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冒険にでれば07

『赤犬鉱山』の上層で、ジエンとミチオが人形となっていた事実をおれ達は知った。正臣達と合同の攻略の途上だったが、それは重大な問題だった。

 おれは二人の遺体──いや、残骸というべきか。それらを回収すると探索を打ち切って、拠点へと帰還することを決めた。


『シエルナ寺院跡地』は、自分達──「桃ウサギ源氏姫と仲間達」だけが独占しているポータルではない。日本サービス開始と同時にスタートした、多くの日本人が、このポータルを拠点に活動している。

 アルクヘイムが大都会だとしたら、田舎町、というくらいの発展の兆しを見せ始めている。


 寺院跡地の旧跡を撤去して、新たに建設された長屋。おれ達が並びで暮らしている拠点に戻ると、仲間たちは帰還を歓迎してくれた。


「思ったより早かったですね、姫。あれ、二人だけですか?」


 おれとカツラの姿を認めて、話しかけてきたヒナビタに、皆を集めるように頼む。おれの余裕の無さを訝しみながらヒナビタは駆け足で去っていく。

 これから、彼らにどう説明すればいいだろう。二人が偽物とすり替わっていて、本物は行方不明。手掛かりはないが助けに行かなければ。

 いつの間にか、おれは頭の中の考えを口に出していたらしい。カツラがおれの肩を控えめに揺すりながら、深刻そうな面持ちで告げる。


「姫。失礼ながら申し上げます。為すべきことの順序が違います──私たちがまず行わなければならないことは、他にも人形が紛れ込んでいないかを確認することです」


 おれは言葉を失う。確かにそうだ。二人だけとは限らない。もしも監視の目がまだ残っているとしたら、救出に向かうという手の内を、相手に伝えることになってしまう。だが、どうやって──どうすればあの肉人形ではないことを判断できる。


「判別方法は簡単です──」


 カツラはその後の言葉を告げぬまま、仲間たちが集まるのを待った。おれは全員が集まると『赤犬鉱山』で起きた一連の出来事をありのままに伝え、人形の残骸を提示した。

 仲間たちは一言も口をきけずにいた。そして、誰かが言った。


「彼らだけなのか?人形を判別する方法はないのだろうか」


 返答に詰まるおれの言を継いで、カツラが話し出す。


「ここ数日、二人に変わったところはなかっただろうか。些細なことでもいい」


 仲間たちは、ジエンとミチオの行動について順番に語るが、特別に異変は見られなかったという結論に達した。カツラはその答えを予想していたように、残骸を叩きながら言う。


「恐らくだが、この人形の振る舞いは完璧だ。私も姫も──もちろん皆も、二人の行動がおかしいと感じたことなどなかったのだから。そして残念ながら、私たちには真偽を判別する手段が乏しい」


 その場にいた者が保持していた技能スキル──『鑑定』でも、『探知』でも、人形か本物かを判別することはできなかった。ただ当然のようにプレイヤーの情報が参照されるだけだ。


 仮に、ここにカダベル・ルーデレがいたならば、それは当然だと言うだろう。なぜなら人形には本人のインフォモーフAIの情報のコピーが書き込まれているのだから。本人と同じように思考し、決断し、行動する。『鑑定』も『探知』も、参照する先の情報は対象のソウルなのだから、本物に等しい結果が出るのは当然だ、と。


 だが、カツラにはまだ手があるようだった。


「済まない。皆、自決してくれるか」


 死ねば──ゲヘナに堕ちることができれば本物だ。もしも偽物なら、ただの残骸が残るだけだ。カツラの提案した方法は、おれからすれば最悪だった。決しておれには口にできないやり方だった。


「わかった。ちゃんと確認してくれよ」


 意図を理解したヒナビタが真っ先に言うと、彼は炎術で己の頭の中を焼いた。ほとんど躊躇いなく実行したヒナビタの姿は、勇敢だった。それはもしかすると他の者達を鼓舞するためのポーズだったのかもしれない。


 だが、彼が光に包まれることは無かった。残ったのは融け落ちた眼窩、煤と煙を耳、鼻、口から吐き出して事切れた遺体だけだった。

 カツラが無表情のまま、剣をその遺体に向けて振るい、生命石ライフストーンの存在を確かめた。赤く輝く宝石は、生々しい肉の内側から、ころりと零れ落ちた。


「そんな──あんな自分から進んで──」


 言葉を失うおれの前に、カツラが膝をつく。視線の高さを合わせながら、カツラはおれに強い口調で言った。


「目を離してはいけない、あなたが見届けなければ」


 順番に、全員が粛々と自決していく。誰も拒みはしない。その光景は異様だった。もちろんDOPEは現実とは違う。本来であれば一回性の生を、DOPEは幾度も繰り返す。死は羽毛よりも軽く、まやかしの生に囚われることは何よりも重い。

 だが、それでも──おれは何度もやめてくれと叫びそうになった。その度にカツラは厳しく咎め、おれに君主としての振る舞いを求めた。仕える者達の命の行く末を見届けよ、と。


 おれの目の前には、16個の生命石が並んでいた。人形でなかったのは、ほとんど『シエルナ寺院跡地』から動いていなかった考古学者志望のケイネスと、デスペナルティを受けて昨日ゲヘナから戻ったばかりだったハザマの二人──そして既にゲヘナへと堕ちた清丸。


 惨憺たる有り様だった。

 目の前に突き付けられた事実に、おれの手は震えていた。膝から崩れ落ちるおれを、カツラの腕が支える。


「姫、まだ私が残っています」


 カツラは腰から剣を抜く。地面に柄を立て、刃を自らの首に当てがうと、前へと倒れ込み、自らの喉を貫いた。多量の血が喉元から吹き出るが、すぐには死へと至らず、カツラは苦痛の呻きをあげた。


 おれは残った気力を振り絞ると、震える腿を叩いて克己した。臆病な己を討つように、抜き打ちに振るった剣閃は、カツラの首の骨を抵抗なく割断した。その刹那、彼が満足げに笑ったようにおれには見えた。


 ごとり、と落ちる男の頭を、おれは祈るような気持で見ていた。


 木製の床板には、深い血だまりが出来ていた。ぱしゃりと跳ねた血飛沫が、おれの頬を汚した。転がったカツラの首が、ゆっくりと光の粒子へ分解されるのを見たとき、おれの中で緊張の糸が切れた。


 頬を伝う涙──いつもなら、仲間がいた。DOPEは恐ろしく、美しく、楽しい場所だ。どんな恐怖も感動も、一緒に共有してくれた仲間たちがいた。だが今、おれはただ一人で泣いている。

 そして、おれの脳裏に忍び寄っていた疑惑に、おれはケリをつける。


「ああ、そうだよな。おれはおれだ。それを確かめないとな」


 血だまりに浮かぶカツラの剣を、おれは自分のストレージに保護する。仲間の残骸を並べると、おれはその前で自らの首を、躊躇なく断つ。

『剣術Ⅰ』の補正を意識して、自らに振るった剣が、視界の隅を通過して──跳ね飛んだ視界の中で、意識はゆっくりと薄れていく。だがおれは決して目を閉じはしなかった。見届けるのが、おれの役目だ。仲間の死も、おれ自身の生も。


 暗転はなく、純白の光が、おれの目に溢れた。



 §



 荒涼とした風景を訪れるのは、これが三度目だ。カツラは己が君主と仰ぎ、女神と崇める姫君が見せた剣閃を反芻していた。


「控えめに言って──最高だ」


 姫に切られた首筋を、カツラは愛おし気に撫でている。そこに傷一筋も残されていなかったことが、彼には何とも残念で仕方が無かった。


 チュートリアルで出会ってから、ゲンジという少女にカツラは夢中だった。庇護欲をそそる幼い外見と、それに反して少年のように奔放な行動。アンビバレンツな要素が混在するゲンジに、カツラは惹かれずにはいられなかった。

 だが紳士たるカツラは一線を守る。それは彼の矜持である。Yesロリータ、Noタッチ。例えゲンジの中の人が男性であったとしても、それは姫の属性が追加されるに過ぎない。そんなことでは姫の魅力はいささかも減じ得ない!カツラ大興奮!


「あの、そろそろいいですか──」


 回想に夢中だったカツラに、かなり引き気味の女性の声がかかる。彼がこの女性に出会うのもまた、三度目だ。ゲヘナにおいてプレイヤーのデスボーナスを清算する存在。レムナント(英霊)の一人──有情のアニマ。


 緩やかに巻かれた亜麻色の髪に、大きめの一枚布を全身に巻きつけた古代ギリシャを思わせる服装の女。愛嬌のある豊頬の相貌は、向き合う者に安心感を与えてくれる。


「失礼しました、アニマ殿」


 カツラは騎士らしい振る舞いを見せる。今さら遅いとは、自分でも思いながら。


「実は、カツラ様には申し訳ないのですが──今回から担当のレムナントが交代になることをお伝えに参りました」


 ほう、とカツラは意外な展開に驚く。アニマ以外にもレムナントがいたのか、と。騎士団のメンバーにゲヘナの様子を聞いても、皆アニマの話を語るものだから、彼女しかいないのだとばかり思いこんでいた。


「それは残念ですな。アニマ殿にはこれまで大変なお世話になりました。またいつかお会いしたいものです」


 カツラの丁重な礼に、アニマはかしこまって頭を下げる。


「それで──アニマ殿の後任にあたる方というのは」


 そのとき、カツラの尻の肉が爆発した。正確には爆発したような衝撃が、彼の臀部を襲った。


「おれだ、走れ豚」


 黒い眼帯の隻眼の剣士──無法のアハトである。


「な、いきなりなんてことを。まずはあなたの名を」


 容赦ない前蹴りがカツラの腹に炸裂し、彼のだらしない体はゲヘナの荒れ地を転がっていく。アハトはゆっくりと歩きながら、立ち上がろうとするカツラを更に蹴る。


「おら、さっさと走れや。お前が人間程度のまともな体になったら名前くらい教えてやらあ」


 口を開く前に蹴られる。立ち上がる前に蹴られる。振り向く前に蹴られる。だがゲヘナでは肉体の損傷はない。ひたすら蹴られながら、カツラは徐々に蹴られ慣れてきた。だがやはり蹴られ、彼はあきらめて走り出した。しかし今度は走る速度が遅いと言って尻を蹴られた。

 アニマはいつの間にか姿を消していた。カツラの脳裏にゲンジの愛らしい姿が浮かんだ。そして彼はまた蹴られ、ゲヘナの荒野を走り続けることになった。


「待っていてください、姫!必ず私は強くなって帰ります!」


 叫んだ瞬間に、膝の裏を蹴られた。


「気持ち悪いこと言ってんじゃねえぞ、変態。さっさと走れボケナス」


 無法のアハトは、笑いながらカツラを蹴り上げた。


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