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冒険にでれば08

 朱塗りの円卓には、所狭しとお茶うけの菓子類が並ぶ。西洋焼き菓子、飴細工をかぶせられたホールケーキ、湯気の立ち昇る色とりどりの饅頭──ハッターはしきりにそれらを薦めて来る。自由に取り給えよ、と。


「今では無くなってしまったがね、私は台湾島のインターコンチネンタル・タイペイのパイナップルケーキが大好きだったのだ。もうあれが食べられないかと思うと、毎夜枕を濡らしていたよ。それがこうして味わえている──さあ、君も遠慮せずに食べるがいい。現実にはもはや存在しない銘菓だ」


 ハッターの隣には、際どい衣装のフレンチメイドがかしずいている。黒髪のツインテール、ガラス玉のような透き通った眼球、立体で再現できていることに目を疑うほどのアンバランスな腰のくびれ。

 名工が造り上げたフィギュアのように美しい少女は、卓からふっくらとした焼き菓子を取ると、ハッターの口許にそれを運ぶ。それを咀嚼し、ジャスミン茶で流し込むとハッターは円卓を見回して話し出した。


「さて、本題に入ろう、お嬢さん」


 そう切り出したハッターの言葉をさえぎって、正面に腰かけていた禿かむろ髪の幼女が口を開く。


「ゲンジ、だ」


「ああ、失礼──ゲンジ嬢」


 ゲンジは挑発的な態度を示しながらも冷静だった。その訂正に対して、ハッターはわざとらしい口調で言い直す。


「まず、ようやく君を我々の茶会に招待できて非常に嬉しいね。一度拒絶されたときは、私はショックのあまりに卒倒しかけたよ。まさか、まさか、アルクヘイムで私の使者をないがしろにする者がいるとは思いもよらなかったから。いやしかし、DOPEを始めたばかりの初心者なら致し方ないかもしれない」


 茶会派ティーパーティがゲンジ達に対して接触をとったのは、ゲーム内時間において二週間前。アルクヘイムで、ゲリラライブを敢行していたゲンジに対して、とあるNPCから「援助」の申し出があったのだ。そこには特段、茶会派の名も、ハッターの名も無かった。ただアルクヘイム内の劇場への出演オファーがその内容には含まれていた。


 騎士団の目的は、音楽活動だけではない。それはあくまで趣味と実益を兼ね備えた手法であって、ゲンジはライブ活動を専門にプレイするつもりなど毛頭なかった。

 お話だけでも──と、使者は連日に騎士団のメンバーに付きまとったが、やんわりと断り続けたはずだ。


「仲間をどこにやった」


 騎士団に残された人員は、ゲンジ自身を含めて5人。残りの18人は人形と入れ替えられ、行方不明のままだ。


「おお怖い。まるで私が彼らを攫ったかのような物言いだ」


 円卓を囲むのは、ハッターだけではない。老若男女様々な人物が卓についている。にも関わらず口を開くのは彼だけだ。あとの者らはしわぶき一つ漏らさずに、黙り込んでいる。


 ゲンジがこの場を訪れたのは、正臣から茶会派についての情報を提供されたからだ。そして──改めて、今度はハッターの名が記された茶会への招待状を持った使者が、彼のもとに訪れたためでもある。使者役のNPCは、いつか「援助」を申し出てきた者と同一人物だった。


「まず勘違いしてもらっては困るがね、お仲間について私は知らないのだよ──本当だとも。確かに一度接触して、お話をさせてもらったがね?現在彼らが何をしているのか、私はとんと知らないのだ」


 ゲンジはハッターの言葉に激して、問い詰める。


「嘘だ!そもそも人形を送り込んで監視していたのは貴様らだろう!」


 ハッターは両手を上げて、うんざりとした調子でニヤニヤ笑いを浮かべた。


「無様な真似はおやめなさい、ゲンジ嬢。それも全て、そのお仲間が望んだことだ。我々は彼らの望んだとおりに、人形を送ったのだ」


 憤激が急速に冷えていく。ゲンジの声音からは、力が抜け落ちていた。


「どういう、意味だ」


「買ったのだ。カネを渡して、君のお仲間を買ったのだ」


 それだけだ。それだけのことなのだ、とハッターは笑みを深くした。仲間には、はした金を握らせて、遠くのポータルに送っただけだ。君を監視するための人形と入れ替わってもらうために──仲間は脅迫と買収に、いとも簡単に屈して去っていった、と。


 ゲンジはその言葉を聞き、沈黙していた。


「いや、なに。私が目をつけていたのは君だ。ゲンジ嬢。他の者達は特にどうでもいいのだ。君には是非、アルクヘイムの劇場で歌って踊ってカネを稼いでもらいたいのだ」


 ハッターは言葉巧みに、己のプランを聞かせてみせる。路上で得られるカネの数十倍の額面が手に入る、と。自分にはプロデュース代金として半分寄越せばいい、と。


「どうかね、悪い話じゃない」


 ゲンジは沈黙していた。


技能スキル──『真偽判定』」


 円卓の中ほどに腰かけていた、白髪の老人が突然声をあげた。古書店を営むコーエンという男だ。


「見事に偽の判定ばかり出るものだ。ああ、パイナップルケーキが好物なのは本当か」


 ハッターは突然口を開いたコーエンを厳しく睨む。この男は茶会派の立ち上げからいる古参の一人だ。これまで裏切るような真似は、そぶりさえも見せたことが無い。それがこのタイミングで急に何故?

 ゲンジが沈黙を破って語りだす。


「お前の嘘には重大な欠陥がある。カネで仲間がおれを売る?あり得ない──あり得ないんだよ。お前は日本人の変態性について甘く見過ぎだ」


 ゲンジの脳裏に、躊躇いなく自害して果てた仲間の姿がよぎる。あの人形は偽物だが、そこに宿されていた人格は確かに彼らのものだった。己に仕えた男たちが、いかにして果てたかをゲンジは想起する。


「おれは姫だ。幼女で姫だ──おれにかしずき仕えること以上に、あの男どもの心を動かすものなどあるものか。おれこそが奴らの夢の体現だ。至上の喜びが目の前にあるというのに、はした金で去っていく?あり得ねえんだよ、そんなこと!」


 ゲンジの言葉を聞き、ハッターは理解できないものを見るような顔つきになった。だがすぐに彼の表情は引き締まる。円卓に向けて微笑むコーエンの顔が、ぐにゃりと歪む。飴細工のように顔が歪み、その下から青白い青年の相貌が現れる。そこに現れたのはカダベルだった。


「カダベル・ルーデレ!なぜここにいる、貴様がなぜ!」


 ハッターは悲鳴にも似た叫び声をあげる。フレンチメイドの少女が、ハッターの身を護るべく彼とカダベルの間に立つ。だがハッターは少女の献身に対して、安心させるような言葉をかけた。


「いや必要ないぞ、エマ。ここではPKはできない。安全だ」


 中核都市コアシティであるアルクヘイムの領域内は、安全地帯セーフエリアだ。敵対的な技能はプレイヤー、NPCを問わず効果を発揮しない。だが少女は未だに警戒を解こうとはしない。


「申し訳ございません、マスター。私のミスです。対霊検知角膜の常用を検討するべきでした」


 すでに少女の眼球はストレージを介して換装されていた。彼女の視界には、何者かの影が映っている。


「安全?それは──プレイヤーに対してだけでしょう?」


 青白い燐光が、ふわふわと舞う。それらが一所に凝縮し像を結べば、現れたのは白皙の美女。腰まで伸ばされた黒髪を優雅に揺蕩わせる女。その名はXiao(シャオ) Loo(ルゥ)──そしてその手に握られているのは、赤い筒状の物体。先端からは紐が伸びている。


「はい、動かないで。カダベル謹製ダイナマイトだよ!」


 カダベルの言葉に、円卓を囲む一同の身体が硬直する。かつて茶会派に属していたカダベルの名は、アルクヘイム一の錬金術師として彼らの間に記憶されている。彼なら爆薬くらいは簡単に作って見せるはずだ。

 ハッターはすでにシャオ達の意図に気づき脱出しようとしている。だが、その背後には景色に溶けるように、一人の男がすでに潜んでいた。

 それは柳生正臣だった。彼の霊体化はすでに解けている。ゲヘナにおいてアハトから伝授された気配を殺す技能『サイレントキリング』は、格上の護衛者であるメイドの少女を一時とはいえ欺いた。


「それ以上は動くな。ここからなら、おれの方が速い」


 少女はすでに動いていた。正臣の手元にはダイナマイトと火付けのマジックスクロール──巻紙に突き刺さった少女の貫手。エマと呼ばれた少女は手刀を引き、二撃目でダイナマイトを奪い取ろうとする。だが正臣は躊躇いなく巻紙を捨て──そしてすでに、新たな巻紙をストレージから取り出した後だった。

 ハッターが身振りで少女を押し留め、悔し気な溜息が少女の口から漏れ出す。にも関わらず、ハッターは興奮した様子ではしゃぎ始めた。


「いい、いいぞ。お前は悪くないぞ、エマ──これは随分、面白くなってきた」


 カダベルは見た。ハッターが狂気に満ちた満面の笑みを浮かべているのを。作ったような薄ら笑いはどこかへ消えていた。

 シャオはダイナマイトを頭上に掲げ、ハッターの狂気に負けぬ笑みでもって返す。


「この建物を爆破して隣のブロックまでぶち壊すくらいの火薬をすでに仕掛けた。だから私たちを排除しても無駄。爆薬のスイッチを持った仲間は別にいるから。だから──この最上階から吹き飛ばされて、瓦礫に潰されても死なない自信のある人は反抗したらいい」


 この場にいるのは第六階梯かそれに準ずる高レベルプレイヤーばかりだ。戦闘関係の職位を多く取っている者に対して、こんな脅しは通用しないだろう。だが茶会派はあくまでも商人の集団だ。基礎的なステータスは、シャオや正臣と大差ない。


 ゲンジの腹心であるカツラは「天龍房」の周囲に爆薬をばら撒いて潜んでいる。何か起きれば問答無用で爆破する手はずだ。


 カダベルは震える指先を抑えている。彼はハッターの恐ろしさを知っている。こんな小細工は一回きりしか通用せず、報復は苛烈を極めるだろう。だが──カダベルは同時にハッターの求めているものもよく知っていた。


「ハッター、久しぶりで悪いのだが──商談でもしよう」


 旧知の錬金術師が帰って来た。恐るべき初心者達を連れて帰って来た。そのことが、ハッターの心をこの上なく踊らせていた。


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