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DOPEちゅーとりある04

 おれとシャオは、大猪に追われて渡った小川まで戻って来た。小川の流れはそれなりに激しく、見た目には澱みが無い。澄み切った清流は、一見飲んでも問題無いように思われた。


「この水は飲用に適しているのか?」


 おれは魔導書グリモアに問う。魔導書は明確な答えを返さず、とある【技能スキル】の頁を提示した。


「鑑定か。定番だな。」


 鑑定──RPGでは定番の【技能】だ。真贋、性能の確認。人物の能力値の参照。これを持つか持たないかで、プレイの確度が大きく左右されることも多い。

 しかも面倒なことに鑑定スキルには派生がごまんとあり、自然の湧水を鑑定しようとすると『鑑定Ⅱ≪自然≫』が要求されるらしい。


「そもそも、どうやってスキルを習得すればいい。というか、あのインストラクション役の猫……ダルタニャンだったか。あいつは職業の説明すらしてくれなかったぞ。」


 おれが魔導書と問答している間に、シャオは川で汚れた手足をすすぎ終わっていた。しかも、川の水を口に含んで味を確かめ始めている。大胆な奴だ。衛生管理されていない水の恐ろしさは学校で習っただろうが。


「問題ないように思うけど──むしろミネラル分が豊富で良水と呼んで差し支えない。煮沸しゃふつ無しで飲み過ぎるのは避けたいがね。」


 実のところ、おれも喉の渇きが限界に達しつつあった。【渇水】の数値の表示は30/100だが、かなり強い渇きを覚えている。おれはシャオに倣って小川の水を飲み渇きを癒すことにした。

 確かに美味い。日本の名水──現代ではそんな言葉も死語になりつつあったが、そう言われても疑いが無い味だ。


「サバイバルか──シャオ、確認だがこのゲームのジャンルはなんだ?ファンタジーMMORPGでいいんだよな?亜人がいて、スキルがあって──」


 シャオは破けたアオザイの裾を引きちぎり、短く詰める作業をしていた。おれの質問に彼女は意外な答えを返す。


「わからない。DOPE onlineにはジャンルという概念が当てはまるのかすら謎だ。」


 要領を得ない答えに対して、おれが続きを促すと、シャオはところどころ考え込みながら話し出した。


 曰く──DOPE onlineは現在も開発中のタイトルであり、開発元はロシアのソフトウェア会社なんだという。そして日本における販売を担当しているのが、シャオの親族が経営する商社らしい。


「DOPEは三か月前の発売以来、ロシア連邦から東欧を中心に爆発的な売り上げを記録している。実際VRゲームのチャート1位を独占中だ。日本でサービスインしたのも、サハリンに新しいデータセンターを増設したためだ。」


 おれ達は日本からログインした最初のプレイヤーだったのだ。彼女が親族から試供品を供与プレゼントされて、おれを誘ったという経緯だった。


「気になるのは、DOPEは人間が開発したゲームではないという噂がある。開発元にはハードウェア開発のためのナノテクノロジー系のバイオ工学博士ばかりが集められていて、著名なゲームデザイナーが一人も在籍していないんだ。」


 これほどに没入感に満ちた──美しい世界。


AI(人工知能)が開発したってことか?」


 開発中だ──と、シャオは訂正した。要するにDOPEは無限に広がる可能性を持っていて、今も何者かによって世界は拡張し続けている。


「どういう学習をしたのかはわからない。ログインゲートにいた猫も異常に柔軟性が高かったし、この魔導書グリモアも──ちょっと謎ね。」


 冷めた視線を魔導書に向けて走らせていたシャオは、我に返ったように顔を上げて微笑んだ。


「仕事のついでみたいになって悪かったね。ゲームを再開しよう。」


 おれ達は食料を求めて立ち上がった。



 §



 二時間後、おれは芋を茹でていた。おれが見つけていた野営地の跡らしき場所には、火打石と火種になりそうな木くずが大量に残されていた。


「芋かー、芋──肉が食べたいわね。」


 シャオは文句を言いながら、茹であがった大粒のサトイモのようなものを頬張っていた。この芋を採ってきたのはシャオだから、文句を言う権利くらいはあるだろう。


「よく芋畑なんか残ってたな。」


 そうそう、とシャオは興奮気味に語り出した。手分けして探索した結果、シャオは森の中に残された廃屋と芋畑を発見したのだ。以前には誰かが居住していたであろう場所に、おれ達は間借りしている。


「スタート地点が近いからかな。一応詰まないようには配慮されてるのか?」


 おれは廃屋の壁に貼り付けた魔導書の地図を睨む。この森林は予想以上に広大だった。東に抜けるのは容易いが、そこには亜人が支配する村がある。北はシャオが行った範囲では森を抜けることができていない。


 西と南──この廃屋は西側に位置する。残されたのは南だ。


「夜の探索は避けるのでいいよな、明日は南を調べよう。」


 シャオはサトイモを口いっぱいにして、頷いている。そのときだった。シャオの魔導書が自動的に開き、【技能】の獲得を通知したのだ。


 ──【『耐性Ⅰ≪細菌≫』、『栄養摂取Ⅰ』を獲得しました。】


 一気に二つ。おれは獲得できていない。この獲得の仕方はつまり、芋を食ったことによってスキルの修得条件を満たしたということだろうか。


「シャオ……おなか痛かったりしないか?」


『耐性Ⅰ≪細菌≫』、ということは芋か、手か、何にしろ有害な細菌が付着していたということだろう。しかし彼女は何も異変は無いという。


「あれじゃない?予防接種みたいなもんで、ちょびーっとずつ免疫を得ればいいんじゃないかな。」


 しかし、これは非常に有益な情報だ。もっと早くに知りたかった。そう考えていると、魔導書に【技能習得条件一覧】の頁が追加されているではないか。おれは驚きとともに内容を参照する。


「なに?正臣にはそんなモノが追加されたの?」


 おれは手を止めてシャオの魔導書を確認するが【技能習得条件一覧】は現れていない。ふと思いつく。


「『スキルを得るには経験を積む必要がある』。」


 おれは口頭でシャオに伝えた。すると、シャオの魔導書にも【技能習得条件一覧】が追加されたではないか。得心がいったようにシャオが頷く。


「魔導書のアンロックには『自身で気づかなければならない』ってことね。結構正確に内容を把握しないとダメなのか。」


 おれは『栄養摂取Ⅰ』の修得条件を確認する。


『栄養摂取Ⅰ』──一つの食品を60回以上噛みしめながら食事する。


 よく噛んで食べろ、ということだろうか。結構厳しくないか?意図していなければ、満たせないような気がするぞ。日ごろから習慣づいている人間なら、自然と修得できるラインなのだろうか。

 他の技能の習得条件を確認しようとしたが、ほとんど灰色で塗り潰されたてスキル名すら確認できない状態だ。地図と同じか。

 そんななか、一つの【技能】が白く点灯していた──クラッシュである。


「猪の使ったスキルね。」


 シャオも解放されているところを見ると、直接目にすればいいのか?【技能】の存在を知っているだけでいいなら、『鑑定Ⅱ≪自然≫』も解禁されていいはずだ。


『クラッシュ』──全力で5回衝突する。


「簡単──なのか?」


 衝突する対象は指定されていない。もしこれが『岩石に』とか言われていたら、修得を躊躇っただろう。そんな想像をしていると『クラッシュ』の下に新たな文字が現れた。


『ロックブレイク』──自身より巨大な岩石に全力で1回衝突する。


 連想することによって、新たな技能が解禁されていく。まるでレトロゲームの「閃き」システムのようだな。


 やがて夕日が落ち、夜が訪れた。

 おれ達は交代で睡眠をとり、廃屋の中で一夜を過ごしたのだった。

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