神性邂逅 010
神性邂逅010
『霜の古戦場・闘技場』、おれ達はその入り口に辿り着いた。
それまでは迷路然として並ぶ自然石の壁が続いていたが、ここでは突如として研磨されたであろう滑らかな石壁が立ちふさがる。先に戦った巨人の体躯にふさわしい巨大な造りは、この場所こそ古戦場の中心であると主張していた。
「ここが闘技場です。正臣さんのおかげで道中スキップできましたからね。ここからは私の出番です」
言いながらラスは迷彩を解いて、堂々と正面の門を抜けていく。門を遮っていたであろう鉄柵は風化し、その用を為さずに開かれたままだ。
屋根のある廊下の先は、再び屋外へと通じていた。その先に待っていたのは円形闘技場、そして無数の氷結晶。対面にも、こちらと同じように廊下が続いている。
「んん、なんか普段と様子が違うような?」
ラスは対面の様子を察して、警戒の度合いを強めたか。ストレージから『黒曜鎧槍』を排出すると己の全身に纏わせた。飛翔する重装鎧が、少女の全身に取りつき、その肉体を拡張していく。単眼の仮面が少女の相貌を覆い隠し、赤い光がその目に灯ると、明らかに別人と思しい機械音が響いた。
「正臣、気を付けろ。どうやらパーティの人数に合わせてタッグマッチをやらされるらしい」
黒曜の騎士は、駆動音を唸らせて敵を威嚇する。これまでラースが戦ってきた際には、相手は一体だった。だが今日はおれと二人組、敵も同数を用意するスケーリングが適用されるらしかった。
「おれは様子を見る」
「それでいい、我に合わせて仕掛けろ」
『迷彩Ⅰ』を発動し、おれは己の姿を消す。敵の動きを見極め、後ろから刺すのがおれの役目だ。何しろこちらには信頼に足る前衛がいる。
廊下の陰を脱し、闘技場へと姿を現したのは意外にも小さな敵だった。
二人一組の相手は、左右対称の双子を思わせた。ハーフリングであるおれよりも大きい背丈であるものの、ラス・ザ・ラースからすれば腰ほどまでしかない。
だが、異様なのはその容姿だ。
「花か?」
彼らの半身は人、そして残りの半分には氷の花が無数に咲き誇っている。腕には氷の蔓が巻きつき、肩から背にかけて氷樹の枝が蜘蛛の足めいて生えそろう。
彼らの一人の手には両刃の長剣、もう一人の手には逆三角の手盾が備えられていた。
その相貌は非人間的なつるりとしたもので、かろうじて目と鼻が配置されていることが見て取れる。口に当たる箇所から頭頂部まで氷の半面に覆われており、表情と呼べるものが読み取れない。
ラースは彼らの異装を確認はしたものの意に介さず、双手を掲げると、その掌に稲妻を帯びさせる。黒曜の鎧は徐々に帯電し、闘技場全体を眩しい輝きが覆い始めた。
この間、ラースは一切の生命力を消費していない。ラス・ザ・ラースの腕に刻まれた、卓越した雷術師である証『雷鳴聖痕』から、雷鳴の詠節が無限に発生するためである。
「小さい相手というのは、往々にして頑健が低いからな。時間が短く済んで助かる」
破裂音が至る所から発生する。
ラースの鎧に留まり切らない電気が宙空に放電されていく。
決壊の時が近いことをおれは悟り、巻き添えを食わぬように距離を取る。DOPEは味方であろうと容赦なく攻撃が命中するFFF設定だ。
「雷鳴飛散」
重い語調の詠唱とともに、ラースの全身が激しく明滅した。微かに漏出された生命力は、自己治癒力によって補われる。そして従節の一詠節という少ないコストからは想像できぬ強烈な一撃が繰りだされた。
彼の身体に帯びた電気が一斉に放出され、闘技場の床を這い、宙を焼いた。稲妻が辺り一帯を跳ねまわり、霜柱が波を受けた端から破砕されていく。
おれは想像を絶する円周攻撃に慌てて退避する。味方ごと焼くつもりか、と言いたいところだが、おそらく今のラースの頭の中からはおれの存在はすっぱり抜け落ちているのだろう。
それよりも敵はどうなったか。
おれは後ろに飛びずさりながら、双子の氷戦士を視界に捉えていた。
彼らはすでに地面にはいない。
その半身から伸びた氷の蔓が、彼らを稲妻の範囲外へと運び去っていたからだ。
「そう来るか!」
ラースは頭上に顔を向けると、その視界に捉えた相手に向けて漆黒の杭を乱射する。単眼が凄まじい勢いで明滅する度に、彼の仮面を通じてアンカーが放たれる。
空中で敵は互いを氷の蔓で縛り、前面を盾で庇いながら降下している。アンカーが続けざまに着弾するが、その防御は堅牢らしく破れぬままだ。
おれは機を見て走り寄る。ストレージから取り出したのは鉄菱だ。果たしてあの敵にどれほど効果があるかはわからないが、着地点に向けて刺々しい礫を放り込み、再び離脱する。敵がおれの位置を把握できている様子は無い。迷彩によっておれの姿は隠蔽されている。
「いいぞ正臣、着地の姿勢を取らせなどするものか」
ラースは狂笑を響かせながら、アンカーを乱射する。サーチの効果を付与されたそれらは、盾の戦士へと殺到し、宙空から地上に向けて釘付けにする。衝撃が連打され、そのたびに盾に新たな杭が生えていく。
このまま行けば足元を崩せるかと見えたが、そうはいかなかった。盾の背後に隠れていた剣士が、直下に向けて再び蔓を生やし鉄菱を凍結させたのだ。彼は盾士との結合を解くと、鋭く降下し地面を剣で切り払った。
双子は無事に着地し、再び状況は振りだしに戻った。
彼らは盾を前に、剣を後衛として、その半身から氷の枝を伸ばし始めた。ラースから絶えず放たれる杭と枝が衝突し、破砕した塵が細氷となって煌き舞う。
闘技場を探査するように伸びていく氷樹はラースのアンカーを防ぎ、不可視の存在であるおれを求めている。
「兄者」
「承服」
金属音がかろうじて声を為し、彼らは何らかの意思疎通を計ったらしい。双子は剣士が兄、前衛の盾が弟らしかった。
「仕掛けさせはせぬ」
単眼からアンカーを撃ち続けながら、ラースは再び鎧に帯電し始めた。ライトニングスプラッシュの第二波を予感し、おれは距離を取ろうとする。
そのとき、掲げられたラスの指が動いた。チッチッと振られる指先の動きは、おれに何らかの意図を伝えようとしている。
おれ達は互いの位置をマーカーで確認しあっている。
ラースはおれの存在を考慮した一撃を放とうとしているのだ。つまり、第二波は無差別な周囲攻撃ではない。おれは逃げる一手を捨てた。ラースは合わせろと要求している。
おれとラース、氷の双子──どちらが先に有効打を取るか、突破口を互いが求めていた。
「雷鳴──」
「氷結──」
ラースと氷の弟、互いの詠唱が重なり合う刹那、おれは見た。剣士が盾の陰を脱し、氷樹の枝を滑るようにラースへと向かっていく姿を。
それは尋常の移動ではなかった。一種の特殊な技能、身体の一部を操作して、枝から枝へと半身を移す業のように見えた。
コロッセオを取り巻く氷の枝は、すでにラースの背後に届いている。黒騎士の死角から、剣を握った白い腕が生えた。弟の詠唱を引き継いで、兄が第二節を紡ぐ。
「刃」
放たれた詠唱は、鋭利な鏡面の刃を形成する。
双子によって輪唱されたことで詠節は強化され、可視化されるほどの冷気を纏った氷剣が顕現した。刃渡りは伸び続け、やがてラースを両断するに相応しい長さへと成長する。
魔装に分類されるそれらは注がれた生命力に比例して強大化し、維持する間もコストを要求するチャネリングスキルだ。
その剣が勝負を決するべく生成された一撃であることは、刃の巨大さからも見てとれた。
だが戦の潮流を握ろうと放った一撃であるのは互いに同じこと。
ラースはさらに強大な三詠節の魔法を放っていた。そして、それは奇しくも敵と同じ魔装を顕現させる詠節だった。
「天鎚!」
巨大な雷の鎚が、ラースの腕の延長線上に現れる。盾を構える弟の頭上、その身体を塗り潰すように顕現した雷鳴天鎚が、無慈悲に振り下ろされた。
ラースは気づいていない。
すでに背後から、振り抜かれた氷の刃があったことに。
そしてその剣閃が朱く濁っていたことに。
「出血共有」
おれは剣士の背後から忍び寄り、氷の大剣と化した腕に、自らの掌を沿わせていた。冷気が這いより、おれの肉体から急速に温度が失われていく。だが、その程度の代償は払う。
敵は勝負を賭けた。おれは前掛かりになったその隙を見逃しはしない。
おれの掌には、自らによって付けられた傷がざっくりと開いていた。そこからは夥しい量の血が零れている。それらの出血は問題にならない。不朽の心臓によって生み出される新たな血が、絶えずおれの身体に巡らされていくからだ。
おれと氷兄の間に共有された出血状態が、形成された刀身からぼたぼたと温い血を零していく。それは氷剣の純度を著しく貶めた。
袈裟切りに振り抜かれた剣は、本来想定された硬度を欠き、黒曜の鎧に阻まれて砕け散る。
それでも剣士は渾身の一撃を振り抜き、残心まで決めたが、それが限界だったらしい。半身は朱く濁り、その身を苦痛によじらせた。
おれの自己治癒力の半分、VIII相当の出血を叩き込んでやったのだ。水を根源とする身には毒を盛られたような苦しみだろう。
「兄!」
弟は盾を頭上に構え、背から生えた氷の枝までもを支えに用いて、降り注ぐ雷鎚を防いでいる。
ラースは不完全な一撃を受けて背後の存在に気付いたが、振り向くことなく術の行使に集中した。三詠節の魔法はラースの身体から生命力を漏出させ、今も尚それは続いている。
ラースが力を込め、更なる生命力を注ぐと雷鎚の勢いが増していく。ぎりぎりと拮抗の線を押し込み、やがてそれは決壊した。振り下ろされた鎚が視界を焼く光を放ちながら、その直下にいた弟を塗り潰す。
ばちん、と弾ける音とともに、氷の戦士は染みに変わった。
「なんというか、弱いな。我と正臣のレベルの平均値でも参照して生成されたか?」
ラースは片割れを仕留め、剣士に向けて向き直る。
「油断するなよ。さっき一撃食らいかけただろう」
「合わせがあると信頼していたからな」
嗜めた言葉に、黒曜の騎士は軽口で応じる。おれは己の言葉に従って、油断なく再び『迷彩Ⅰ』を発動させ、気配を殺した。
半身を血に汚された剣士は、その頬に涙を流していた。
「泣く?モンスターが?初めて見たな」
ラースは既に単眼からアンカーを放ち、残された兄を仕留めにかかっている。
だが超高速で飛来するそれらを、剣士は卓越した技巧で尽く切り落とした。
「んん、こいつの方が強いか?」
いつの間にか、剣士の全身を氷の茨が覆っていた。刺々しい蔓が、それまで人の身であった部位までも包み隠している。
それは異常な速度だった。ラースは完全に虚を突かれていた。放たれた蔓が騎士鎧の隙間に突き刺さっていた。
「ぐっ」
初めてラースから痛みに耐える声音が聞こえた。無論、彼のHPは20万を越える。その総量を破るには尋常ではない攻撃力、あるいはその身を守る鎧の頑健を迂回する手段が必要だろう。
先ほどの氷結刃は、頑健による軽減を越える一撃だったはずだが、残された兄一人に、それ以上の攻撃が可能とは思えない。
だが、状況は先ほどまでよりも悪化していた。
今も尚、ラースが放つアンカーは撃墜され続けている。氷の触手めいた茨の侵食を、黒騎士は防げていない。
「大丈夫か!」
おれは離れた位置からラースに声をかける。おれの声の位置を追って、茨が迫る。
「ライトニングで焼いているが間に合わない。凄まじい冷気だ」
このまま膠着状態が続けば、じわじわとラス・ザ・ラースの体力は削られていくだろう。すでに彼の足下は凍結し、その位置から動くことを阻害されている。ひたすらにアンカーを撃ち続け、敵の位置を固定するのが限界だ。
「弟やられてお怒りか?ああ?」
すでに敵の姿に以前の面影はない。腕そのものが大剣と化し、全身から茨の触手を八方に蔓延らせて、眼前に向かうもの全てを迎撃する構えだ。
ラースは全身を発光させ、茨の侵食を防いでいた。おれもまた茨に追われながら疾走する。そしてダガーナイフを抜き出すと、異形の敵に向けて突撃した。
「行くぞ、ラース。おれに合わせろ!」
「お前が指図するか!」
背後からラースの援護射撃が撃ちだされる。彼は自身の護りを捨て、雷鳴を前方に放っておれの道を切り開く。
「おれの役目は後ろから刺すことだ。そうだろう」
その声は確かにラースに届いたはずだ。互いの間に、瞬時に等しい絵図が閃いたという直感が働いた。非言語のコミュニケーションが成立した時に特有の快感が、確かにあった。
疾走する。敵との距離が詰まり、剣閃の間合いにおれは踏み込んだ。下段に振り下ろされた大剣を、紙一重に躱す。その交錯にラースのアンカーが命中した。黒杭が敵の顔面を抉る。
おれは足元を転がると、鋭く短剣を振って追いすがる茨を払う。
剣士は杭を打ち込まれながら、揺れる頭部を立て直す。視線だけがおれを追い、意識の狭間とも言うべき細い死角を生んだ。それは反射的なものだ。高速で飛来する物体を払い落とし続けた後に、足元に走り込んできたおれに視線を走らせたのは自然なことだ。
だがそれは致命の失陥、茨と剣の生んだ鉄壁に刻む決壊の裂け目。霜の戦場に咲いた仇花は、全てを凍結させ、万物の動きを鈍らせるはずだった。
二つの心臓を持ち、激しく血液を循環させるおれでなければ!
そしてそれがやってきた。
「神性特性・起動」
「理力衝」
「雷帝励起」
おれは背後に回り込むと、短剣を敵の足甲に突き立てる。
「逃げるなよ」
おれを追う剣士の視線に向けて笑みを返し、そのまま素早く離脱する。
「この一撃は外さぬ」
重く凍り付いた足は動かない。ならば押す。
理力術の中でも最も単純な詠節。物体を押すだけのプッシュの詠節を、フォースで強化し、それをさらにマキナギアの特性によって倍化する。
対象はラース自身の肉体。己を弾丸として撃ちだす、生身ならば五体が弾けるであろう一手。『黒曜鎧槍』に身を包んだ騎士のみに許された突撃。
更にラースは己の上位職位『雷帝』の技能を起動した。
それは彼の身体を覆う、雷の球状障壁だった。
障壁に沿って大地を抉り、ラースの巨躯が重力の軛を外れ宙に浮く。
雷帝の砲弾が放たれる。触れていた地面を抉りながら稲妻そのものと言ってよい速度に加速し、直線状の全てを磨り潰した。
おれはラースの放った一撃の結果を確認した。それは一撃で全てを決した。
跡形も無く剣士は磨り潰されていた。闘技場には新たな回廊が開いた。数十メートル先に、黒曜の騎士の背中があった。
──【霜の古戦場・ユニークモンスターの討伐を確認しました】
──【これより報酬清算を行います】
魔導書のシステムメッセージが流れる。
おれは右腕を高く掲げ、サムズアップする。確認するまでも無い。
奴もまた、同じく勝利を掲げている。
2017年5月14日20時の投稿分です




