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冒険にでれば04

 赤犬鉱山──その暗闇を裂いて、投げ放たれた松明が飛んでいく。回転する炎の描く軌道の先には、5人の男。すでに仕留めた3人の山賊の仲間と思われる。だが先ほどの男たちよりも武装が整っていた。

 先頭を駆けて来る男は、腰から剣を抜き放つと、飛びかかる松明を打ち払う。火の粉が散り、仄暗い洞穴に橙の軌跡を残して床に落ちる。


 ジエンは叩き潰した男の死体を打ち捨てると、新手の敵に向き直った。


「二列に組み直せ、道を塞ぐんだ!」


 ゲンジの指示に従って、カツラが前に出る。ジエンは大楯を地面に突き立てると、それを上からメイスで叩き込んだ。そして自らの肉体を盾の陰に添えると、ストレージから何らかの薬品を取り出して土に振りかける。


 見る間に敵は迫ってくる。先頭の男はジエンの大楯を迂回しようとした。その先をカツラが塞ぎ、手盾で打ちすえる。見る間に剣戟が始まったが、相手の男の方が達者なようだ。カツラは初撃こそ有効打を与えたが、二合目からは相手の剣先を防ぐのに精一杯である。

 だがその間。

 稼いだ一手に、ウィツィロは見慣れぬ荒縄──鉄線を縫い込んだ強靭な造りで、人攫いが使う特有の道具だった──をストレージから取り出すと、後続の相手に向けて鋭く投げかけた。

 それは『人攫い』の職位クラス技能スキル──『アブダクションロープ』だった。薄暗い闇の中を飛来した縄は、走り寄る男の足首に絡みつく。ウィツィロが力任せに引き寄せれば、転倒した男は一気に手もとへと引きずられてくるではないか。


 カツラと打ちあっていた男は一歩退いて、仲間を引き寄せるロープに向けて剣を振るう。だが鉄線が編みこまれた縄を断ち切ることは叶わない。それならばと、縄の先にいるウィツィロに狙いを変えて斬りかかった。


「お前の相手はおれだろう」


 カツラは横から剣を突き込み、盾を振るい、男の退路を断っていく。しかし、そこに後続の3人が追い付いてきた。カツラは改めて陣形を組み直すべく退いた。

 これまでの間、清丸は矢を射かけ続けていた。辿り着いた3名の山賊の脚にはすでに数本の矢が刺さり、血が流れている。


「いいぞ、壁だ」


 大楯の陰からジエンが叫んだ。見れば盾の裏には土が盛られ、突き固められている。金属盾を補強した即席の防衛陣地というわけだ。

 壁を作り上げたジエンは盾の陰を脱すると、カツラへと加勢した。対峙する相手の腰元目がけて鋭いタックルを繰り出し、体ごと壁へと打ちつけたのだ。


 ミチオ、清丸が更に前へ出る。清丸は大楯の壁を引き継ぐと、それを遮蔽にして弓を射かけ始めた。ミチオは盾壁の脇を守る構えだ。


「行くなよ、正臣。抜けてきた奴を相手にすればいい」


 シャオは欠伸を噛み殺すと、前へ出ようとしていたおれを諫める。お前が出たら、誰が私を守るというのか、とまで言い添えた。まるで守られるのが当然のような言い草だ。


 おれは戦況を眺めていた。先ほどまで優勢だったが、今この瞬間はわからない。

 ウィツィロは荒縄を完全に手もとまで引き寄せて、すでに一人を仕留めていた。

 カツラとジエンは壁に張りつけにした相手に、止めを刺そうと躍起になっている。


 寄せて来る敵は残り3人──。


「まただ!また来るぞ!今度は2人──いや、なんだこれ」


 ゲンジが耳を澄まして、洞穴に反響する音に集中していた。おれはその声に合わせて生命探知を発動させて、闇の中を見通した。

 すでにカツラが刺し込んだ剣が相手の命を奪ったらしい。目の前にある光は仲間のものが8つに、敵のものが3つ──そして更に2つが奥から来る。いや?何か様子が変だ。さらに巨大な光が猛烈な勢いで近づいて来る。


 投げ捨てられた松明は、鉱山の冷たい岩肌にてらてらと光を投げかける。樹脂の燃える特有の焦げ臭さ──それと混ざり漂う、濃密な血の匂い。

 近づいてくるはずの2つの光は、巨大な光に呑まれて消滅した。おれは視界を元に戻す。ゲンジはすでにそれが何かを悟っていた。おれと視線を交わすと命令を下す。


「隊列を組み直せ、赤犬が来るぞ!」


 そして、それは現れた。巨大な──犬。いや現れたのは犬の首。首だけだ!歪にちぎれた赤犬の首が、裂けた顎をしゃくしゃくと動かしながら地面を高速で這いずっている。

 おれ達と対峙していた3人の山賊は、その時まで気づいていなかった。おれ達が何故退いて隊伍を組み直し、仕切り直す──その理由に、己の背後を振り返るまで。


 おれ達の目の前で、坑道いっぱいに広がったあぎとが3人の男を丸のみにして咀嚼する。だがそれでも勢いは止まらない。赤犬はまっすぐに、血の匂いを追って、目の前の獲物を追って喰らいついてくる。


「やめろ!逃げるんだ!」


 ゲンジが退避しながら悲痛な叫びをあげた。清丸はまだ大楯の陰でしゃがみこんだままだ。覚悟を決めて盾にぴったりと身を寄せて構えている。ジエンは何かを決意したかのように、足を止めると、自らも大楯に向かって走っていく。

 それを嘲笑うように赤犬は真っ赤な口腔を開け広げ──大楯を丸ごと己の口中に収め、牙を噛み合わせた。牙の狭間で、ジエンが持ちこたえようとする姿が見える。清丸が何かを叫んだ。

 金属のへしゃげる音、男の言葉にならない悲鳴、新たな血の匂い、赤犬の口中に光の粒子が溢れるのが見えた。膨大な情報の奔流が、容赦なくおれ達に向けて浴びせかけられる。

 赤犬は血にまみれた舌を、鉱山の壁で拭くような仕草を見せる。歪んだ塊へと変わってしまった大楯、そして金属鎧が、哀れな姿で吐き捨てられた。


「撤退だ。広間まで走れ!」


 ゲンジが改めて命じた。崩壊した隊列のまま、おれ達は全力で走り出した。赤犬はその動きに反応するように、素早く首を這いずりだしてきた。

 真っ暗な坑道を振り返ることなく駆ける。背後で何かが倒れる音がした。背中越しに聞こえる獣の息づかいは近すぎる。振り向くわけにはいかない。誰かがすり潰された音がする!

 シャオはゲンジの声よりも早く、状況を察して下がり始めていたらしい。すでに広間の入り口にまでたどり着いている。


「そのまま走り抜けろ」


 シャオの冷たい声が、坑道に吹き抜ける。おれは声に従って足を止めることなく、広間の半ばにまで走り抜けた。燃え立つ木切れは、いまだ明かりを保っている。だがカザドの姿は無い。すでにこの場を離れた後か。


「技能──『ウォールオブボーンズ』、最大化マキシマイズ


 全員が広間に走りこみ、赤犬が部屋の中へと入る瞬間を狙い澄まして、シャオが技能を行使する。シャオが振りぬいた手から放たれるのは、骨の欠片。鳴子の罠に結ばれていたものを、彼女はいつの間にか拾っていたらしい。


『ウォールオブボーンズ』──『死霊術師』が行使する、骨を触媒として発動する技能。


『最大化』の魔力操作メタマジック技能は、シャオがチュートリアルの特典である任意の技能習得で選択したものだ。本来であれば固定された技能のダメージと規模が最大化され、代償としてシャオから多量のHPが流れ出す。

 生命力と骨片を触媒として、巨大な骨の壁がせりあがる。そこに飛び込んできた赤犬の首に見事に命中する。研ぎ澄まされた象牙のような白壁は、広間に入り込んだ赤犬の首を、下から串刺しにして持ち上げた。


 だが怪物の動きは止まらない。ぎょるぎょると血に飢えた視線を躍らせて、己に攻撃を加えた者が誰なのかを確かめている。シャオは目に力を込めて赤犬を睨みつけている。赤黒い光が宿る『沈黙の魔眼』が、怪物が口を開こうとするのを押しとどめていた。


「素晴らしい」


 広間の天井、鍾乳石の柱が垂れ下がる暗闇から、その声が降り注いだ。声の主は橙の灯に照らされながら、天地を逆さのままに天井に立っていた。


神性技能ディバインスキル──『アグニフランベル』、多段層化マルチプルクラスタ


 それはカザドだった。彼が獰猛に笑むのがおれには見えた。カザドの手には、その短躯よりも長大な両刃の大剣。波打つ刃はぎらぎらと光を帯びて、赤く輝きながら、炎の塊と化した。

 一本ではない。虚空から彼の手には更にもう一振り。灼熱と化した剣は投げ飛ばされ、炎の柱となって赤犬を地に縫いとめる。降り注ぐ業火は数を増す。顕現した炎剣は三十を超えていた。それらが赤犬を燃やし尽くす。燃焼が洞穴内の酸素を急速に消費していくことに、おれは息苦しさを覚える。

 その光景は圧倒的だった。DOPEの世界に降りたって、おれが初めて見た──圧倒的な戦闘。現実の人間には不可能な、神性を帯びた戦いだった。


「お怪我はありませんか」


 床に降り立ったカザドはシャオに問う。その背後には真っ白な灰と化した赤犬の残骸。そして人間の頭大の巨大な生命石ライフストーンが残されていた。

 広間にはおれとシャオ、疲弊した様子のゲンジとカツラ。片足を折った様子のウィツィロがいた。カザドは赤犬の生命石の一部を砕くと、ウィツィロの患部に当ててその傷を癒した。そして残りの塊を二つに砕くと、自分の魔導書グリモアに片方を吸い取らせてLC(ライフカレンシー)へと変換した。


「残りは貴女のものだ。儂はここを出る。名残は尽きませぬが、今度こそお別れです」


 カザドは言い捨てると、振り返ることなく鉱山を出て行った。



 §



 被害は甚大だった。ジエン、ミチオ、清丸の3人が死亡した。


「たぶんゲヘナから帰ってくるのに2日はかかる。あいつらは死亡はこれで4回目だけど、毎回それくらいだ」


 ゲンジは憔悴した様子で呟いた。隣でカツラが、粉末状のスープを溶いて己の姫に供していた。


「厳しいですな。前衛が不在なのもそうですが、薬師の清丸がポーションの類を一手に持っておりましたから」


 シャオはその言葉を聞きながらも、決断的に言った。


「進むべきだ。今なら山賊は居ない。赤犬も死んだ。2日待てばリポップする可能性がある。私と正臣だけでも行く」


 おれは自動的に頭数に組み込まれていたらしい。ウィツィロも同調して、進む意思を示した。そして重い口調で語りだす。


「言いにくいことだが──最後の逃走の最中、おれはミチオが食われる瞬間を見た。だが、その、見間違いかもしれんのだが」


 ウィツィロは言う。光の粒子を見なかった、と。


「待て、それならミチオはまだ道の半ばで生きているんじゃないのか?」


 ゲンジは立ち上がると、すぐに戻ろうと主張し始めた。おそらく──それはウィツィロが主張したかったことの本質とは違う解釈だった。


 ゲンジとカツラは先だって、その後ろからおれ達三人がついていく。洞穴の静寂の中に、時おり水が垂れ落ちる音が響く。カツラが握る松明の火が、床を照らす。入り口から続いていた縄はそのままに床に捨て置かれていた。それを辿り歩くうち、おれ達は発見した。


 歪んだ鎧の残骸、ちぎれた革紐、赤黒い肉片──ミチオが生きていないことは明白だった。何よりそれがミチオのものであったのか判然としない。だが、おかしいのだ。プレイヤーは死ねば分解され、光の粒子となってゲヘナへ送られる。


「なぜ、ゲヘナに還元されていない」


 ゲンジは理解不能なものと出会った混乱に、声を震わせた。鎧の中には人だった肉が残っている。そして赤い宝石が肉の隙間から覗いていた──これは誰だ?いや、何だ?おれ達はそれらの残骸を道の脇に寄せ、さらに道を進んでいく。


 そして赤犬と最初に遭遇した位置にまで、おれ達は戻ってきた。打ち捨てられた大楯──その脇に齧られた跡の残る生首が落ちている。目を剥いた死相は、確かにジエンのものだ。清丸の遺体が見当たらないのに対して、ジエンと思しき遺体のそばには、血肉にまみれた生命石が転がっていた。


「NPCだったのか?」


 おれの問いに、ゲンジとカツラは強く否定する。今までにジエンとミチオが死亡する瞬間を目撃したことがあるのだ、と。そして今日まで彼らに不審な点は無かった、とも。だがこの状況が指し示すのは、先ほどまで一緒に歩いていた──ジエンとミチオはプレイヤーではなかったということだ。


「私のフレッシュゴーレムのようなものかもしれんな」


 シャオは遺体から生命石を取り出す。指先に挟まれた宝石を、松明の明かりに透かして何かを確かめている。


「少し色が薄い。触媒として、彼らを稼働させるための動力源として消費されていたのだろう」


 カザドがシャオに対して行った助言──前衛二人に気をつけろ、という言葉の意味はこれだったのか?

 唐突にシャオはストレージから短剣を引き出すと、カツラの首元に突きつける。あまりに突然のことに、カツラは不意を突かれて壁際へと追い込まれた。


「本当に何も知らんのだな?」


 カツラは沈黙のまま首肯する。ゲンジがシャオの狼藉に対して、猛烈な抗議をした。


「やめてくれ、シャオさん。おれとカツラは一先ず帰る。もしもジエンとミチオが偽物だったとしたら、本物のあいつらはどこにいったのか突き止めないといけない」


 ゲンジの判断は、集団の長として当然のことだろう。シャオもそれ以上は問おうとはしなかった。去っていく二人の姿を、おれとシャオ、ウィツィロは黙って見送った。

 残されたおれ達は、視線をかわす。


「行くべきだ。死体なら残されている。フレッシュゴーレムを壁にして進もう。正臣も前衛をやれるな?」


 豊かな黒髪を、シャオは一つに束ねて動きやすく縛った。彼女の言葉におれは頷く。ウィツィロもまた躊躇いなく同意した。


「どうにも、お姫様には刺激の強い遠足になってしまったようだな」


 ホブゴブリンは予備の槍をストレージから引き出しながら、皮肉な笑いをこぼす。

 善に寄った者たちは去った。二人の悪人は、力強く踏み出している。おれはその背を守るべく、手盾を取り出して左腕に締めた。


 赤犬鉱山は、まだ下層を残している。

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