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神性邂逅 012

 神性邂逅012



 ラス・ザ・ラースは目に見えて取り乱していた。


「このままだと不味いです。ジヴィエフを縛っている戒めが解けます」


 ジヴィエフ──彼女がそう呼ぶ者こそ、聖堂の天頂に縫い止められた脊柱の正体に違いなかった。


「具体的にどう不味い。それほどに厄介な相手なのか?」

「1対1なら問題ないですが……面倒な相手なんです。野放しにすると、市街の住民が撫で斬りにされます」


 おれは彼女に現状を説明させようと、その焦りをたしなめた。


「いいから落ち着け。冷静に今の状況を整理しよう」


 ウィツィロとその連れの男、恐らくは盗賊に属する職位クラスのプレイヤーは、おれとラスの帰還石ポータルストーンを奪って逃走した。

 彼らの目的は何か。


「ラス、帰還石を奪われた場合に起こり得るデメリットを教えてくれ」


 ラスは一呼吸おいて、思考を巡らせているようだった。


「まず、私たちがサクラメントへ即時に帰還することができません」


 予備の帰還石は持っていない。おれ達は安全圏とみなされるポータルにまで向かい、再度帰還石を発行しなければならない。

 ラスの説明によれば、『霜の古戦場』からサクラメントまでは直線距離にして400km離れており、その間には沼と樹海が斑に広がっているそうだ。


「予想される所要時間は?」


 その点を問われて、ラスは急速に落ち着きを取り戻した。


「遅くとも20時間あれば。途中で騎乗生物を手に入れることができれば……かなり時間的な余裕はある」


 ラスは魔導書グリモアを開き、周辺地図を投射する。


 中央海アースシーから東の沿岸、サクラメント市を中心とした図だ。

 北に400km離れた地点が、おれ達の現在地で、その間には広大な樹海。

 やがて人種の生存圏が起こりはじめ、それはサクラメントの半径50kmに及ぶ。


「おれ達の帰途を襲撃するために、伏兵が仕込まれている可能性は」

「低いと思います。やるならば今。私たちがユニークモンスターと戦闘中に仕掛けるのがベストだったはず」


 つまり彼らの狙いは直接的な戦闘による殺害、ゲヘナへの送還は狙いの外だ。


「ウィツィロは仕事ビズと言っていた。彼らを雇った連中がいる」

「十中八九、狼髄院ロー・ズィ・インの仕業です」


 初めて耳にする名だ。ロー・ズィ・インの響きにおれは大陸系の民族を思った。


「サクラメントの東部に根拠地を持つ、獣人系の勢力です。NPC勢力の一つだと思ってください。第二次神性戦争(セカンドシーズン)で聖堂にまで押し入った連中なんですが……私が捕らえているジヴィエフは、そのナンバー2にあたる人物です」


 ラスは地図を操作し、表示範囲を拡大する。

 サクラメントの東部には、北部樹海と同等の規模の樹海が、かつて存在した。

 だが、DOPEのゲーム開始からたった半年の間に、人種による開拓は急速に進み、その生存圏はサクラメントから100kmの地点を極東とするに至っている。


「特に私が聖堂を建立し、地域の王侯貴族から軍権の一部を預かってから、開拓は加速度的に進みました。生産力が大幅に向上しましたからね。とはいえ、狼髄院と周辺を治める七貴族との抗争は今も続いています」


 つまり、ラス・ザ・ラースは、狼髄院にとっては人種の旗頭であり、彼らの中心人物を監禁する仇敵ということになる。


「帰還が遅れる以外の問題はあるか?」


 ラスは熟考し、はっきりと答えた。


「おそらくはありません。彼らが私たちの帰還石を利用して、聖堂に忍び込むことは可能ですが、内部に配置した修道士(NPC)たちは皆暗殺者(アサシン)の訓練を受けた者ばかりです。賊の一人や二人は縊り殺すでしょう」


 おれは更に細部を問う。


「石を複製された場合はどうなる?」


「その場合、量産されて大軍を送り込まれたとしても、転移地点に障壁を上書きしてしまえば袋の鼠──なにより聖堂内のセキリュティレベルは最大です。侵入者が出れば防壁は封鎖され、市街の全軍が殺到します。神性戦争ディバインウォーの期間内ならまだしも、現状ではどうしようもないかと」


 つまり石に戦略的価値は無い。

 相手の狙いはラスの足止め、帰還の遅れそのものが目的ということになる。


「それらの情報を踏まえて、もう一度考えてくれ。敵の狙いはなんだ」


 おれ達は地図を俯瞰する。ラスはサクラメント周辺の道路図をレイヤー上に重ね、あるいはNPC集落の配置を確認する。


「東部周縁への侵攻」


 サクラメントの防壁の内側には、マキナギアの眼と恩寵が注がれている。敵対者は追跡され、力の倍化を受けた精強な憲兵に縊り殺されるだろう。

 だがその外ならばどうだ。整備された道路沿いに点在するNPCの集落には、かろうじて木柵が備えられている程度だ。無論、貴族領の中心となる幾つかの街はその限りではないが、大多数の集落は計画的に侵攻されれば失陥するだろう。


「目的は神性戦争への布石か」


「おそらく。私が握っている軍権は、あくまでも貴族諸侯から貸し与えられた与力です。サクラメントは物とエネルギーを産みますが、人を産むことはありません。NPCは周辺集落から発生し、それがサクラメントに定住しているんです」


 神性戦争の前に、防衛戦力の要となるミニオン、及びその生産施設を消耗させようという腹づもりか。


「ですが──」


 ラスはさらに深刻そうな面持ちでその先の言葉を紡ぐ。


「この計画が全面的に成功してしまうと、私の軍権そのものが危ぶまれます」


 即ち、ラス・ザ・ラースは周辺諸侯から指揮官としての名目で兵を預かっている。にも関わらず有事にその指揮系統の長としての義務を果たせない場合、何らかのペナルティが課されるだろうということだ。


「執政官の職を解かれることはないと思いますが、兵の一部を引き上げられることは覚悟しなければいけませんね」


 唇を噛みしめる少女の顔は、闘争を快くする殺戮者ラースとは違う。

 為政者として、宗教司祭として、そして己の手で造り上げた街を想う年相応の少女として──それらの微妙な感情が一つの人格の中に混ざり込んでいる。その相反する状態は人間として自然なことだと、おれは思った。


「敵の狙いはわかった。おれ達がやることは帰還し、東部戦線を死守することだ。そうだな?」


 ラスは自らの目元をぬぐった。そしておれの目を見て力強く頷きを返した。

 そこには揺れ動く感情の色は既に無かった。

 すでにストレージロックの効果時間は過ぎ、解除されている。


「全速で帰りましょう。舐めた真似した連中に、落とし前をつけさせる」


 黒曜の鎧を取り出し、ラス・ザ・ラースが力強く宣言した。



 §



「おい、これ大丈夫なのか」

「問題ない」


 その騎乗生物の背中は、お世辞にも乗り心地がいいとは言えなかった。おれの後ろには『黒曜鎧槍』に身を包んだラス・ザ・ラースが陣取り、その単眼から絶えず杭を前面に放射している。

 現在、これは最高にして最善の選択肢だろう。激しく前後に揺れ動くカメを、おれは手綱と呼ぶには厳めしい鎖を通じて御していた。


 おれ達は体長4メートルを越えるワニガメの背に乗っていた。

 その頭部には甲殻が張り出し、甲羅には幾本もの突起が主張する。しかしそのような重鈍な見た目に似合わず、俊敏な動きを見せるカメは、時速40キロ弱で樹海を爆走中だ。

 カメは戦車然として短い手足を高速で回転させ陸を泳ぐように掘り進んでいく。

 障害物となる倒木やらはラス・ザ・ラースが射撃で撃ち崩し、それよりも大きい物はおれが騎乗スキルを駆使して回避する。


 問題はカメをテイムした経緯だ。

『霜の古戦場』を走り抜け、南部の樹海に入ったおれ達は二人乗りが可能で、かつ速度が出せる生物を探していた。そして哀れにも、このカメと出会ったのだ。


 おれよりも遥かに巨大な生物、ラス・ザ・ラースをして力比べをしても引けを取るまいと思しいその生き物は、おれ達が近づいても呆けたように草を食んでいた。元々が温厚な性質なのだろう。


 そこでおれが馴致を試みようとしたところ、ラースがおれを止めた。奴は時間の短縮だと言いながら、カメの横顔をいきなり殴り付けた。

 哀れなカメは怯み、その隙にラースはカメの口に指をかけると無理矢理に口腔を暴いた。


「マキナギアの御ために働ける稀な機会だ。謹んでその光栄に浴するがいい」


 ラースの手には怪しげな金具が握られている。黒い腕甲がカメの顎の狭間に突っ込まれると、その金具が展開された。


「こいつは我が扱う道具の中でも優しい種類だ。逆らわなければ何もない。わかるか?わからないなら、痛いだけだ」


 カメに噛まされた開口具からは鎖が伸びている。ラースはその鎖をおれに向けて寄越した。


「あとはお前が乗りこなすだけだ。【威圧】が成立したからな、そいつは従順に従うだろうよ」


 おれは鎖を受け取りながら、複雑な表情を浮かべた。その顔を見返して、ラースは弁解するように言を吐く。


「普段ならこのような真似はせぬ。火急の状況だ。できる限り負担の無い器具を用いている。ラスは後ほど、このカメに報いて、聖獣に列してやるつもりだ」


 その言葉はおれに向けて、というよりも、その哀れなカメに向けて発せられたようだった。聖獣、というのがどれほどの叙勲にあたるのかおれにはわからないが、カメは不承不承、おれ達に従うようにこうべを垂れた。


 おれはカメの頭を一撫ですると、甲羅の上に跨がった。

 本来であれば敵を威嚇し、あるいは食い千切るであろう鋭い歯。それを備えた獰猛な面構えは、開口具によって歪められて、あたかも泣いているかのような顔つきである。


「手綱に逆らえば電流が流れる」

「そういうわけだ、素直に従ってくれ。聖獣──というのが、お前にとって有り難いものかはわからないが……」


 そういうわけで、カメは樹海を押し潰しながら休憩なしで走ってくれている。

 おれはカメと血を共有(ブラッドシェアリング)させて、血液循環を助けてやっている。


 魔導書グリモアの示したデータによれば、このワニガメ『ヘイグイズ』の危険度は星4つに値した。

 第四階梯(ランク4)に達した戦闘型のプレイヤーが一対一で戦うのに適した相手、という目安らしい。


「おれよりよほど強そうだ」

「今ならばお前には『血茨の短剣』がある。黒亀子ヘイグイズの甲羅を裂く程度のこと、訳はあるまい」


 ぽんぽん、とラースが甲羅を叩くたびに、おれが御する首が怯えるように振れる。


「ラースは地ならしに集中してくれ」

「応応、悪かった」


 おれ達はヘイグイズの背に乗り、八時間──その間、この堅牢なるカメは一度も脚を衰えさせることなく走り切った。樹海では他のモンスターに数度襲撃を受けたが、その全てから逃げ切ってさえ見せた。

 そして遂に暗く深い森が切れ、視界が大きく開けた草原へと辿り着いた。道らしい道はないものの、遠目には集落らしいものまで見えてきた。


「ラース、向こうから馬が来る」

「恐らく警邏の兵だ。人界にまでたどりついたらしい」


 途端、おれ達の緊張のゆるみが伝わったのか。

 それまで全力で走り続けていたヘイグイズの歩みが止まった。その脚が限界を迎えた──否、すでに訪れていたそれを越えて、この亀は走り切ったのだ。

 崩れ落ち、口角から血の泡を吹くヘイグイズに、おれは新鮮な血液を送り続けた。ラースは甲羅を降りると開口具を取り外し、カメに向けて印字を切って祈りを捧げていた。


「聖獣とは命を賭けるほどのものなのか」

「本来であればいたずらに産み落とされ、消費される命だ。神性ディヴィニティーに仕える立場になれば、与えられるAIの格が拡張される。こいつは契約を果たした。マキナギアの祝福に相応しい」


 印字はカメの頭殻に十字の印を刻んだ。

 遭遇した警邏の兵は、ラス・ザ・ラースの風体に気づいたらしい。


「執政官閣下、なぜこのようなところに」


 下馬した兵は胸元から識別票を提示しながら近づいて来る。ラースは取り急ぎ、この兵から事情を聴取し、替えの馬を用意するように指示した。そしてヘイグイズに向き直る。


「我々の予想通りだ。東部に狼髄院は侵攻した。極東一郡が失陥した──が、それで済んでいる。お前の功績だ。事が済み次第、祭祀を執り行い、お前はマキナギアの御許に仕えることを許される」


 ラースは篭手を外した。仮面を脱ぎ、聖女の相貌を明らかにして、ラスはヘイグイズに報いた。娘は頭殻に刻まれた十字に接吻を施した。

 ヘイグイズは目を閉じたまま、細い鳴き声で応じた。


 再び面相を隠したラス・ザ・ラースは、曳かれてきた馬に飛び乗る。


「正臣、途中で戦車に乗り換える。お前が操縦してくれ」


 おれ達は一路、東部戦線へと急ぐ。




2017年5月15日20時の投稿分です。

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