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神性邂逅 001

 神性邂逅001



 DOPE online、それは21XX年にサービス開始された最新のVR MMO RPGだ。

 服薬式ナノマシンを端末として、プレイヤーの脳に直接情報を送る方式によって、DOPEは極めて精緻かつ、柔軟な世界観の実現に至っていた。

 だが、真にDOPEが既存のゲームとは違う革新的な点。

 それこそがインフォモーフAI、略称imAIを搭載している点である。


 imAIの基礎となった精神転送技術の歴史は古い。クラシックなSF小説に発想の端を発して、22世紀の初頭にはその雛形が現れ始めていた。

 しかしそれらによって象られた人格は、比較再調整キャリブレーションを実行する毎に本来の人格から乖離するという問題を克服できずにいた。


 imAIが画期的であった点は、プレイヤー自身をAIにとっての標準器として用いることで、この問題をクリアーしたことである。

 それは精神の複製ではなく、拡張に例えられる。一人の人物が分裂するのではない。一人の人物が時間と空間を超越して、二重に存在する状態というべきか。


 人格模倣を基盤とした人工知能開発に関する条約──通称ロジャー条約──においても、この問題は言及されている。

 かいつまんで言えば、精神転送技術の延命目的への利用は、国際的に禁止されている。


 その点からも、シャオはDOPEに目を付けたのだろう。

 精神転送技術を開発する正規の研究施設であれば、彼女の現在の状態は条約に抵触すると判断される可能性が高かったであろうから。


 現在のロシア連邦の一部には、重要な国際条約を批准していない地域がいくつか存在する。

 DOPEが開発されたのもそういった自治特区においてのことだ。

 最新鋭の生物工学の粋を集めながら、無法地帯としてワイアードに浮遊する存在。

 新帝国主義ネオインペリアリズムが産み落とした徒花あだばな

 それもまた、DOPE onlineの一面に違いなかった。



 §



 青い海、白い雲、頬を撫ぜる潮風は温い。

 洋上に停泊する大型クルーザー。その甲板上のデッキチェアに寝そべって、仰向けに空を眺めている。


 おれ、柳生正臣は精緻に再現されたVRを味わっていた。

 あまりにも過剰な現実感(オーバーリアリティ)は、この世界が仮想に過ぎないという理性からの呼びかけを圧倒する。


 大型クルーザーの甲板は、滑らかなパイン木地が敷かれ、さながら高級リゾート地という雰囲気を漂わせる。

 甲板上には円形のプールが用意され、周囲には白いビーチチェアとサイドテーブル、パラソルなどが配置されていた。

 そのどれもが富豪であるM・M・ハッターの持ち物に相応しい上品さであり、簡素ながら品質の良さを感じさせる。


「実際、現実よりもカネの使い道があるとは思わんかね?」


 くすんだ金髪は風に弄ばれ、軽く舞っていた。金縁の丸眼鏡を片手で差し上げながら、もう片方の手は、傍に控える少女の腰を撫でている。

 商業孤島アルクヘイムの経済を牛耳っていたプレイヤー集団、「茶会派」の首魁だった男──この得体の知れない狐目の男──彼こそが、M・M・ハッターである。


 腰に手を回された少女は、普段なら扇情的な丈の短いフレンチメイドの衣装をまとっている。

 だが、このときはそれよりも更に過激な、黒のマイクロビキニを身に着けていた。

 黒髪のツインテール、人工物の如く完璧に整った容姿、まるで二次元のアニメから抜け出したフィギュアのようなくびれ。

 エマという名の少女は、己の主人であるハッターの隣で、銀串に刺さった果実を一つ一つ取り分けていた。


 無表情なエマの所作には無駄がない。

 抜き出した果実をハッターの口もとへと、彼が望んだタイミングを察して運んでいく。


 おれはその光景を半ば呆れながら眺めていた。

 だが今のおれにとってハッターの悪趣味などさしたる問題ではない。

 彼は莫大なLCを保有しており、おれにはそれが必要だ。


「資金提供については、この条件でいい。合意する」


 おれはハッターの提示した契約書の内容を重ねて確認した。

 第六階梯までのレベル上限、700レベルに至るまでに必要とされるLCは約6億。

 ハッターの総資産からすれば、はした金だが、おれがその額を稼ぎ出すには相当の時間が要求されるだろう。


 おれはハッターからDOPE攻略に必要な経費について、無制限の資金提供を受ける。

 その見返りとして、彼に対してレベル705に到達した際に受け取る恩典を譲渡ないし、それに準じた決定権を与えることになった。

 ただし、そこには一つの条件が含まれている。


「シャオの現実世界への帰還、これは必ず含む」


 おれの念押しに対して、ハッターは頷く。


 レベル700──第六階梯の領域──にはDOPEの各種コンテンツを攻略した証とも言うべき「称号」の蒐集が待っている。

 一つの称号につき、一つのレベル上限解放。

 そしてレベル705に達したとき、プレイヤーに対して与えられる恩典。

 それは「自らコンテンツを創造し、その管理者となる権利」だった。


「正臣君の提案した『端末へのダウンロード』という案を、コンテンツ化するのは私の役目になりそうだねえ」


 胡散臭い男だ。だが、今のおれにはこの男を利用することが最短の道だった。


 現実世界で死亡したシャオは、現在imAIをDOPEのサーバー内に存在させるに過ぎない。

 彼女のオリジナルであった脳は、すでに正常な反応を示さない。

 今は陸家の管理する保管室で、肉体とともに劣化を防いでいる状態だ。


「問題は時間かね?オリジナルが消失した彼女の人格は、果たしていつまで彼女のままなのか」


 ハッターはおれの目を見て言う。

 imAIは、現実世界に存在するプレイヤーと同期して、定期的な人格の調整を行っている。これによって従来であれば硬直化し崩壊するAIの人格を形成することに成功しているのだ。


 現在のシャオは、極めて危険な状況にあると言わざるを得ない。

 無為に時間を経過させれば、彼女の人格は崩壊するか、あるいはシャオではない何かになってしまう。

 だが、今はひとまずその心配は無い。ダルタニャンはシャオを管理AIとして扱う特別なアカウントに移した。imAIを多重化し、相互に参照しあうことで保全する方式だという。だがそれはDOPEのブラックボックスに彼女を預けている状態に他ならない。


「解決方法を考えてくれ」


 おれは頭を下げる。

 本来なら、こんな姿を晒すおれを見て、シャオは一喝しただろう。

 だが船上に彼女の姿はない。

 

 屈辱は全て、自分自身の無力に向けられていた。

以降は、毎日20時と22時の2回更新です。

DOPEをよろしくお願いします。

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