冒険にでれば05
ゲンジとその騎士団は去った。彼らの仲間──ジエンとミチオは正体不明の肉人形に成り代わっており、本物の彼らの所在が不明であることが判明したからだ。
DOPE onlineでは、プレイヤーの死はペナルティではない。それは生の清算であり、冥府であるところのゲヘナにおいて、デスボーナスを与えられる。
このゲームにおいて真に恐ろしいことは死ではなく、生を害されること。拉致や監禁、不本意な隷属や契約による拘束──あるいはゲヘナへと堕ちることを妨害されること。
「要はDOPEでPKしようと思ったら、それなりの技能を用意する必要があるのさ」
ホブゴブリンの人攫い、ウィツィロは自身の知識を披露する。その言葉を受けて振り返ってみれば、シャオとウィツィロの職位構成はPKerのそれだ。
『人攫い』は拉致と監禁、身体的拘束を司る。『調教師』にしても生物を隷属させる職位である以上、上位の技能にはプレイヤーに対しても有効なものがある可能性は高い。
シャオに至っては更に露骨だ。『死霊術師』は下位の技能こそアンデッドを造り操作する技能に偏っているが、中位以降には魂を扱う技能が存在するらしい。要するに、相手が死んでゲヘナへと向かうことを阻害するのだ。
さらに『魔法書司』だ。シャオはすでに5人のプレイヤーに対して不当とも言える契約を強いて搾取している。『魔法書司』は魔術を込めたスクロールを作成するだけではない。DOPEにおいて拘束力を持つ契約、その根幹を成す契約書を作り上げる代書屋だ。契約でプレイヤーを縛り付ける。それは、ある意味で直接的な暴力よりも悪辣だ。
おれ達は人気の無い坑道を、軽口を叩きながら歩いていく。おれとウィツィロが松明を持ち、シャオは一歩下がって注意深く全体を見通している。だが、先ほどから何の気配もなく、平和といってもいい様子だった。
鉱山内の山賊は、すでに赤犬が平らげた後だったらしい。
「待って、様子がおかしい」
シャオが足を止める。彼女は何かを見つけたらしい。
「死体探知に反応がある、しかも複数──固まっている」
『探索者』が生体探知を持つように、『死霊術師』には死体の居場所を感知する技能があった。シャオが死体の山だと指摘するのは、おれたちのいる場所よりも下方。
「下層への道だ」
坑道の奥には、緩やかな下り坂があった。壁の材質が、むき出しだった岩肌から、滑らかな土壁へと徐々に変化していく。鉱山然とした様子は薄れ、次第に人が住んでいた跡のような気配が漂い出した。廊下と小部屋が交互に続く、不思議な空間。小部屋には岩を加工して書斎風にしたものから、寝室らしい調度品が置かれた部屋まである。
それらの部屋の一つ──その部屋の壁はくり抜かれ、そのまま棚として使われていた。そこには標本らしい骨格が陳列されている。
「ホルマリン漬け?」
隣の棚には、一対の眼球が、澄んだ液体の中に浮いている。その瓶詰は一つだけではない。床から三段の棚、全てに五つずつ。几帳面に並べられているのだ。ご丁寧に蓋には革細工のラベルがぶら下がっている。
「うっど、ドワーフ」
ウッドドワーフ。その隣の瓶にはハーフリング。ウッドエルフ、ハーフエルフ、ヒューマン、ライカンスロープ、ホブゴブリン、ケンタウロス、ミノタウロス、リザードマン、セイレーン……。
種々の種族の目玉だ。それは蒐集物というよりは、学術的な資料として集められたように感じられた。
「いい趣味しているわね、ここの主は」
シャオが瓶の中味を灯に透かしながら呟く。そのときだった。ウィツィロが叫び声をあげる。
「なにか、今おれの腕を何かが掴んだ!」
おれは生命探知を行使して視界を巡らせるが、何も映らない。だが急激に周囲の温度が下がったような感覚がおれを襲う。そして聞き知らぬ声が部屋に響いた。
「お褒めに預かり光栄だ。あと悪戯して済まない。つい、からかいたくなるのだ」
それは声というには、あまりにか細い。そよ風が柳葉をこするような音だった。おれは依然として生命探知を使い続けるが、どこにも反応は無い。
シャオが息を飲む音に、おれは視界を戻す。
そこに現れたのは幽体──エクトプラズムとでもいうべきか。霧が集まり、濃密な影となって、やがて青白い像が結ばれる。見る間にその燐光は受肉して、一人の青年へと姿を変えた。
「ようこそ、僕の研究室へ」
青白い顔に、銀の長髪。薄汚れた白衣の男は、おれ達を部屋の奥へと誘った。
§
おれ達は今、香草を煮詰めた薬湯を飲んでいる。ハーブティーと言うには、あまりにも癖の強い、独特の味だ。
初め、おれは飲むのを躊躇ったが、シャオとウィツィロが特段に気にせず口をつけるのを見てそれに倣った。青年に害意があったなら、わざわざ姿を現す必要はなかったはずだと判断したのだろう。
岩石を加工したテーブルに長椅子。無骨な石材の調度は、この場所が岩窟の牢屋の如くに感じさせる。
部屋の主である青年は、カダベルと名乗った。
彼の名乗りに対して、おれとシャオは簡単に名を告げて、これまでの経緯を話す。
ウィツィロは以前おれ達に渡したように、名刺めいた魔導書の頁を差しだした。すると、カダベルもまた同様に返してきた。便利そうなので、あとでやり方を教えてもらっておきたい。
──【真名】カダベル・ルーデレ
──【種族】人間
──【属性】中立にして中庸
──【階梯】第三階梯
──【信奉】チェルナボルグ
──【職位】『錬金術師』、『死霊術師』、『神官戦士』、『縫製技師』、『影の使徒』
カダベルの背後の壁には、巨大な毛皮が張りつけにされている。赤茶色に染まった毛皮は、この鉱山の怪物である赤犬のものに違いなかった。
「いや、僕の作品が迷惑をかけたようで悪かったね。薬品の投与のし過ぎで暴走したのだが、落ち着くまでは僕にも手が出せなかったのだ」
カダベルは不健康そうな顔色に似合わぬ、爽やかな笑顔でそう嘯く。壁の毛皮には、頭部にあたる箇所が欠けている。作品──つまり、あの首だけの赤犬は、このカダベルが造り出したらしかった。
彼はこの鉱山の上層をすり抜けて下層を攻略した。山賊たちは上層を徘徊するものの、下層には手を出してこない。ボスとして最奥に居座っていた赤犬をカダベルは打倒した。
下層に直通するポータルストーンを得たカダベルは、ここを拠点として改造し、上層の山賊を間引いては死霊術の素材として研究を続けていたらしい。
だが、ある時に天才的な閃きで──それは本人の言うところだったが──カダベルは保存していた赤犬の肉体を素材にして、とびきり元気なアンデッドを作成した。だが元気の良すぎた赤犬は下層を飛び出て上層を跳ねまわり、創造主の手に負えない状態になってしまった。
仕方なく、カダベルは赤犬の動力触媒である生命石の出力が弱まるのを待っていた、ということらしかった。
「ポータルの記憶を得たいなら、どうぞ自由に持っていくといい。なんならゲストルームを使ってくれても構わない。作品が迷惑をかけたお詫びだ」
カダベルは部屋の奥にある輝く石碑を指す。カダベルがストレージから取り出した巻紙を破くと、その石碑を包んでいた光の帯が消滅する。
「普段は保護してある。僕が不在の間にログを持っていかれないようにね」
カダベルが用いていたのは、保護結界の技能を書き込んだマジックスクロールらしかった。不在の時は下層の入り口にも結界を張っているという。鍵付きの扉などより、よっぽど信頼できるとカダベルは教えてくれた。
おれ達が自分のポータルストーンを、その石碑に近づければ魔導書がシステムメッセージを通知してくる。
──【『赤犬鉱山』のポータルの記憶を得ました。】
これでおれ達は、自由に『赤犬鉱山』の下層を訪れることができるようになった。とはいえ、これは当初の予定とは随分違ってしまっていた。
鉱山はすでに攻略済みで、カダベルが根拠地としてしまっている。シャオはカダベルに提案する。
「上層の鉱石を採掘しても構わないでしょうか。あと山賊を私たちにも捕らせてもらいたい。私も死霊術師の職位を取っているから」
シャオの提案をカダベルは快く引き受けた。
「なに、僕の拠点はここだけじゃない。それに死霊術師は珍しいからね。マイノリティの同志に融通するのは悪いことじゃない」
銀髪をかきあげるカダベルは、随分と絵になる男だった。ウィツィロはついでで申し訳ないが、と奴隷を捕らせてもらいたい旨を申し出る。これについてもカダベルは特に異を唱えることは無かった。
「むしろ──その騎士団の皆さんが来なかったのは良かったな。何というか、理解のある相手じゃないと僕の研究室に入ってもらいたいとは思わないからね」
確かに。種々の種族の人体標本に、山賊を腑分けした死体の山。出自の怪しい錬金術の素材が至る所にぶらさがり、胡乱な薬品の精製道具が並ぶ光景は、奇怪と言わざるを得ない。
やがてカダベルは、ジエンとミチオ──二人の肉人形の話に興味を示した。残骸となった鎧や肉片はゲンジ達が持ち帰ってしまっていたので、現物を提示することはできなかったが、おれ達は見たものを詳細に語って聞かせる。
カダベルはしばらく話に聞き入っていたが、低く唸って話し出した。
「うーん、僕には心当たりがあるぞ。それはたぶん高位の人形師が造った人形だ。しかも対象のインフォモーフAIを模倣した──つまり疑似ソウルを搭載したようなタイプだろう。ただ断定はできないよ。色々方法があるだろうからね」
おれはその最後の言い方が気にかかった。
「その、色々ということは複数の方法が考えられるってことですか?」
カダベルは頷くと席を立つ。壁に備え付けられた薬品棚から、一本の試験管のような細い硝子容器を持ち出してきた。その口は厳封され、中には青い液体が詰まっている。
「例えばだがね、巫術士という職位には自分のソウルを体外に一時的に放出する技能がある。すると、君たちが先ほど見たように、光学的な視界には映らない存在へと変化することができる。だが、同じ現象はこの薬品でも可能なのだ」
カダベルは封を解くと、容器を斜めに傾ける。先ほどまで水のような液体だった内容物は、空気に触れたためか形質を変えて、カダベルの指先にとろりと固まった。
カダベルはそれを舌先でちろりと舐める。すると、彼の肉体が青白い燐光を帯びて、末端から霧へと変化していくではないか。
「この薬品の効用を端的に言えば、生命石を分解するのだ。プレイヤーの肉体は生命石と同じ素材でできていることが研究の結果分かっているが、一時的にその結合を解いてしまう。すると残されるのはソウルの情報──生身のインフォモーフAIが漂うことになる」
微量の摂取だったためか、すぐにカダベルの変化は収まった。おれ達は眼前で行われる奇怪な講義に見入っていた。
カダベルは言う。人形を作ること自体も、決して技能による必要はない、と。そして自律して本人の意識を保って動かすことも同様である──ただ肉の中に生命石があったのならば、術者は離れた位置にいて、人形と本人が入れ替えられてから日が浅いのではないか、と指摘した。
「それらを勘案した上で、僕には心当たりがあるのさ。多分そいつは茶会派の仕業だ」
初めて聞く名だった。シャオやウィツィロも、心当たりが無いらしい。
「なるほど第一階梯の君たちは、まだ茶会派に接触してないのか。ということは、その騎士団の皆さんは、何かやらかした可能性があるね。彼らは無駄な出費を嫌う」
その彼らが、わざわざ費用をかけて人形を仕掛けているのだから──カダベルの迂遠な物言いは、彼自身の性情のためか。それとも茶会派という存在に対する警戒のためなのか、はっきりとしない。
カダベルは霊体化薬を仕舞いながら、薬品の蒸留機器の脇から薬缶を取り出して、薬湯のお代わりを注ぎ足してくれた。
「まあ、長い話になるからさ」
銀髪の錬金術師は、遠い目をして己の過去と、茶会派という存在について語りだした。




