序章『オヌ』
これは室町中期に成立したと伝えられる『おぎじまる物語』の序章『オヌ』を現代語訳したものである。
おぎじまる物語は禁断の物語と言われ各地に飛散したとといわれているが、平成二六年夏の発掘調査で香川県高松市鬼無町の山中で発見された。
序章 『オヌ』
我が国が狩猟や採集で生きていた時代に オヌという一族がこの村の外れに住んでいたといわれる。
オヌは強靭な肉体を持ち、獣を素手で捕え、腕一本で木を倒し、山の岩盤も砕く腕を持っていたといわれる。しかし、オヌは争いを好まず、狩りで獲れた獲物は村の者へ分け与え、村の者に対して威圧的に振る舞いを行うことはなかった。
村人はオヌを神と崇め、オヌに対して村の近隣で採れた小石をオヌに礼として納めていた。オヌは納められたサヌを紐で結び首に掛けていたという。オヌが歩くたびにサヌが揺れぶつかり、カンカンという音を立てていたという。
そのサヌの音が聞こえるたびに村人はオヌが村に帰ってきたことを喜び、こぞってオヌの元に駆け寄ったという。
月日は流れ、大陸より稲作の技術が持ち込まれた。
オヌは村の者が狩猟に出かけずとも、食べ物を得られるよう稲作を奨め、村に田を開拓した。その秋、田には米が実った。
村人は、喜びとれた米をオヌ一族に納めたという。
その翌年は前年の倍の米がとれ、それ以降毎年安定して収穫できるようになった。最初はオヌに感謝し米を納めていた村人もやがて自分たちだけで米が採れるようになると、オヌに米を納めるのが面倒になり、五年も経ったころにはほとんどの者がオヌに米を納めるのをやめてしまった。
稲作を村で始めて十年が過ぎた頃。
オヌが『しばらく山に籠る』と言って村から離れた。
そして、オヌが村に居ない間に田の開墾に失敗した他の村から襲撃を受けた。
米は持ち去られ、村人が何人も惨殺された。
「オヌが米作など持ち込んだから村が襲われるようになった」
「オヌは、自分で米も作らんくせにわしらが作った米を差し出さないかんのな。おかしな話や」
「わしらが米をオヌに納めんようになったので、オヌが村を襲撃させたんじゃ」
村人はオヌに憎しみを抱くようになった。本当にオヌが村を襲わせたかどうかはわからない。ただ、どこかに恨みと憎しみをぶつける場所が欲しかっただけかもしれない。
オヌはそんな一族ではないと内心では思っている者もいたかもしれないが、反対するものは出てこなかった。
村人の『恨み』『憎しみ』の感情が、毒気となり村を満たしていった。
数日後、オヌが村に帰ってきた。
村の者はオヌにオヌに作ってもらった農機を武器にして詰め寄った。
「この苦しみ、怒り、死を持って購え」
オヌには何のことか分からなかった。
ただ、村人の激しい怒りと憎しみがその場に渦巻いていた。
「死ね」
村人の一人が農具を振り上げた時。
オヌ、自我が失った。
オヌに自我が戻った時、村人は殲滅していたという。
「憎しみ、怒り…この毒気がある場所で一族は生きてはいけない…」
オヌの手からカンカンと悲しい音が響いた。
それはサヌで作った楽器であった。
この事件以降、村で角を蓄えたオヌ一族の姿を見る者はなかったという。。