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幕間劇「ダルタニャンの苦悩」

 ──バイタルサイン、ロスト。


 魔導書グリモアのシステムメッセージと等しい音声が、そのプレイヤーの死を告げる。

 それはDOPEの中での死亡、ゲヘナへの道行きではない。

 現実世界におけるプレイヤーの肉体、その活動が停止されたことを告げるメッセージだ。


「ほい、廃棄デリートにゃん」


 漆黒のステージ上には、巨大な電算ターミナルが備えられている。

 その入力端末に向かっているのは、一匹の黒猫。

 DOPE onlineのゲーム世界を管理する管理AIの一体──ダルタニャンである。


 今、彼が行っているのはプレイヤーデータの削除作業だ。

 DOPEはプレイヤーが体内に取り込んだナノマシンを媒介して、ゲームサーバーとの通信を行っている。

 しかしながら、それには当然、ナノマシンを活動させる動力が必要である。


 また通常のMMO RPGにおいても、その運営には多額のサーバーメンテナンスコストが要求される。

 VRの流行に伴って、マシンに要求される処理能力は高まり続けているために、こういった費用を負担できる運営会社は非常に限られた存在となっているのだ。

 DOPEにおいても、そういった事情は同じである。ただしロシア連邦政府から多額の補助金が投入されているために、多少は台所事情が良い。


 とはいえ、それにも限界がある。

 それを解決したのが、この最新の侵襲型ナノマシンと、インフォモーフAI──略称imAIであった。


 imAIはプレイヤーにとっては、時間拘束から解放され、自由にプレイを楽しむことができるシステムとして歓迎されている。

 一方で運営会社側にとっても、この複雑なシステムを運用するメリットは複数存在する。

 むしろこれはDOPE onlineにとって、無くてはならないシステムなのだ。


 imAIはプレイヤーの健康状態の管理を優先順位の第一位として位置付けて行動する。

 そのため睡眠時間を原則として八時間確保するのだが、これには安全面以外にも、二つの理由があった。

 一つは睡眠時の代謝作用を利用したナノマシンの動力源となる発電量の増加。

 もう一つはレム睡眠時に脳の演算能力をサーバーの分散処理に利用するためである。


 この技術によってDOPEはサーバーにかかるコストを劇的に削減することに成功している。

 広大なフィールド、膨大なオブジェクト、複雑なAIを持ったNPC、30万人というプレイヤーの同期処理──最新のバイオ工学技術の結晶によって、DOPEの基底は形作られている。

 それは逆にいえば現実の肉体を持たないプレイヤーの増加はDOPE世界の存在を脅かすということだ。


 ダルタニャンが管理AIとして管轄するのは、プレイヤー情報に関わる分野である。

 ログイン処理、imAIの発行、ログアウト時間に伴うゲーム内AIに対する活動ペナルティの付加──彼の職権が、それらに限られるならば、雑事のようにも思われる。


 入国管理局の如き職権を司るダルタニャンにとって最大の権限──それが、プレイヤーに対するBAN処理だ。

 プレイヤーの意識に対する常時のモニタリングによって、RMTや不正行為の類は実質的に不可能なのだが、ナノマシンを介さない不正なログインなどのイレギュラーな事案は絶えず現れる。

 ダルタニャンが高度な柔軟性と強い権限を与えられているのは、これらの事案に即応するためであった。


 そんな彼が日常業務として処理するBAN、それがこの廃棄処理である。

 現実の肉体からのバイタルサインが喪失されたプレイヤーに対しては、24時間の猶予後、imAIの削除が行われる。


 そんな廃棄処理を行っている中、ダルタニャンは普段と違う光景を目にした。


「バイタル消失──にもかかわらず、通信状態は維持されている……にゃん?」


 本来なら、心拍の喪失=発電量の低下であり、同時にナノマシンとの交信は途絶する。

 しかし、そのプレイヤーに関してはナノマシンからバイタルの消失が告げられているにも関わらず、発電量も脳の処理機能も維持されたままだった。

 むしろ一般的なプレイヤーに対して、3倍近い処理量を誇る優良な個体である。


「どれどれ、プレイヤー情報照会にゃん。あー、このお姉さんか」


 にゃん、と付け加えてダルタニャンは顔を覆う。

 それは彼にとって初めてのケースだったからだ。


 チュートリアル・リバーシにおいて相対した彼女。

 ダルタニャンは、シャオ・ルゥの身体的秘密を暴いていた。

 黒猫の振るったレイピアの切っ先が、彼女の肌を傷つけた際に覗いた、人工筋肉のチューブ束。

 プレイヤーのセルフイメージを反映した素体には、現実のシャオの身体の状況がありのままに映し取られていたのだ。


「バイタルは消失しているにゃんけど、プレイヤーとしての資格は喪失していないにゃん」


 頭を抱えながら、黒猫は悩む。

 彼にはプレイヤーに対する廃棄処理の権限が与えられる際に、強力な倫理フローが導入されている。


「実際には死んでるけど、シャオはDOPE内では生きてるにゃん。でもそれでは死んだ人間が生きてることになってしまうにゃん?」


 ダルタニャンの当惑を、開発者が見れば目を細めて喜んだだろう。

 AIという存在が、このように複雑な「苦悩」を獲得するまでに至ったことを。


 ばちん、と電気ショックのような音が、彼の頭部から鳴ると、黒猫の目は金色に光り出した。


「処理原則第一条第一項──プレイヤーの利益を優先すべし」


 光は即座に失われ、ダルタニャンは夢から覚めたようにふらふらと立ち上がる。

 その目には、未だに苦悩の色があった。


「でもこんな例外が増加していったら、DOPEの世界は──いや、現実の世界への影響はどうにゃってしまうにゃん?」


 原則は人を優先する。

 だがAIとしての彼は世界を愛していた。


 そして、ダルタニャンは一歩を踏み出した。

 彼は管理AIとしての処理原則に縛られながらも、自己の意思によって職権を歪めようとした──即ち定められた「処理」よりも優先される「欲望」の獲得だった。


 ダルタニャンは端末に向かい合い、欠番となっているダミーデータ群の中から、一つを呼びだした。

 そしてそのアバター情報を編集し、架空の──現実には存在しない、彼がDOPE世界に立ち入るためのプレイヤーをでっち上げた。


「会いに行ってみるにゃん」


 彼はDOPEの管理AIとして、DOPE世界を見下ろす視座に立つ存在として──その基底を揺るがせにする存在を、ただ見逃すという決断を下しはしなかった。


「そして、必要ならば──シャオ・ルゥを拘束する」


 にゃん、と黒猫の一鳴きが虚空に震える。

 彼が顕現させたアバターは光の粒子となってDOPEしたのだった。


本年もDOPEをよろしくお願いいたします。

三章は投稿までは、まだしばらくかかりそうです。

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