第三話 名はギーア
さて、まずは自己紹介から、と言う事で猫耳の女性が胸を張りながら言う。
「にゃーは隠し猫のミラにゃ!」
緑色の肩まである髪、猫耳。緑と白のしましま尻尾で眼の色は薄紅色。
背丈は僕と変わらなくて、体型はそれこそ猫の様にスレンダー。
服はなんて言えばいいのか。少なくとも人間が作れる物じゃなく、幻想的な雰囲気を出している。
恐らく、幻界特有の服装だ。見た目だけで言うのなら人界の羽衣という服装に似ている。
その服の色も基本的に緑色で所々に白や赤が混ざっている程度で、ミラさんは全体的に緑色で統一されている。
「俺はリキだ。傭兵まがいの事をしている」
ツンツンと尖っているように見える短い赤髪で、眼の色は水色。
僕よりも頭一つ分ぐらいは背が高く、鍛えていると思われる筋肉のせいもあってかなり大きく見える。
しかし、人間の大人と言っても全然通じる程度だ。他の世界の住人には見えないというのもあるけど。
服装は灰色のTシャツに黒い長ズボン、と一般市民の平均的な格好している。
一応言っておくと、僕の常識の中での一般市民であって、実際はどうなのかは分からない。
この部屋にも窓はあるけど、外の人通りはあまり無いようで参考にはならないし。
「僕の番、と言いたい所なのですが・・・」
流れ的に僕が紹介するべきなのだろうけど、生憎と紹介できる事は一切無かった。
外見だけ説明すると、前髪が目に当たるかどうかぐらいで後ろは短めだと思う。
色は銀色。目の色は・・・見えないので置いとこう。
体型に関しては見た感じだと、大体12,3歳ぐらいの男の子と同じぐらいかな。
服はよく分からないけど白い服を着ている。ズボンがなく、胴が長いシャツを着ている感じだ。
血だらけで見つかったと言っていたのだし、これを僕が着ていたというのは考えにくいから、
ここで着せられた物かな。
他に説明する事は無いと思う。
「まぁ、そうだよな。しかし名前が無いと不便だよなぁ」
「にゃ~が言うのもにゃんだけど、思い出せにゃい間だけの仮の名前とか作ったらどうにゃ?
こう、パッと浮かんだのが良い感じにゃ!」
「それもいいかもしれんな。なに、一種の愛称を作るとでも考えて気楽にするといい。
愛称を自分で考えるなんて変な感じはするだろうがな」
愛称はその人の個性や特徴を元につけてるモノだったかな。
個性は置いといて特徴から考えてみよう。
安易な感じではあるけど、やはり髪色と目の色から付けるのが一番良いかもしれない。
・・・自分で言うのも変だけど、僕はどこかおかしいのかもしれない。
仮とはいえ名前を付けるのに一切の葛藤が無い。
もっと言ってしまえば、記憶を無くしたというのに僕はとても冷静に落ち着いている。
・・・今はまだ、深く考えない方が良いのかもしれない。
お二人を待たせてしまっているのだから。
「僕の目の色って何色でしょうか?」
「赤色だ。深紅と言い変えた方が良いかもしれんがな。
俺の髪と違って言っちゃ悪いが暗く見えるしな」
「銀髪赤目は相当珍しいと思うにゃ。にゃーは初めて見たにゃ!」
銀髪赤目。珍しいかどうかは分からないけど、目立つだろうなとは思う。
取り敢えず今は名前だ。複雑じゃなくて単純なので大丈夫かな。
ギンとアカ。頭2つ繋げてギア、というのは少し単純過ぎるから・・・
「決めました。僕は今からギーアと名乗ることにします」
「おぉ。じゃあ改めてよろしくなギーア」
「よろしくにゃ!」
ミラさんとリキさんは笑顔で僕を見ている。
ギーア。いつまでかは分からないけど、暫くはこれが僕の名前だ。
「さて、自己紹介も終わった事だ。立ち話も何だし、俺らの家に行くか」
「そうだにゃ。今日の仕事はもう終わってるし、ギーアと親交を深めるにゃ!」
そう言って部屋から出てしまった。
あれ、僕も出ていっても良いのかな。
怪我人だし、勝手に出歩いても良いのか判断が難しい。
でもお二人の口ぶりだと付いて来い、と言ってるように聞こえた。
それに、もし駄目ならあの白衣のお爺さんが止めるかな。
そう決めて、僕も二人の後に続いて部屋を出た。
結果的には特に何の問題も無かった。
リキさんとミラさんがお爺さんに小言を言われてそのまま終わりだった。
モロ爺さんとお二人には呼ばれていたので、多分お爺さんの名前はモロさんなのだろう。
少しキツめにモロさんは言っていたけど、どこか呆れた目をしていたからきっといつもの事だと思えた。
その行動に救われた身としては何とも言えないので、黙って聞いていた。
最後に、モロさんは僕を見て一言。
「大丈夫じゃと思うが、何かあったらここに来るといい。こいつらの金で診察してあげよう」
その言葉にリキさんは言い返していたけど、その光景を見て僕は笑っていた。
そんな事があって、今はお二人の家に向かいながら色々と教えてもらっていた。
まず、ここは「幻都ノスタルジア」の町外れだと言う。
ここの住人は町外れと呼んでいるけど、実際にはノスタルジアから少し離れた所にある小さな町らしい。
ノスタルジアからは貧困街とも言われるここは、ノスタルジアでの生活を追われた者達が過ごしている。
何かに巻き込まれた人や、騙されて全財産を失った人、罪を犯した人も。
他にも色々な人がこの町外れには居るとのこと。
とは言っても、追われた者同士で仲良く助け合っているので問題は無いらしい。
幸い、ここは元幻界領地。
近くには自然豊かな森がありそこから恵みを貰って何とかなっているからだそうだ。
ここでミラさんは一旦話を止める。
「本当は裏があるけどにゃ。まぁ、ここで話すのは不味いにゃ」
町外れといっても、中々に人通りは多い。
それ程に生活が苦しい人が生まれているのかと思うと、ノスタルジアの中心はどうなっているのか気になってくる。
それはともかく、あまり人には聞かれたくない話のようだった。
その話を僕に話すのは良いのか、という質問は飲み込んで話を聞いての感想を答えることにした。
「それにしてもここは、僕が知っている町外れとは雰囲気が違いますね。
露店は沢山並んでいますし、診療所や薬屋も小規模ですがありますし、人通りも多い。
外見が少しボロく、古臭いのを除けば街といっても誰も疑わないでしょう」
「・・・今の帝国は過激すぎるからな。それが嫌で逃げてきてる奴らも多い。
ここならあまり帝国も干渉してこないからな」
「帝国、ですか」
この世界に帝国と呼ばれるのは1つしかない。
「ヴァギアス帝国」
「帝都シュプルム」を中心に人界全土を支配している国だ。
人間至上主義を抱え、三世界の住人を滅ぼす事を目的としている。
あの人界統一を成し遂げた実力もあり、その力はこの世界において最強なのは間違いない。
苛烈過ぎるその主義は、時として同族、同じ人間でも争うことがあった。
サードと友好的に付き合おうとする人間を、帝国は人間と認めなかったから。
争い、なんて言っているけど実際はただの蹂躙だったらしい。
同じ人間とはいえ、どっちが多数で少数かは誰もが分かる事で、結果もまた誰もが予想できた事だけど。
そして数少ない生き残りは人界から逃れ、力を蓄えている。というの噂も流れているそう。
何にせよ、帝国は主義に合わない人にとってはとても生き辛い。
だからこうして町外れというのが生まれる。
ノスタルジアも帝都程ではないにしろ、サードに排他的なのは街ならばどこも同じなのだから。
勿論、そんな帝国が町外れなんて存在認めるわけないので、必ずしも安全ではないのだけど。
嫌な予想が頭をちらついて、思わず立ち止まってしまった。
「帝国に見つかってしまったらミラさんは・・・」
「にゃはは。心配ご無用にゃ。なんたってにゃーは隠し猫にゃ!
隠し隠れる事に関してはエキスパートってやつにゃ!」
僕の不安を打ち消すように明るい声でミラさんは言う。
隠し猫というのは知らないけど、幻獣特有の「ザ・スター」でも使うのだろうか。
ミラさんの「ザ・スター」がどんな効果か知らないけど、ミラさんの自信とリキさんも頷いている事から強力なのだろう。
「ま、子供が気にする事じゃねぇ。お前の無事は俺たちが保証してやるさ」
リキさんが笑いながら僕の頭をわしわしと撫で、力が強いので頭ごと揺らされてしまう。
その笑顔は僕をとても安心させてくれた。
安心。そうか、僕は不安を感じていたのか。
僕自身気付いていなかったけれど、この状況は普通に考えれば冷静にはいられない。
記憶喪失。
原因は分からないし、血塗れだったというのも気になるし、他にも不明な事は多い。
だけどまぁ。実際の年齢は不明にしろ、今の僕は見た目で判断すると子供だ。
子供なら子供らしく甘えてみるのも悪くない、のかな?
・・・・もしかして僕は撫でられるのが好きなのだろうか。さっきの事もあるし、あり得るかもしれない。
むぅ、気を付けなければ。
リキさんは撫で終えるともう少しで着くと言って、僕の背中を押した。
これが父性というものなのかと思い、僕はまた歩き始めた。