【外伝】ウィツィロ立志伝
おれはウィツィロ──真なる名前はウィツィロポチトリ、アステカの神の名を騙る正しき悪だ。
人攫いであるおれにとって、アルクヘイムは少しばかり清潔すぎる街だった。一方で商人であるおれにとっては、すでに権益が固まった後のつまらない街だ。要するに、おれはこの海を臨む商業都市が気に入らなかった。馴染みのカフェを除いては。
カダベル・ルーデレと名乗った錬金術師は、おれの目には酷く危うく映った。アルクヘイムの経済を握る茶会派に対して、震えるほどの恐怖を抱きながら、なお敵対しようというのだから。中立中庸の人物にありがちな、未統合な意思をそのままに行動する──狂気よりもなおたちが悪い人間だ。
正臣とシャオはいい人物だ。彼らが、その友人であるゲンジのために行動するのは見ていて気持ちがいいものだ。もっとも、そのゲンジが狙われた理由は彼らの友人であったためなのだが。
シャオの狂気は人を魅了する。彼女は己の傲慢を、他者に共同幻想のように納得させてしまう。狂気というのは概して伝染するものだが、魅力的な狂気とは実に恐ろしい。それが美しい女性であれば尚更に恐ろしい。
だが、本当に恐ろしいのは正臣だ。おれはYAGYUという響きを知っている。有名なサムライの一門の名だ。それで正臣に聞いてみたら、確かにその柳生の氏族だというのだから驚きだ。世界は随分と狭くなったものだな、おれはこれだけでもDOPEをプレイして良かったと思ったよ。
おれは、茶会派との取引には関わらないことにした。実際おれが関係する余地なんてないだろうし、下手に手を出しても助けにならず邪魔になるばかりだろう。ただ、ギブアンドテイクの関係を根底においているとはいっても、友人のために何もできないのは寂しいものだ。
だからおれは、おれなりの手出しをすることにしたのさ。
まずシャオと正臣からLCを借りた。利息は10日で5割、担保はおれの愛するマンソンだ。命がけで勝負する、なんて言葉はDOPEじゃ薄っぺらになりがちだ。そうしたらシャオが言うのだ。
「日本には女房を質に入れろ、という諺がある」
正臣は何とも言えない顔つきをしていたが、おれはシャオの言葉を、自分よりも大切なものを賭けろ、という意味だと解釈した。シャオは本当に酷い女だ。利息を入れられなければ、マンソンは正臣がボタンにしておれに食わせるというのだ。
ボタンとは何だ?なぜそんな野蛮な真似をするのだ、と問い詰めたら、祖国の故事によるものだ、という。周の文王がその王子の肉餅を食わされたという伝承を再現してやる──そういうジョークだ、と笑っていたが、いやあの女はやりかねない。おれはおれなりに、覚悟を決めてことに当たったのだ。
まずおれは掻き集めたLCでNPCを雇った。アルクヘイムの正規の人材斡旋所ではない。人攫い等の後ろめたい職位を持つ者だけが取引できる、裏通りの奴隷商からだ。幸いなことに奴隷商は商人ではなく公的機関の役人のような扱いをデータ上でされているらしく、茶会派の息のかかったNPCではなかった。
60人という大量のごろつきを雇い入れ、おれは正臣達の計画実行の日を待っていた。
ハッターという鬼才のように取引仲介所でNPCを騙すような真似はおれにはできない。おれは自分が才覚に秀でているわけでもなければ、算術に明るいわけではないと分かっている。
シャオはインサイダー取引をするつもりだと公言していたが、そこに乗っかるのは、おれらしいアプローチではないように思われた。だから、やったことは単純だ。
市場通りで爆発音がする。
おれはそれをアルクヘイムのメインストリートから聞いていた。距離があったためか、人々の半数はその場にとどまり、もう半数は野次馬めいて市場通りへと流れようとしていた。
1chは特別なチャンネルだ。このチャンネルで起こった現象は他のチャンネルに波及する。例えば「天竜房」が爆破され、その建物が崩壊し、周囲の区画まで火災が広がったとしたら他のチャンネルでも同様の現象が起きる。今この瞬間に他のチャンネルの「天竜房」で食事をしている人物がいたら、その人物は非常に不運だ──謎の爆発火災による建屋倒壊に巻き込まれてゲヘナ行きになる可能性が高い。
1chは他のチャンネルに比べて、様々な面で特別なのだ。例えば防諜の結界を部屋に対して課すといった技能や道具の使用も1chだからこそ実現できる。他のchはある意味ではハリボテや、カキワリのようなものだ。
おれは事前に雇い入れたNPCをアルクヘイムの各所に配置しておいた。カダベルや正臣は、取引の行方によって爆破はしない、と言っていたが、シャオはどう転んでも爆破するつもりだったはずだ。ここまでの展開は──そしてここからの展開も予定調和だ。
喧騒を背に、おれはバラクラバを被る。ただどう見ても人間ではなくホブゴブリンの体型で、服装のところどころから透ける暗緑色の肌はどうにもならない。こんなものを用意したのは、ただの気分だ。そしてあらかじめ目をつけていた魔石を扱う商店に入る。よく手入れされた木製の扉を引いて、正面から堂々と。
中には誰もいない──プレイヤーは皆、爆発を確かめに外に出ている。そして本来なら店舗を保安するNPCは時間が停止したように動きを止めている。なぜなら、この店のオーナーはたった今の爆発でゲヘナに送られ、彼らが戻ってくるまでの間、雇用されたNPC達は機能を停止するのだから。
この空白時間はそれほど長くはない。事前にこの出来事が起こることを知っていたからこそできた芸当だ。今頃は各所でおれの雇ったNPC達も、空き巣に励んでいるだろう。10分もすれば事態を把握したプレイヤーの中から、おれと同じように火事場泥棒に走り始めるものが出ないとも限らない──いや、そうでなければ困る。
おれは店内を乱暴に物色し、陳列されていた魔石を片っ端から袋に詰める。種類が多すぎてストレージには入らない。とにかく全部持ち出す。カウンターの裏、一番奥には耐火金庫が置かれていた。おれは静止していたNPCの衣服をまさぐると、内ポケットから鍵を探し出す。あらかじめ下見は終えていて、プレイヤー自身が鍵を管理しているような店舗は優先順位を下げてある。
もうすぐ5分が経過する──おれは鍵を金庫に差し込むと慎重に回す。中には大量の契約書が入っている。向こう半年分の鉱山の採掘権、雇用しているNPCの所有権、諸々の債権?この魔石店のオーナーであるデイビスは貸金業まで手を広げていたのか?
土地建物に関する権利書類は見当たらない、どうやらそれらは本人がストレージに保管しているらしい。おれでもそうするだろう。
手に入れた契約書は、このままでは使えない。高位の魔法書司か詐欺師、もしくは物質の変成を扱う変成術師に依頼して、多少の改竄を加える必要がある。
おれは手に入れたものに満足すると、また正面扉から悠々と出ていく。
「店主がいねえぞ!今なら取り放題だ!」
10分が経過した──おれの雇ったNPCがメインストリートで騒ぎ立てる。おれはバラクラバを外し、ゆっくりと歩いていく。決して走ったりはしない。おれが出て行った魔石店に、数人のプレイヤーが目の色を変えて走り込んでいくのが、視界の端に映った。
気づけばメインストリートは悲惨な様子だった。無人の屋台を轢いて、どこかへかっぱらう者が続出している。店の扉や窓が割られているが、誰もそれを非難しようとしない。静止した女性NPCが裸体を晒して転がっている。心ある──失礼、どうにも苦笑してしまったのだが、「心ある」プレイヤーは呆然とその光景を眺めている。
おれはアルクヘイムの様子が変わったことに満足感を覚えた。小ぎれいにまとまった美しい宝石箱。そこに手を突っ込むことほど楽しいことはない。息苦しい閉塞感に、小さな空気穴が開いたようだ。そこから徐々に裂け目が広がっていくように、この街はこれからも変わっていくだろう。
おれは路地に入ると、アルクヘイムの外で雇ったNPCとの待合場所へと歩みを進めていく。順調で鼻歌でも歌いたい気分だ。そんなおれの肩を叩く者がいた。
おれは背後からの接近に、前転を一つ打って、距離を取る。振り向けばそこには毒々しいピンクの髪の男。短髪は刈り上げられ、肌には稲妻めいた刺青が浮いている。ほとんど半裸に近い姿に、金のチェーンが巻かれた異様な風体だ。
「やあ、盗賊見習い」
男の手には光に透けて七色に色を変えるクリスタルがあった。魔石店で最も高い価値を持っていた『虹孔雀の涙』だ。おれの腰の袋は無事だ。他の宝石は奪われていない。袋は傷一つ無いにも関わらず、その魔石だけが奪われている。
「怖い顔すんなよ、これは挨拶代わりだ。せめてストレージに入れておけば安全地帯で奪われるなんてことはなかったはずだぜ」
男はおれに『虹孔雀の涙』を投げ返す。おれは地面にぶつかる寸前で、なんとかそれを受け止めることができた。これほどの大粒なら30万LCはくだらないはずだ。それをまるでお菓子のように放り投げるとは正気を疑うぞ。
「おいおい、おれは正気だよ。正しき悪だ」
ただ、お前とは物差しの大きさが違うだけなのさ──男は笑いながら、そう嘯く。
「お前が雇ったNPC──おれが再雇用しておいたんだ。だから、あいつらが集めてきたモノは全部おれのもんだ」
おれは男の言葉に耳を疑う。再雇用?再雇用だと?一度雇って契約関係にあるNPCに、そんな上書きするような行為が可能なのか?
「まともな人材斡旋所じゃ無理だねえ。だがお前が雇ったのは裏だろ?裏には裏の流儀があって、階級があるんだよ。それは表より、ちょいと融通が利くだけさ」
男は微笑んで言った。
「盗賊の道は厳しい。だが、お前には見どころがある。おれが言うんだから間違いない。何しろおれは、盗賊王になる男だ」
男は稲妻よりも速い指先を持つと豪語して──己をライトニングと名乗った。おれはその名前の余りに安直なことに苦笑した。
「もっといい名前を付けろ、自称盗賊王」
男は痛いところを突かれたように眉をしかめる。おれはせめて一矢報いねばと、思いっきり笑ってやった。
こうしておれは、このピンク髪の怪しげな男──ライトニングとともに行動することになったのだ。
年内の更新はこれが最後になるかと思います。皆さま、良いお年を!来年もDOPEをよろしく!




