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仕事を探そう05

 おれの名前はゲンジ──平野源次ひらのげんじ


 おれは今朝、学校を自主休校した。そして朝一番に駅前のドラッグストアへ行ってDOPE onlineのパッケージを購入した。

 類型が医薬品に属するだとかで、薬剤師から幾つか問診を受けた。だが本来なら20万円近いのが、保険適用で38000円になるならお安い御用だ。しかも一年間のプレイ権までついてるなら、これはマジで安い。旧世代型のヘッドギアVRを購入しようとしたら、本体だけでこれくらいの価格はするからな。


 ピルサイズのナノマシンを水と一緒に飲み降す。取り扱い説明書に書かれてるインフォモーフAIの導入に伴う諸注意ってのが気になった。飲んだあとだったのでしょうがないが、どうにも不安だったから、ドラッグストアの椅子に腰かけて待つことにした。


 薬剤師のおばちゃんが、品出しをやってる姿を眺めていると、不意に世界が欠けた。ぱりぱりとひび割れるそれに、おれは思わず絶叫していた。身体感覚がまるっきり別の何かに置き換わっていく。ふわふわと光の中を遊泳し、おれは漆黒のステージに降り立った。


 出迎えたのはやたらと愛嬌ある二足歩行の黒猫だ。今一つ、案内が不親切だが可愛いから許すぜ。


 おれは名前を入力する。Genji Yoshitune──おれは自分の平野って苗字が嫌だった。しかもなんでよりによって平の源氏なんだよ。ガキの頃から日本史を学ぶたびに「あー、源氏だったら良かったのに。」って思い続けてた。

 だから源氏だ。しかも一番かっこいい義経だ。種族は当然人間だ。亜人で義経ってのも違うしな。


 だが、性別は別だ。おれは女キャラでしか遊ばねえ。なにが悲しくておっさんのキャラで動き回らなきゃならねえんだ。ふぁっく。

 ホルモンバランス云々のアラートが提示されたが、特に気にせず、おれはYesと答えた。


 必要な情報を全て入力し終えると、おれの外見は、禿かむろ髪の幼女になっていた。何故だ、どうしてこうなった!?おれはクールビューティの源義経女体化バージョンでHimechanになるはずだったんだ。


 だが、おれの嘆きも虚しく、黒猫は淡々と話を進めていく。どうやら後ろがつかえているらしい。そりゃまあ、サービスイン初日だもんな。ログインサーバがパンクしてねえだけすげえよ、DOPE online──そしておれの視界は光に包まれた。



 §



 視界の先にあったのは、ありていに言って最悪だった。30人?50人?とにかく数えきれない人数のプレイヤーでごった返している。

 おれは幼女の体を踏みつぶされないように、注意深く人の隙間をすり抜けた。


 そこは木々に囲まれた広場のようだった。至る所に切り株があり、人々は疲れ切った表情でそれに腰かけている。十分な広さがあるにも関わらず、おれが現れた場所に人が固まっているのには理由があった。

 そこに看板が置かれていたからだ。だが、離れた位置からでは文字が読み取れない。


 おれは同じように人混みを離れているプレイヤーに尋ねる。


「あのお、あれって何が書いてあるんですかあ?わたし、背が届かなくってぇ。」


 こういうとき幼女は便利だ。鼻息の荒いおっさんは親切心を全開にして教えてくれた。書いてあったのはシンプルだった。


 ──西に廃屋と芋畑あります。


 それだけらしい。そして、それだけではなかった。西以外の三方位は無造作に伐採された木々が倒れ、何重にも重なって道を塞いでしまっているのだ。言うなれば天然のバリゲードのようなものだ。乗り越えようと思えば乗り越えられるかもしれない。

 しかし、その更に向こうに見えるものが、人々から気力を奪ってしまっていた。


「化け物がいるんだよ。」


 おっさんは一人じゃ危ないとか、色々言いながらおれについてきた。倒れ込んだ木々には枝葉がついたままだ。重なり合う緑の影に、それはいた。時折唸り声をあげながら、ゆっくりとバリゲードの周囲を徘徊する、桃色の肉塊。あまりにグロテスクな外見におれは言葉を失っていた。なによりもその化け物は手に鈍く輝く斧を握りしめているのだ。


「な、最初からこれ?」


 おっさんは、しきりに戻ろうと言ってくる。どうやら全ての方角に、この化け物が存在しているらしい。広場を囲むバリゲードは、もしかするとおれ達を守ってくれているのだろうか。


 おれは残された方角である、西へと進もうとする。だが、おっさんは一際真剣な声でそれを止めた。


「ダメなんだ。すでに角材握った連中が芋畑を独占して、近づいてくる奴を攻撃してるんだよ。危ないんだ。それで皆追い返されて、この広場に留まってるんだよ。」


 おれは言葉を失った。なんだこれ?MMO RPG?確かにおれが知ってるMMOにも理不尽なモンスターの配置や狩場の独占はあった。だが、こんな。


 こんなスタート地点──ありかよ?



 §



 森の状況は順調だった。すべてはシャオの描いた絵の通りに進んでいた。


「あー、配りだしたな。」


 パターン2-2に分岐した。手もとにはシャオから渡された作戦計画のフローが示されている。

 ゲーム開始から12時間が経過し、最初にログインしたプレイヤーの中には争いとストレスから、【空腹】の値が0に達するプレイヤーが出始めた。

 芋畑を独占したプレイヤー達は、他のプレイヤーからの要求に対して数少ない芋を配るという対応を見せ始めている。だが、どう考えても芋が新たに復活するまでの速度は追いつかないのだ。


 3時間前に独占組から2名のプレイヤーが水を求めて探索に出たのを最後に、スタート地点から動いているプレイヤーは一人もいない。ちなみにその2名は、ウィツィロがけしかけた愛猪マンソンに追われ、散り散りになったところをおれが背後からサイレントキルした。


 既に日没を迎え、暗闇の中で人々は震えている。囲い込まれたバリゲードの中は、すでに200人を越える人々を収容しているだろう。独占組は8人しかいない。2名はゲヘナから戻りチュートリアルを終えたものの、スタート地点に復帰した途端に空腹状態の半暴徒化した人々によって取り押さえられ、ボコボコに殴られ続けている。

 芋の分配という譲歩が行われた背景も、おそらくはこの2名を人質として交渉した結果ではないだろうか。


 おれは樹上からその様子を監視していた。バリゲード内の熱は沸騰寸前に高まっている。そして──人々の圧力が弾ける瞬間がやってきた。


 ゲヘナから帰って来た二人は、おれがアハトから受け取ったのと同じ、安物の剣を持っていたのだ。だが多勢に無勢で、その武器は取り上げられていた。廃屋に居座る独占組から死角になった位置に、その剣の行方を握る一団がいた。今まさに彼らが動いていく。


 言い争う声が聞こえてきた。怒声は次第に大きくなっていく。静かな森には不似合いなストレスと集団心理に支配された叫びだ。

 悲鳴が響いた。誰かが光の粒子へと還ったのをおれは見た。角材の折れる音、骨の凹む音。星と月の慎ましやかな光では、血に汚れた剣を照らし出すことは叶わない。

 怒号が衝突しあい、ある者は組みつき、ある者は獣のように噛みあった。行動しなかった者のうち【空腹】が0に達してHPを失って死ぬ者が出た。まだ余裕のある者たちも、恐怖と暗闇に怯えて動けずにいた。幾度も幾度もそれが繰り返された。


 しばらくして、おれは仕上げをした。

 気配を消して、静かに廃屋の内へと入る。狭い室内には4人の男女が震えている。誰も皆、傷を負っていた。すでに芋は広場の人々に奪われた後だったのだ。

 おれはストレージから人数分の槍を出した。一本200LCでNPCが販売する安物だ。だが、間合いの長い得物は恐怖心を和らげる。何より彼らには得たものを奪われたという怒りが満ちていた。それが己の過大な欲望によるものであったとしても、自らの所有を主張したものを奪われるのは、現代人の権利にとって許しがたいことだった。


 無言のまま、おれは廃屋を立ち去った。広場では独占組から奪い取った芋の分配で揉めていた。剣を持った二人の男が英雄の如く振る舞って、人々に芋を配り歩いている。だが200人以上いるプレイヤー全員に一粒の芋を配ってどうなる?しかも煮炊きをしていない生の芋を。弱った体に毒性が祟るかもしれないというのに。


 惨劇は、まだ始まったばかりだった。



 §



 サービス開始から20時間が経過した頃、地域にいたプレイヤー全員に魔導書がアラートを通知した。


 ──【地域の危険度が上昇しました。】

 ──【チュートリアルプレイヤーのリスタート地点を更新します。】


 すでに広場には30人程度のプレイヤーしか残っていなかった。状況を十分と見たシャオは松明を手に広場へと進んでいく。その背後をおれは守っている。


「こんばんは。皆さん。大変でしたね──。」


 白々しい演技である。だが極度のストレスに晒された人々からは判断力がこそげ落ちていた。シャオはストレージから温かな食事を取りだして配りだした。


「おれの、おれの!」


 芋と槍を握りしめた男が叫びながら殺到したが、おれはその男を素早く蹴り飛ばした。シャオはそれを冷然と見下ろしている。


「黙れ下衆め──お前のような下衆には相応しい罰がある。」


 シャオは微笑みながら罵倒する。そして自身もカフェオレを口にして『リジェネレーションⅡ』の効果を発動させながら、男に向かって『生命道士』の技能である『活性化』を立て続けに何度も何度もかけ続けたのだ。

 男の腕は初めこそ赤みを増して活性化していたが、やがてむくみはじめ、みるみる内に膨らんでいく。それは腕だけではない。男の四肢、首、胴にいたるまで、ぱんぱんに膨らんで、まるでゴムまりのようになってしまった。


「怖いか?お前は死ぬことすらできんぞ。舌を噛もうにも口腔も膨らみきっているであろう。」


 おれはシャオが男の相手をしている間に、似たような手合いを見繕っては殴りつけ、最初の男と合わせて5名の男どもをシャオの前に正座させた。決して最初に独占を企てた者ばかりではない。だがもはや実際に罪があるか否かは問題ではないのだ。


「お前らは亜人の村で奴隷として飼ってもらうことにする。それが嫌なら、この書類に同意しろ。内容をよく読んで同意するだけでいい。」


 シャオは無慈悲に宣告する。おれは異常活性によって目が潰れかけた男の耳元で、書類の内容を読み上げてやった。


「署名者は本契約書の作成者に対して、生涯獲得した生命通貨ライフカレンシーの三割を恒久的に譲渡する。また署名者は本契約書の作成者に対して、危害を加えることを放棄する。」


 おれは丁寧に生命通貨の概念を説明してやる。何度も理解したか?と怒鳴りつける。震えあがる男たちは、じわじわと膨らんで腫れ上がっていく己の体に恐怖する。そして怒鳴り声に怯えながら頷いた。確かに彼らは内容を理解して、契約に同意した。

 5人の男の前に並べられた契約書が、青白い光を帯び始める。


 契約書──『魔法書司』は魔法の効力を帯びたスクロールを作成する職位だ。高位の魔法書は事前に封じ込めておいた強大な魔法を、生命力の消費無しに使い捨てることができる。だが、この職位の有用性はそれだけではない。最初期から、取引の際に互いの約束を履行させる強制力を持った契約書を作ることができるのだ。これがなければDOPEにおいてプレイヤー間の直接取引を安心して行うことはできないと言われている。


「契約は結ばれた。安心しろ、内容は自動で履行される。特に気にせずとも普通にプレイしていればいい。お前たちの処分は、他の人々に任せる。それからもし死亡して新たなスタート地点にリスポウンしても東へは向かうな。アルクヘイムで我々を見かけても声をかけるな。」


 シャオは彼らの処遇を人々に委ねたが、膨らんだ肉塊は、広場に転がされたまま放置された。

 そのほかのプレイヤーに対して、シャオは慈母の如き笑顔を振りまき、食事を与え、災難であったことをともに悲しんだ。そして西に30キロ歩けばポータルがあると聞く、と教えた。


 朝を迎えると20人以上のプレイヤーが、十分な水と食料を手にして、西へと旅立った。彼らはシャオとおれに感謝の言葉を述べ続けていた。制裁を受けた者達はすでに餓死して消えていた。シャオの手には5枚の契約書が握られている。


「そういえば──ゲンジも始めるって言ってたっけ?」


 おれは思い出したように呟くのだった。

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