一章「時子入水」
これは室町中期に成立したと伝えられる『おぎじまる物語』一章『時子入水』を現代語訳したものである。
おぎじまる物語は禁断の物語と言われ各地に飛散したとといわれているが、平成二六年夏の発掘調査でその一部が香川県高松市女木町の窟から発見された。
一章、「時子入水」
この男はどこまで強大になって行くのだろう。
義朝との乱を収め、正三位になり、この厳島神社参詣から帰らば、この男はこの国の全てを掌握する男となっている。
妻として、これ以上に誇らしいものはないはずなのに、なぜだろう…心に隙間があるのは…
この男に出会った時の言葉を覚えている
「武家の生まれでも武家のままで、公家と対等に生きられる世を目指している」
公家の娘である私の前で、おかしなことを言う人だと感じながらも、その純粋な言葉に惹かれた。
公家と武家の結婚など、賛成されるはずなかったが、それを許した父には感謝している。
この男の今の姿を見れば、父の決断に報いることができた。何も不満はないはずなのに
自分で自分がわからない。欲しいものは手にいれたはずなのに、この男についていけば何も脅かされることなどないのに
この参詣から京に帰ったとき私はどうなるのだろう
外に出て海を見た
緑色の海に京が見えた。私の帰りたい京はそこにある気がした。
船の上からそっと消えた
目が覚めた。どこかの窟に横たわっていた
「いらぬ世話かもしれませんが、船から海に入られたあなたを見て助けさせてもらいました。」
声の主を見た、頭上に角が見えた
「私の名はジイ。世の人は『鬼』と呼ぶ存在。ここは鬼だけが住む島」
声の主は続けた
「鬼についての話は幾度もきいたことはあろうが、鬼を見たのは初めてであろう。鬼はこの島でしか生きていけないのだから…
「今、世は憎しみ、恨みが満ち溢れておる。それは毒気となり鬼を狂わせる。今、鬼が住める場所はこの島を除いてはありません。」
「鬼の生まれでも鬼のままで、人と対等に生きられる世を目指している」