャンが生命石についての説明を行っている間に、魔導書による査定が終わったらしい。通知音、そして仰々しい光るエフェクトとともに評価が表示される。


 ──【チュートリアル評価:A】

 ──【獲得生命通貨(ライフカレンシー):250】

 ──【国内ローカルランキング、第2位にランクインしました。】

 ──【内訳を確認しますか?】


 魔導書からの確認に、おれは首肯する。おれが第2位ということはシャオが第1位か。シャオの方を向けば、得意げなドヤ顔が待ち構えていた。当然だ、とでも言うように優越感に浸っている。


 ──【技能獲得:A】

 ──【地図踏破面積:B】

 ──【戦闘経験:C】

 ──【称号ボーナス:A】

 ──【総合評価:A】


 こう、分からないでもないが【戦闘経験:C】って言われると落ち込むな。確かにおれは逃げ回っただけだったが。最後の最後で獲得した『ボディーガード』の称号がなかったら評価はBで止まってたかもしれない。


「わーたーしー、Sだったけど!!」


 シャオは後ろからおれに組み付くと、魔導書を取り上げて勝手に閲覧しようとしてくる。

 ああ、偉大なるかなシャオ公主(お嬢様)!このうざ絡みがなかったら、おれは素直に彼女の魅力に屈服し、恋慕の情を抱いていたことだろう。


「あー、お楽しみのところ悪いけどにゃ。チュートリアルはまだ終わってないにゃん。」


 ダルタニャンが改まった態度で、おれ達に告げる。その姿におれはいつか見た違和感を思い出す。インストラクションのために設置されたAIであるはずの、この黒猫から感じる異様な人間臭さ。


 おれはその姿に異変を感じる──おれの中の直観が、危険を告げた。


「シャオ、距離をとれ!!」


 おれの声にシャオは反応しきれていない。おれの様子を見たダルタニャンは、にやりと笑ってそれまでの愛嬌を捨て去り、猫科の猛獣特有の俊敏な動作で距離を詰めて来る。

 漆黒のステージを照らし出す、星々の光を反射して、銀の一閃が鋭く突きだされる。おれはシャオの前に立ち塞がり、彼女を突き飛ばしながらその一閃を身で受けた。


 レイピア──極端にか細いながら、殺傷力の高い両刃の剣。いつの間にか、ダルタニャンの右手には突剣が握られていた。

 鋭い突きはおれの脇腹を抉ると、踏み込みの速度と等速で引き戻される。機械のように精密な規則正しさで、ダルタニャンは連続の刺突を繰り出し、その度におれの四肢から鮮血が噴き出た。


 都合、四度の連続刺突を受け終えて、おれはたたらを踏んで後ずさる。シャオはすでに状況を理解したのか警戒して距離を取っていた。だが、おれのHPはすでに19/60にまで減少し、今もなお僅かに減少を続けている。


「きっちり60ダメージ削るつもりだったのに、耐えるとは驚いたにゃん。『ボディーガード』の称号効果が発動してるにゃね。でも『出血Ⅰ』を付与したにゃん、時間(Damage)経過(over)ダメージ(Time)の効果があるにゃんよ。」


 ダルタニャンは仕切り直すようにレイピアを胸の前で構えて見せる。どこからか取り出した羽根付帽子をかぶり、短い濃紺の外套を身に纏う。中世の伊達男のような装いで、黒猫は不敵に笑ってみせた。


「あと17秒でマサオミは死ぬにゃん。お嬢さんも、生命石はもう無いはずにゃん?」


 確定した事項を確認するように、ダルタニャンは語り掛ける。


「お前、案内役じゃなかったのかよ!」


 油断して虚を突かれ、致命の攻撃を受けたのはおれの失敗だ。だが何が狙いだ。ダルタニャンにとって、おれ達の命を奪う行為に何の意味がある。噛みつくようなおれの叫びに、ダルタニャンは頬を掻き、罰が悪そうに答えた。


「いや、その──これはメタ的な言い方をすればイベント戦闘にゃん。君たちは無事生還したわけにゃけど、チュートリアルの内容を全て修了したわけじゃないのにゃ。」


 だから、死んでもらう──伊達猫はそう嘯いた。流れ出る失血によって、おれのHPは15を切った。何をしても、しなくても、残り15秒でおれは死ぬ。

 おれは自ら距離を詰める。蹴り出した足も、振り上げた腿にも傷がある。貫かれた傷口が訴える痛みは、鈍く神経を逆撫でるが、動けないほどではない。ハーフリングの矮躯を更に低く、黒猫の胴体を双腕で掻き抱くように突撃する。


「人、それを無謀という。」


 にゃん、と付け加えてダルタニャンは更に低く、人種には不可能な角度から斜めにおれの顎をカチ上げた。体勢を崩させる目的の一撃には、ダメージがほとんどない。だが、迎え撃つレイピアの一撃は、おれの勢いを利用して、腹を抉るように突き刺さる。残りHP3/60、三つ数えればおれは死ぬ!


「完璧だ、正臣。」


 おれの背後、シャオはおれの影にいた。張りつくように、同じ動きで距離を詰めていた。


技能スキル──『スナップショット』。」


 おれは決して離さないという必死の覚悟でダルタニャンを拘束する。シャオはおれの足首を両手で持ち、身体の柔軟性を生かして回転する。腕の中でもがく黒猫を握りしめたまま、おれは足首から先を引きちぎられんほどに振り回され、スキルの発動とともに吹き飛んだ。

『スナップショット』が弾丸としたのは、おれ自身の肉体だ!


「カウント0だ。吹き飛べ糞猫。」


 おれのHPが0になる。ハーフリングと黒猫の弾丸は、猛烈な勢いで漆黒のステージを吹き飛んでいく。おれの肉体は光の粒子に分解され、ダルタニャンを拘束していた腕が消失した。戒めを解かれた黒猫の身体は、慣性による加速を受けたままだ。ダルタニャンの体は床に勢いよく打ち付けられ、二度バウンドし、確かに衝撃によるダメージが発生したことをおれは確認して──そこで意識は霧散した。



 §



 目覚めたとき、おれの視界は朱かった。朱い河の流れる、荒涼とした大地。空は昏く、荒野には奇妙な形の列石が並び建っていた。岩が至る所に転がり、一木一草も見えず、吹き抜ける風が頬を撫でるたびに、寂寞の感情が起こされる。


 これが、死後の世界であることは明白だった。それほどに世界の有り様は一変していた。星々の輝く漆黒の宇宙とも、緑の生い茂る美しい森野とも異なる、生命感に乏しい場所。


「起きたか、異邦人ワンダラー。」


 いつの間にか、おれの横に壮年の男がいた。片方の眼には黒い眼帯を架け、使い込まれた革鎧を身に纏い、傭兵風の外見をしている。岩に腰かけ、こちらを眺める、枯れた金髪の男はおれに話しかける。


「いいか、猿でも分かるように説明してやる。ここはゲヘナ──お前ら風に言えば地獄、冥府、あの世って奴だ。お前ら異邦人はゲヘナに留まることは許されねえ。分かったら走って帰れ。」


 男が指さす方角には、朱い不浄の地にはそぐわない、大理石の螺旋階段がある。天にまで届くほどの巨大な階段。事実としてどこまでの高さがあるのか、おれには見通せない。乱暴な物言いの男は、おれに向けて一振りの剣を投げ寄越す。

 おれの足元に滑って来た西洋剣の革鞘を払ってみれば、数打ちの安物だと一目で分かった。


「初回だからな、無料でやるよ。いるだろ。おれは気前がいいんだ──あーん、何だこりゃお前ダルタニャンとやり合ってんのか。」


 男は遅れて思い出したように、魔導書を閲覧していた。あれはおそらく、おれの魔導書だ。


「あー、なるほど。お前チュートリアルを生還したクチか?そしたらあの伊達猫にぶっ殺されたわけだ。間抜けでやんの。」


 くつくつと笑いながら、男は眼帯の奥を指でほじっている。


「おれの名はアハト。無法のアハトだ。気が変わったぜ。猫にはおれも眼の仇があるから、特別丁寧にレクチャーしてやる。とはいえ時間がねえのも事実だ。」


 見ろ、とアハトと名乗った男が顎をしゃくると、昏かった空に不鮮明な映像が映し出された。そこには今まさに戦闘中のシャオとダルタニャンの姿がある。

 シャオは未だに一筋の傷も負っていない。鋭く突きだされるレイピアの雨を、舞踏家の如く軽やかに回避し続けている。投げ飛ばした際に折れたらしく、ダルタニャンのレイピアは半ばほどの長さしか残されていないのが影響しているのだろう。


 だが、防戦一方だ。見た目には軽い傷でも、出血を受ければ致命傷になる。


「おお、こいつは素敵なお嬢さんじゃねえか。クレオパトラ、楊貴妃もかくやという美しさだなあ?お前のスケか?」


 冗談めいて語るアハトに向けて、おれは毅然と首を振る。


「仲間だ。おれはシャオを助けに戻る。」


 おれの答えに対して、アハトは真面目な口調で断言した。


「だが、そいつだけじゃ猫は殺せねえ。」


 こいつも持ってけ、とアハトは背に負っていた盾を転がしてきた。円形の小盾だ。磨き込まれたいぶし銀の輝きは、アハトが重ねてきた年月を物語っているかのようだった。内側は柔らかな革張りで、腕を通す留め具がついている。不思議なことに、あつらえたようにぴったりと、おれの腕に収まった。


「さあ、あとはマラソンだ。お前が現世に戻って猫をぶちのめすのが早えか、お嬢さんが息切れして倒れちまうのが早えかの勝負だ。」


 いい兵士ってのは、よく走るもんだ──アハトはけたけたと笑っている。おれは黙って頭を下げ、アハトの背後にそびえる螺旋階段の塔へと歩を進める。

 すれ違いざま、アハトの泥臭い体臭が香って来た。歴戦の猛者、しかも苦闘を相手に強いて勝機を掴むタイプの闘士が漂わせる空気だ。

 そして、おれはそれ以上、そこから一歩も動けなかった。気づけば、おれの首筋には白刃が突きつけられていたからだ。飄々とした空気を一切崩さず、一筋の殺気も漏らさぬままに生殺与奪の権を握られていた。

 それが訓練された技術によるものだとおれにはすぐに分かった。


「冗談!冗談だ──いや、丸っきり冗談って訳じゃねえ。おれからお前に教えておくのはコレだけだ。あとは坊主なら何とかできるんじゃねえの。」


 冴え冴えと光る短剣が引かれ、おれは深く息を吸う。どこまでが本気なのか測りかねる男だ。


「なぜ、こんなことをしてくれるんですか。武器をくれたり、技を見せてくれたり──あなたとおれは初対面だ。」


 おれは疑問をはっきりと口にした。このアハトもまたAIなのだろうか。だが彼の技量には厳しい鍛錬と戦場での経験が嗅ぎ取れる。この男は確かに生きている、おれはそう感じていた。


「ただシステムが定めた【デスボーナス】だ。お前ら異邦人どもは、薄志弱行で到底生きる見込みがないとか言って自殺しちまったりするんだろう。だから、おれみたいなレムナント(英霊)がここで尻叩いて鍛え直してるだけだ。」


 お前はまだ見込みがあるから、さっさと行け──そう言うとアハトはそっぽを向いて、葉煙草らしいものを噛み始めた。

 おれはもう振り向かなかった。剣と盾を背に負って走り出す。空にはまだ、シャオが戦い続ける姿があった。いつの間にか、彼女の白い肌に幾つかの赤い筋が走っていた。時間がない。


 ゲヘナの空気はいやに甘かった。肺腑にいれるたびに肉体が賦活されていく。無傷の五体に気力が漲り、おれは白い大理石の螺旋階段を駆け上がっていく。

 おれの行く手を遮るように、青白い幽鬼ゴーストが現れる。だが、おれは足を止めはしない。気合を吐くことも、気負いに呑まれることもなかった。ただ背から剣を抜き、間合いに踏み込み、幽鬼を頭から両断した。

 ダルタニャンにも、アハトにも劣る──まるで練習台のような幽鬼を、幾つも幾つも切り捨てながら、おれは階段を駆け上がる。

 やがて、おれの前に巨大な門が現れた。大理石製と思しき門には地獄を思わせる仰々しい装飾が彫り込まれている。だが、おれは減速したりなどしない、ただ五体をそのままに門へ向かってぶつかっていく。


 ゲヘナの門は容易く破れ、おれの意識は再び光の中へと溶けていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ