表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/50

神性邂逅 018

 神性邂逅018



 かつて陽光に華やいだ真鍮の都市は、今や汚泥の底へと沈んだかのようだった。

 私──そのDOPEにおける名をラス・ザ・ラース──は、その一部始終をその眼で見た。


 これまで自分が珠と磨き上げてきた聖堂都市サクラメントは獣人どもの手に落ちた。私自身もまた、テイ・トワ、ジヴィエフ・ボルスカヤ、そしてM・M・ハッターと奴に付き従う戦闘メイドとの戦いに敗れ、サクラメントから追われた。


 今や、私は聖堂都市を取り巻く胸壁、その内側に入ることさえ許されずにいた。

 ハッターは聖杯の支配権を書き換えると──それはサクラメント市の壁の内側を完全に掌握したことを意味する──私を追放ヴァニッシュドした。


 私は狼髄院の二人との戦いにおいては優位にあった、と認識している。

 ジヴィエフの操る不可視のギロチンを回避しながら、臆することなく距離を詰めて来るテイ・トワを理力術の見えざる爪で八つ裂きにした。


 テイ・トワの上位技能アドバンスドスキルである『食即是食ライフイズイーティング』は、彼が食べたフードのカロリーを生命力に上積みする能力だ。引き千切った肉は即座に再生リジェネレーションするために、そう簡単にテイを落とすことは難しい。

 だが、長引けば勝利はこちらに傾く、はずだった。


 おそらく私との戦いは、彼らの求めたものだったのだろう。

 私に対して都市からの追放処理をしてしまえば、正面切っての戦いの機会は遠のくだろうから。


 だがその戦いを見世物でも眺めるように悠長に構えていたハッターは、私に勝機有りと見て取ると、途端に態度を翻し、容赦なく私を市中から弾き出した。


 いわゆるブラックリスト。

 指名手配などという生ぬるいものではない。

 都市に張り巡らされたマキナギアの恩寵による障壁を境界として、私はその内側への侵入を拒絶された。


 マキナギアに信奉を捧げ、育ててきた私が、今はその力によって拒まれている。



 以来、一ヶ月の間。


 私はサクラメントの外縁に、密かに陣を張って、都市の様子を監視していた。

 外縁から放射状に延びる道路網を私は絶えず監視しており、その交通を可能な限り遮断していた──実際のところ失陥以来、内外に目立った出入りは無かったが──にも関わらず、都市内部には日に日に獣人の姿が増えていった。


 どうやら交通遮断は徒労であったらしい。

 サクラメントの帰還石ポータルストーンは、ハッターによって複製濫造され、狼髄院を通じて移住の目的を持って広く頒布されていたからだ。

 私が聖杯チャリスの支配権を握っていれば、帰還石の使用を差し止めることも可能であったが、それもならない。


 市中では人種ヒューマンへの弾圧が行われ──具体的内容としては拘禁と段階的処刑。社会制度的に言えば身分階層制における最下層である不可触民階級への組み入れ。経済的に言えば奴隷化、あるいは家畜化への過渡期──市中を睥睨する三本の尖塔ファサードは、もはや監視塔としての役割しか果たしておらず、並び立つ家屋は豚小屋であり、整備された線路レイルは屠殺場へと繋がっていた。


 貨車カートに載せられた女は、噴水のある広場へと運ばれ、麻袋に詰められたまま槌で叩かれて団子ミートパティに変えられた。

 その袋は吊るされ、血はたらい桶に集められた。


 そんな光景が延々と続いた。やがてそれは景色の一つとなった。望遠鏡グラスから目を離しても、サクラメントのあらゆる街角で、技能スキルを伴った強制的な繁殖と屠殺が繰り返されていることが分かった。


 アルカニア、及び東部NPC七貴族の治める地は尽く失陥した。

 レミシオーネンは焼かれ、上級王イーサンは戦死した。

 かつて行われたベータテストから見ても、彼が安楽な死を迎えられなかったのは初めてのことだった。


 私はサクラメントと狼髄院領の、東西交通を遮断することに腐心していた。

 仮に私が東部戦線に赴いたとして、その後背を突かれることがあれば、今度はサクラメント外縁の衛星集落群が失陥する。

 これが最善、私は取れる手をとった。はずだった。


 だが結果として、私は全てを失いつつある。

 積み上げてきた経験は生きなかった。

 個としての私は、戦闘において敵を圧倒するが、システムによる守り──あるいは未知の側面をついた攻撃に──私は為すすべもなかった。


 ソロプレイヤーの限界、あるいはただの都市運営シムシティとしてしか、DOPEを扱ってこなかった結果。

 この戦いはストラテジーですらない。

 局地では一個の強烈なプレイヤーが万軍を打倒しても、それをさらに上位の機構システムが支配する。


「師匠、やっぱりレミシオーネンは焼かれてたよ」


 『黒曜鎧槍』は大きく損傷し、完全に回復するまでには至っていない。

 私は神性(ディヴィ二ティー)からの祝福を失ったローブを、今も身にまとっていた。

 擦り切れ、すすけたそれを未だに捨てることができずにいた。


「そうですか。ご苦労様でした、ゆうた」


 サクラメントを一望できる丘の上、隠蔽を施された物見台で私は振り返る。

 私の背後には青い衣をまとった青年が立っていた。


 それはかつて”魔術師マジシャン"とタグ付けされていた男。

 レミシオーネン北部における迎撃戦で、私と対峙した三人のプレイヤーの一人。

 彼はあの戦いの後、ゲヘナから帰還して私のもとへとやってきた。

 強く弟子入りを志願したゆうたに、私は押し切られる形となった。


「これ、僕らの置いていた財産とかどうなるんですかね」


 ゆうたは私から望遠鏡グラスを受け取り、市中の様子を確認して顔をしかめた。

 彼らはハッターと面識を持っておらず、狼髄院の発行したクエストを受注した、というだけの認識だったらしい。


「おそらくですが人種の資産はプレイヤーについても接収されてますね。個人の情報に紐付けていたとしても、名義書き換えされてしまっているでしょう」


 私の答えに彼は嘆息した。

 以前のサクラメントには、多くのプレイヤーが滞在していた。

 私は経済についてはNPCの官吏に一任し、可能な限り自由経済に委ねていた。

 その成果も今となっては簒奪されている。


「これからどうするつもりですか」


 彼は私に問うた。

 そこには言外に、いつまでこんなこと(・・・・・)を続けるのか、という意味が含められているのだろう。


 ゆうたは、彼が所属していたパーティを脱退していた。

 もともと猫姫とクラウドが親密な間柄になっていたことに辟易していた彼にとっては、良い時機だったらしい。

 彼は自らの敗北を認め、次に進んだ。

 私はどうだろうか。


 視界に広がるのは、弧状に広がった高さ10数メートルの胸壁と、そこから円球状に展開された私を拒絶する障壁。

 その内側で繰り返される虚構の浄化虐殺アニヒレイション


「奪回します。必ず」


 私は迷いを払うように言い切った。

 機会はある。ただ一つの瞬間が。


「狼髄院の信奉する神性ディヴィニティーはアムリアといいます。愛と流水の女神(アムリア)は原野に彷徨う獣らを、渇きから救ったとされる存在です。彼らは手に入れた聖杯の中身を入れ替えようとするでしょう」


 そう、彼らの目的はサクラメントという土地だけではない。

 そこに根ざした神性存在ディヴィニティーの遷移こそが最終目的だ。

 彼らには彼らの伝承ロアがあり、貰い物の神性を奉じたりはしない。


「今はまだ聖杯は安置ロックされています。彼らの本拠たる東方へと聖杯を動かそうと望むのならば、それには第三次神性戦争サードシーズンの始まりを待つ必要がある」


 一度安置された聖杯は、神性戦争を介してしか移動させられない。

 聖杯は都市の領域を定める中心であり、街そのものを容易に移動させることはできない。

 器の中身を入れ替えようと考えるならば、そのときが来る必要がある。


 逆にいえば、神性戦争の開始と同時に、彼らは器からマキナギアを遺棄し、聖杯を彼らの根拠地たる東方へと持ち帰るだろう。


 あと40時間ほどで──私はすでに備えている──最後の戦いが始まるのだ。


「腹が決まってるなら、弟子は黙って従います。定刻どおりに僕は動きます」

「ありがとうございます」


 ゆうたはそれ以上語らず、黙って物見台から降り、丘下へと戻っていった。

 彼にはアルカニア敗残兵、レミシオーネンで束ねた残党ミニオンを任せることにしていた。


 だが、それは失敗する。

 必ず失敗する策だ。

 ジヴィエフの断頭台を回避するだけの力を持つ者は彼らの内に一人としていない。

 私とて、視界の外から放たれる断頭台を、確実に回避することはできない。


「正臣──まだか──」


 私は不意に、彼の名を呼んでいた。

 この逆境に肩を並べていられないことがこの上なく不安だった。

 彼がこの場にいたとして、格別の戦力になるわけではない。

 状況に劇的変化が起こるわけではない。

 だが、私は彼の存在に勇気を与えられていた。


「ともにサクラメントを守る、そうだろう」


 指先を組み、現実にそうするように私は祈りを捧げた。

 宗教者だった父から直接教わった、ただ一つの正しいこと。

 祈りを捧げる行為。


 それは私の基礎職位ベースクラスの一つ『祈祷術師』の技能でもある。

 祈りは何かをもたらすわけではない。

 ただ信奉をその場に積み上げる行為──それが天に届き、やがて亜神は真なる神性へと至り──それだけが、天へと至る行為なのだと私は教わっていた。


 今このとき、私のなかでラスとラースの思いは完全に一致していた。


「私を一人にしないでくれ」


 自分のための祈りを捧げ、独善の彼岸へと私は渡る。

 たとえ彼が他の誰かの剣であろうとも。

 今だけは──私とともに──戦って欲しい。


「待たせたな」


 清い風が丘に吹き上げた。

 視界の端、現界を表す光の粒子パーティクルは、輝きを束ねて収束していく。

 ゲヘナの淀み、錆び枯れた空気を幾ばくか孕みながら、その男は現れた。


 私は振り返る。

 黒髪の矮躯は、以前よりも少しばかり大きく見えた。

 横に流れた前髪の向こうに、黒革の眼帯が覗く。

 外見の変貌とは裏腹に、彼の雰囲気は変わらずにあった。


「正臣…………さん!」


 頬に熱が流れていく。

 DOPEにはプレイヤーの涙も実装されていたのか、と私は初めて知った。



 §



「状況はどうなってる?」


 おれは受け取った望遠鏡グラスを右眼にかざしながら、ラス・ザ・ラースに尋ねた。

 『武神の眼』は片目でも問題なく発動している。

 しかしながら近時間の予知めいた能力には至らず、動作を見落とさない、という程度の力しか発揮していない。


 ラスは泣き顔を恥じたのか、ローブの袖で顔を覆いながら応じた。


「40時間後に神性戦争シーズンが始まります。それまでは私、というか許可されたプレイヤー以外はサクラメントの壁内には侵入できない設定にされているでしょう。あの障壁は技能スキルでは擦りぬけられない、根本の世界規則ルールによって形成されていますから。ですが神性戦争が始まれば障壁は消失します。そして聖杯の所有権は一旦初期化(リセット)され、その後に再設定リブートが始まります。私たちが狙うのは、その瞬間です」


 聖杯の中身を満たすマキナギアがぶち撒けられ、獣人の信奉するアムリアが戴かれる。

 その祭典を妨害し、取り戻す。


「当然、相手もそれはわかっている……よな?」


 ラスは頷く。


「ジヴィエフの上位技能『愛の断頭台(ギロチンオブアムリア)』が地上部隊を薙ぎ払うはずです。正臣さんは、そのによって回避することは可能ですか?」


 おれは望遠鏡グラス越しに聖堂を眺めている。

 拡大された尖塔の頂点付近、塔の外壁から突き出したバルコニーに、陽光を反射する存在があった。

 それは狼頭の婦人、灰色の毛並みに赤糸威あかいとおどしの胴丸を身に着けたジヴィエフの姿だった。


「おそらく難しい。遮蔽物越しにギロチンを放たれた場合には回避のタイミングが掴めない。見えていれば可能だが──『直観』が都合よく発動するとも限らない」


 ジヴィエフはこちらに気づいているのだろうか。

 彼女は牙を剥き、眼下の市外へと笑みを投げると、踵を返して塔の内側へと帰っていく。


「獣人は特殊な意思疎通技能──おそらくはフェロモンに類するもの──を持っています。市内に放たれた斥候が目となって、ジヴィエフにこちらの位置を伝えるはずです。ジヴィエフの取得している『武士』の職位クラスには、斬りたいと望んだものだけを斬る『活人の剣』の技能がありますから、乱戦でギロチンを撃たれれば、こちらが一方的に損害を受けます」


 おれは望遠鏡グラスから目を離して、ラスに向き合った。

 彼女はすでに平静な様子を取り戻している。


「それで、あるんだろう。策が」


 彼女は頷くと、ストレージから黒い塊を引き出した。

 それはおれの背丈を遥かに越える4メートル近いくさび型の物体だった。


「『黒曜鎧槍』の第三形態です。20万の内臓生命力を噴射して飛ぶ投射兵器──平たく言えばロケットです──これに私が搭乗し、理力術で操作。対象へと目視誘導します」


 ラスは右手の人差し指を立てると、そらを指した。


「一旦、大気圏外──このDOPEが惑星なのか、大気層の構造がどうなっているのかは全くの未知数ですが──へとマッハ3の速度で上昇し、そこから弾道飛行軌道を経由してサクラメント聖堂直上から侵入します。発射場所は『霧の古戦場』を予定しています。超短距離射程のために終末速度の低下が懸念されますが、これは私が再加速します」


 ラスは淡々と計画を話した。

 すでに机上での計算は終え、発射予定時刻まで算出されている。

 神性戦争の開始時刻、その7分前の発射ランチだ。

 つまり今から38時間40分後。


「ところで、その棺桶は二人乗りにできるか?」


 おれが問えば、ラスは右手の親指を掲げて、満面の笑みを浮かべた。


「当然だ」


 機械的な歪みを伴わず、ラースの声音が初めておれの耳に届く。

 おれ達はDOPE初となるであろう、そらからの揚陸を試みることになった。




2017年5月18日20時の投稿分です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ