神性邂逅 011
神性邂逅011
『霜の古戦場』におけるユニークモンスター・氷の双子との戦いは終わった。
──【報酬として、恩典装具が授与されます】
──【所有者を選択してください】
魔導書からシステムメッセージが流れる。ラス・ザ・ラースは鎧を解除し、再びローブ姿の少女となって、おれの元に近づいてきた。
「ラス・ザ・ラースは請求を放棄します。柳生正臣に全ての権限を与えます」
──【受理しました】
──【報酬を生成します】
「本当に良かったのか?」
おれはラスに問う。
「最初からそのつもりで来たじゃないですか」
確かにそうだが、最後までラス・ザ・ラースの火力に頼りきった勝負だった。
「正臣さんのサポートがなかったら、氷結刃に切り刻まれてましたからね。あれは『黒曜鎧槍』を貫通できる魔素の塊でした。今まで、あんな火力の敵は出てこなかったんですが……」
ラスは『霜の古戦場』は星4つに相当する、難度の高いダンジョンであると前置きして、おそらく挑戦者の情報を参照して、生成するユニークモンスターを変えているのだろうと推察した。火力と持久力に秀でるラス・ザ・ラースに対しては、高い頑健を有する敵が用意され、今回はおれという存在がいたために、あの双子が現れた。
「コンビネーションを要求してくる敵だったということか?」
「もし私一人なら、『黒曜鎧槍』の第三形態まで解放する必要があったでしょうね。少なくとも『雷帝』を撃ちだす技は破られていたでしょう」
連携を試された、と認めながらも、ラス・ザ・ラースは自信家の面を隠さない。無論それはハッターをして「最強」と呼ばれるプレイヤーとして相応しい姿なのだが。
どうやら彼女には、まだおれが知らない奥の手が用意されているらしい。
やがて、闘技場の中央に、光の粒子が凝結し、水晶製の宝箱が現れた。おれは再びラスにいいのか、と確認したが、彼女はもちろん、と応じた。
おれはラスの勧めに従い、箱を開ける。箱の中には布に包まれた二つの装具が収められていた。おれはそれらを慎重に取り出すと、封を解く。
「短剣と、指輪?」
その短剣の刀身は波打ち、刃紋には血を想起させる赤い濁りが混じっていた。柄の拵えには茨の意匠が施され、握り手には鋭い針が生えている。ナックルガードというには、いささか大きすぎるそれは、柄を握る者の掌さえ傷つけるだろう。
その短剣は、明らかに双子の兄からの意趣返しだった。
ならば指輪は弟か。こちらはシンプルな鉄製と思しいリングだ。その頂点には可憐な氷の花が一輪、戦士の持ち物としては似つかわしくない繊細さで咲いている。
「え、二つ出たんですか?もしかして人数分出るの?」
後ろから覗きこんだラスが、驚きの声をあげた。
「欲しいか?」
「指輪は可愛いですけど、所有権はもう正臣さんのものになってますね。多分大きさも、正臣さんに合わせて生成されたはず」
おれは自らの左手の中指に、その指輪を装着した。あつらえたように、サイズ感がぴったりだ。指輪の花から霜が張り始め、徐々におれの左手を覆っていく。
「籠手か」
指輪の正体は、氷の籠手だった。不思議なことに、霜の護りはおれの指先の動きを阻害しない。何より手袋を装着すれば、その更に上を覆うように張り直してくれる。
おれの視界の隅に【氷結耐性V】の文字が表示されたのを確認する。汎用性のある耐性が付与された優秀な防具だ。
問題は短剣だ。見た目は禍々しく、敵の最期を思えば呪いの装備だと言われても不思議はない。柄に手をかけようとするおれをラスが制止する。
「一応、鑑定しましょう」
ラスがストレージから巻紙を取り出し裂いた。光の粒子が連なり、短剣を取り巻いて探査する。巻紙には恐らく、鑑定に類する魔法が付与されていたのだろう。
ラスの元に届けられた鑑定の結果は、おれにも共有された。
『血茨の短剣』
遺物級,頑健XXX,技巧補正V.
詠節『茨』付与.
警告──装備者は【出血Ⅰ】を受ける。
「呪いの装備じゃねえか!」
おれは警告の赤字に思わず反応してしまった。
血術師のおれは出血に耐性を持っているために、このデメリットは気にならない。
だが単なる恨み節のためだけに、デメリットを付与してくれるとは。
「強いです。頑健XXXって黒曜鎧槍と同値ですよ。技巧補正の分がありますから、刃が通ります」
まじかよ。あの鎧に突き刺さるのかよ、この短剣。
「アイテムの生成には、やっぱりワンタイム補正があるみたいですね」
つまり、ラスが言いたかったのは「初回はアイテムの出来に補正がかかっている」ということだった。同じダンジョンを何度もクリアーするよりも、新たな場所を開拓したほうが良い結果が得られやすい、ということか。
おれは心を決めて、右手に血茨の短剣を握る。掌に刺痛が走り、温い血が流れ始めた。『出血耐性Ⅰ』があるために、これは所詮エフェクト、見た目と感覚だけのものだ。すぐに血も止まるだろう。
「腐れ縁になりそうだな」
おれは毒づきながら、短剣の刃の造りを確かめていた。なるほど業物と呼ぶに如く無い。
「それで、これからどうする?」
「一旦、サクラメントに帰りましょう。すでに10時間ほどは滞在していますから」
おれは自分の時間感覚が狂っていたことに気付かされた。まだほんの2時間ほどしか経っていないと思い込んでいたのに。
「霧の中を歩くと、ままあることです。特にこの場所では」
ラスはストレージから帰還石を取りだそうとした。だが何やら様子がおかしい。
「やられた!ストレージロックされました」
「なんだそれは?」
おれもラスに従ってストレージを開こうとするが、応じない。ほんの数分前までは機能していたにもかかわらず。
「幾つかの職位にあるんです、他者のストレージを開けなくする技能が。このタイミングで敵襲ということは最初から追跡されていた?」
考え込むラスに向けて、おれは『迷彩Ⅰ』を展開する。
ここはひとまず退避の一手だ。
投げかけた『迷彩Ⅰ』が機能する、その瞬間に、何かがおれとラスの間を走った。
だがラスはそれを見逃しはしなかった。
無詠唱の雷鳴がほとばしり、その何かを焼いた。
男の悲鳴が離れた地点から響いてくる。
だがそれだけではない。
思わぬことに、離れた宙に二つの石が舞っていた。
蒼く光る宝石──それはおれ達の帰還石だ。
「盗られたッ!」
掏りとった相手の手は、ラスの雷鳴が焼いた。宝石はその手から零れたのだろう。時の流れが鈍化し、重力に引かれて宝石が落ちるまでの時間を引き延ばす。
おれは帰還石に向けて駆けだした。闘技場の回廊から、襲撃者と思しい男もまた疾走してくる。相手の方が速い!
ラスの眼が光り、純白の杭が放たれる。襲撃者の通過するであろう進路上に撃ち込まれたアンカーが、敵の到着を遅れさせた。
おれは手を伸ばし、地に落ちる間際の宝石を掌中に収めた──かに思われた次の瞬間、飛来した縄が器用にそれらを絡め取ると、奪い去ってしまったのだ。
おれは縄の先を睨む。
そこには派手な桃色の短髪の男がいた。褐色の半裸には稲妻の刺青が走り、金の鎖がその体を覆っている。
男の右手は黒く炭化してしまっていた。雷鳴に焼かれたのだろう。何らかの薬液を必死でその手に振りかけている。
そして、その背後からおれが知った顔が姿を現した。
「やはり改名したほうがいいぞ、ライトニング」
「五月蠅え!マジもんの稲妻が飛ぶとは誰も思わねえだろう!」
相手もまた、おれに気付いたらしい。
「久しいな、正臣」
おれ達の帰還石を掌中で弄ぶのは、薄緑の皮膚を持つホブゴブリン。
正しき悪の人攫い、ウィツィロポチトリだった。
「悪いがこれも仕事だ。済んだらまた会おう」
二人は踵を返すと一目散に走りだした。速い。おそらくおれよりも遥かに。
おれは追跡をあきらめた。
振り返ると、ラスが呆然としている。
「不味いです。あと45時間しかない。陸路を帰るなら急がないと」
おれはその言葉の意味に気づく。
そして、この襲撃が何を意図したものだったのかにも。
「このままだと、ジヴィエフが復帰します」
少女の渋面に、おれは400km離れたサクラメント聖堂の天頂にある脊柱を思った。
永劫の苦悶に苛まれてきた何者かが、術から逃れる時が迫っている。
2017年5月14日22時の投稿分です。




