チャンス
様子のおかしくなったミナにお礼を言って、俺達は五時間目の授業の用意をするため自分の席に戻っていった。
五時間目は世界史をやったが、全く頭に入ってこなかった。
まぁ、俺が馬鹿ってこともあるんだけども。凛のことを考えちまってなぁ……。
どうしたら仲良しになれるのか、どうしたら近づけるのかとばかり考えてしまう。お陰で先生に当てられた時にはヤバかった。
まぁ、テスト前に勉強すれば頭に入ってくるだろう、と楽な道に逃げ、トイレに行くために廊下へ出た。
休み時間のせいもあって、かなり人が歩いていて騒がしい。
トイレはA、B、C、D組を過ぎた所にある。
時間的に余裕があったので俺はゆっくりマイペースに済ませ、ついでに他クラスの教室の様子を見る為歩きながら教室を覗く。
結構先生によって教室の掲示物の配置とか、置いてる物とかが違くて面白いんだよな。
ふと前を見ると、なんと前に凛のグループが廊下いっぱいに広がって歩いていた。教科書や筆箱を抱いているところを見ると、授業の帰りか移動の最中なのだろう。
話しかけようと思えば出来る。だが、周りに女子がいて、更に凛は男性恐怖症とのことだ。
……まぁ、恐怖症っていってもそんな大袈裟なものじゃないだろ。
まず、そんな病気あるのか? (れっきりとした恐怖症です)
まぁどんくらいなのかは話してみたりしないと分からないし、まずは話してみなくちゃなぁ。
……とは、言っても。
俺の前を歩く彼女達は楽しそうに笑い合って喋っている。
さっき俺に声をかけてきたポニーテールの女子だって、俺に投げ掛けたあの冷ややかな視線はどこへやら。
いくら俺でも、この中に割り込むことができるほどひどい奴ではない。この間にもB組までの距離は縮まるばかり。
くそ……っ!
悔しげに足元の廊下を睨みつけた時。
薄紫色のハンカチが、ひらりと廊下に舞った。
俺はすっとハンカチを拾った。心臓が期待でドクン、ドクンと規則正しい音をたてる。
それを隠す様に笑顔で彼女達に声をかける。
落とし物なのだから、今声をかけたら『いい人』認識されるという一石二鳥。俺には良い事しかない。
「ハンカチ、落としたよ?」
え、と彼女達が振り向く中、凛はさっきまでの笑顔が嘘のように強張った顔。
凛以外の女子4人が顔を見合わせ、
「あたしのじゃなーい」
「うちもうちも」
などと言っていた。
ってことは――――――――!
「凛ちゃんじゃない?」
タレ目の女子が凛に声けた。
だけど、凛は顔を強張らせたまま立ち尽くしている。
よく見れば顔が青くなっていて、微かに足が震えていた。
男性恐怖症って、これほど……。俺が前に立ってるだけじゃねーか。それ、だけで……。
でも、男を怖がる凛には悪いけど、せめて一回くらいは喋ってみたい。ごめん、凛。
俺は今までで一番のスマイルを浮かべながら、凛にハンカチを差し出した。
「はい」
「…………」
なかなか受け取ってもらえなかった。
さっきよりも顔が青いし、震えが大きくなっている。受け取ることに悩んでいるのだろう。
早く行かなきゃ授業に遅れちゃう、とショートヘアの女子が呟くと、ポニーテールの女子が心配そうに俯いた凛の顔を伺う。
「凛? 大丈夫?」
こくり、と重く頷く。
凛はゆっくりと息を吐き、俺の顔を一瞬見てすぐに逸らす。
「……あ……ありが、とぅ……」
凛は目をぎゅっ、と瞑り、躊躇いながらもハンカチを受け取ろうとしたが、
「あぅ……。さ、先行ってるっ!」
くるっと後ろを向き、走り去ってしまった。とても速い足だった。
でも、今のが彼女にとっての精一杯のお礼だったのだろう。
「あ、凛ちゃん!」
彼女達はどうすればいいのかとオロオロしていたが、やがて俺にごめんね、と謝ってから凛の後を追った。けれどただ一人、ポニーテールの女子が俺を静かな瞳で見つめて残っていた。
「……どうした、行かないのか?」
俺が尋ねるのには答えずに、彼女はゆっくりとピンク色の唇を開いた。
「今ので分かったでしょ? 凛は朝倉みたいなタイプが一番嫌いなの。さっさと諦めて」
な、何だと……!? 俺みたいなタイプが一番嫌い!?
俺はなぜか言葉を発しなくてはと思い、咄嗟に叫んだ。
「俺はっ……!」
だが彼女は俺の言葉を聞く気など微塵も無いようで、すぐに別れを告げた。
「じゃあ」
相変わらず俺に冷ややかな視線を送り、小走りでポニーテールを揺らしながら廊下の角に消えていった。
胸も微かに揺れていたが、今はそんなことなんかどうでもよかった。
高校ってよく分かんないです……。
校舎とかどうなってんだー!
高校行きたい。
感想orアドバイスお待ちしてます