神性邂逅 013
神性邂逅013
整備された道路、ラス・ザ・ラースが流す電流を動力補助とした騎馬戦車──そして騎乗兵たるおれの操縦と血術による血液循環。これらが組み合わさった結果として、時速60kmをフラットに走行するモンスターマシーンが生まれた。
軍権を戴く執政官として、ラス・ザ・ラースが東部三郡の首たる都市『レミシオーネン』に辿り着いたのは、狼髄院の侵攻開始から約15時間が経過した頃だった。正午に辿り着いたおれ達は政庁に通され、威厳ある白髪の老人に出迎えられた。
『レミシオーネン』より東には極東郡とされる『エウカリスト』が存在したが、三時間前にこの地は狼髄院の侵攻を受けて失陥していた。
ちなみにこれらの都市には帰還石の再発行権限を持つポータルが存在した。ラス・ザ・ラースは転移し、ほんの数分で、聖堂の戒めの更新と、念のための障壁展開を行ってきた。
「執政官よ、遅参の責めを今は問うまい」
「状況はどうなっている」
老人は紅地の儀礼服を身に纏い、手には金に輝く錫を握っている。どう見ても偉い人、なのだがラースは無作法にも思える物言いを押し通した。おれは秘書官か書記官らしくラースの斜め後ろでだんまりを決め込んでいる。
「相変わらずであることよ。『エウカリスト』の失陥を受けて、我々は連絡道を破壊した」
「破壊?何故だ、それでは奪還作戦が立たぬ」
老人は壁にかかったタペストリーを指し示す。そこには周辺の地図が織り込まれていた。
『レミシオーネン』と『エウカリスト』は一本の線で結ばれているが、それは極端な隘路になっており、渓谷に挟まれている。そのたった一本の道を彼らは自らの手で封鎖したと言うのだ。
「彼我の撃破比率が4を越えておる。継戦は困難と判断された」
「まさかとは思うが、こちらが1だとでも?」
老人は苦々しげに頷いた。
「これまでに異邦人が3人確認されておる」
その言葉を受けてラス・ザ・ラースが押し黙る。異邦人、それはNPC達からのプレイヤーに対する認識だ。おれ達は魔導書に導かれ、別世界から訪れた人間に過ぎない。
「恐らくはまだ若い。じゃが腕は立つようでな。『エウカリスト』はほぼ廃墟とされた故、奪還の価値は薄い」
「だがそれではエドワード公爵が黙ってはおるまい」
それよ、と老人は錫を撫でた。
老人はラースから顔を外し、おれに視線を向けた。それは鷲の目を持つ者だった。
「卿が伴を連れるとは、他に無いことだが──面白い御仁だ」
おれは直観的に、己の情報を閲覧されていることを感じた。
「正臣、閣下はこの『レミシオーネン』を治めるイーサン王だ」
王?ということはNPC集団の実質的なトップということか?
「ラース、お前さっきから王様相手にその物言いだったのか」
「我とイーサンは対等な立場だ。無論、執政官としての我は王に仕える身であるが」
イーサン王が統治するこの地の総称は『アルカニア』という。七貴族家は各々が公爵位にあり、互いに王家に血統を注いでいる。時機に応じて相応しい人物を推挙しあう形で王は即位するため、王家とは言いながらも世襲とは限らない。
最も相応しいものが冠戴するという、なんとも奇妙な政権体制が敷かれていた。
おれはラースによる雑な説明を受けて感想を述べる。
「そんな体制でよく内紛が起こらないものだ」
「狼髄院との争いの方が一大事でのう、身内でことを構えておったら獣の餌となろう」
イーサン王は微笑を浮かべて、おれの無遠慮な言を流した。
「とはいえ、執政官が戻ったとなれば状況は改善しよう。北辺を迂回して一軍が侵攻して来ておることが伝わっておる」
壁の地図には封鎖した連絡道の北側、渓谷を迂回する経路が示されていた。
しかしこの経路を行軍するとなれば、随分と遠回りを強いられるだろう。
「すでに北部平原に野戦陣地を敷いておる」
「手緩い、以後は我が軍を動かすが如何に」
明滅するラースの単眼に向け、白髪翁は首肯で応じた。
その場で勅書が発行されると、ラス・ザ・ラースは知るべきことは全て知ったとでもいうように、踵を返して執務室から出て行こうとする。
むしろおれの方が面食らって、慌ててイーサン王に尋ねる。
「いつものことなのですか?」
「あれは本来であれば部屋住みのままに一生を終えようとしていた中年男に、王位を戴くだけの天祐を授けてくれた者でな」
おれは彼の撫でる王錫の頭に、マキナギアの印章が彫り込まれていることに気付いた。
「本来であれば我ら人の子が、このような富貴を分かち合うことなどあり得ぬのだ。今や『アルカニア』に飢えて死ぬ者はおらぬ」
それらは全て、ラス・ザ・ラースとその神、マキナギアの恩寵に浴するものだと、王は付け加えた。
「若き異邦人よ、そなたらは壮健にして真の死を知らぬ。我らの如き短命種からすれば、そなたらは現人神にも等しい。本来であれば恭順を押し切り、あるいは地平の全てを蹂躙することも叶おう。あの者はそれをせぬ」
ラス・ザ・ラースは『サクラメント』市の支配権を求めただけで、それ以上の要求をNPCに行ってこなかった。その治世もまた温厚篤実と呼ぶにふさわしいものであるという。
おれは不意に、今ここで聞かねばならぬことがあると感じた。
「一つ、お聞かせ願えますか」
イーサン王は頷いた。
「王が御即位なされたのは、いつ頃になられますか」
おれの問いかけに、王は異なことを聞くとでも言いたげに首を傾げた。
§
『レミシオーネン』から北部平原に向け、兵を率いて移動する。30体のNPCを一群として、将官にあたる格のNPCが、これを率いる。
ラス・ザ・ラースを護衛する指揮隊は、一際精強な者達が配置されていた。
「ラース──いや、ラス・ザ・ラースに聞きたいことがある」
おれはラースの戦馬車の手綱を握りながら、背後の彼に問うた。返答は無い。おれは背に単眼の視線を感じながら、言葉を続けた。
「お前はいつからDOPEに存在している」
緊張が手綱越しに、馬に伝わったか、戦車が縦に跳ねた。揺れの収まりとともに、若い女の声が答える。
「イーサンはベータテスト時のデータを残した状態で生まれたのです」
その答えは、それだけでは問いと対応していない。だが、おれにはその言葉の意味がある程度は理解できた。
おれは振り返らぬまま、天頂から下りつつある太陽を見ていた。この世界でも、恒星は東から昇り西へと降る。
「正臣さんは、あえて聞かずにいてくれたのですよね」
「ああ」
ラスの言葉に、おれは曖昧な返事を返した。
違和感は度々あった。DOPEのグローバルサービスインから現実世界で4か月余り、インゲームタイムで9か月に届こうかという期間。
ラス・ザ・ラースはあまりに多くのことに精通していた。何より、異常なまでに効率化されたプレイスケジュールでなければ、現段階でラス・ザ・ラースの到達している地点に届くことは不可能だろう。
「御存じのとおり、私は今も刑務施設に服役中です。そして、このゲームのベータテスト参加者でもある」
MMORPGというジャンルには、数多のプレイヤーが手探りでプレイする中、強烈なスタートダッシュを決めてゲーム全体を支配する層がいる。ベータテスター、正式にローンチされる以前からDOPEに触れ、ゲームの細部まで把握したプレイヤー達。
「DOPEがベータテストをしていたというのは、寡聞にして知らなかった」
「完全なクローズドベータでしたので。限られた立場にある人間だけが参加することができる」
ラス・ザ・ラースはおれに語って聞かせた。
それはDOPEというゲームが開発された歴史でもあった。
DOPE、及びその根幹となるimAI技術はもともとは医療目的で開発されてきた。その技術は、前世期に急速に起こりはじめ、世界中で症候群化したパーソナリティ障害の治療を主眼としていた。すでに技術は確立され、安全性についても認められている。
一方で、この技術を他の方面に利用しようとする計画が持ち上がった。
それは過密化した刑務施設の省スペース化、効率化を企図したものだった。
その最初期の対象者として、彼女は選ばれた。
「新規の侵襲型ナノマシンの生体試験に、私は志願しました。生前献体です。生きている間は獄の外に出ることは叶わない身ですからね。DOPEのベータテスターはそういった終身刑受刑者か、さもなければ末期医療患者によって構成されています」
ベータテストに費やされた期間は3年。ラス・ザ・ラースの意識はすでに6年以上の時間を、このDOPEで過ごしている。それならば、彼女がDOPEの内容に精通していることも納得できる。
三か月前の正式ローンチ時に、全てのデータはリセットされた。だが、NPCの生成規則に残っていたデータが、イーサン王の記憶からは消えていなかったのだ。
「それだけのことです」
「しかし、それは随分なアドバンテージだな」
おれは内心、随分なハンデを背負わされたような気持になった。何というか、ズルいというのが当てはまるだろうか。
「ただしベータテスターには700レベルから先の恩典が無いんです。私たちにはゲームクリアーは許されていません」
ラスはおれの言葉に感情を読み取ったか、諭すような口調で付け加えた。彼女はそれを何気なく零したようだったが、おれはその言葉に強く引っかかるものを感じた。
「ラス、君以外にもベータテスターは」
「いますよ」
おれは振り向かなかった。問答が最後の問いに至る前に、アルカニア軍の野戦陣地が見えてきたからだ。だが、ラス・ザ・ラースはおれが言葉にしなかった問いに答えた。
「M・M・ハッターもまた、ベータテスターの一人だ」
速度を緩めた戦車から、黒曜の騎士がその重装に合わぬ身軽な動きで飛び降りた。
それに向けて、すぐさま歩哨が駆け寄ってくる。
おれは、ハッターがおれを馬として雇った理由に、辿り着いたらしい。
陣地には幾つもの天幕が立ち、来たるべき群狼を弑すべく、塹壕線と逆茂木が敷かれていた。
平野に刻まれた凹凸を舐めるように、夕暮れが広がっていく。
篝火が灯りはじめ、おれはこの世界を包む真実とは何かを考えていた。
2017年5月15日22時の投稿分です。




