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ep09「そういう話、ダメなんだ」

死にたいと思った時期がある。


## 夜、男1の部屋。


教科書とは別の、遊び用端末で動画を見ていた。

すると電話にメッセージが入った。

女1【あのさ、私と…あのさ、男1と私の関係を一言でいうと、何?】

俺は返答に困った。

中学時代の同級生。振った女と、振られた男。ぶざまだ。

そんなふうに答えるのが嫌だったので、

俺【部活の仲間。】

女1【いやいや、私はロボット部じゃないよ。】

数分の沈黙のあと、再びメッセージが来た。

女1【私がこっちで、他の…人と、仲良くなったら、どう思う?】

質問の意図がわからない。マイコン部は仲良くないのだろうか。

俺【そりゃ福島にも友達ができたほうがいいだろう。】

送信。

女1【ああ、うん…そうだね。】


挿絵(By みてみん)


## 11月上旬。秋深まる。

## 部室。

女Dさんは黙々と作業している。

机の上には、5軸ロボットアームを搭載した無限軌道車両が置かれている。机の上には消しゴムも置かれている。

女Dさんは教科書の画面を触って、アームを操作した。

アームが消しゴムに向かって伸びたが、あと少しのところで、おかしな角度に回転して、消しゴムを拾えなかった。

女D「…こんなところです。」

女2「なるほど、あと少しだね。」

女2さんは女Dさんの髪を撫でたあと、俺のほうを向いた。

女2「ヘリはどう? 順調かな?」

俺「まあ順調です。女1のおかげで。」

女2「よかった。あとは男Dくんだけど…最近、来てないよね。」

俺「だね、先週は一度も来なかった。」

女2「うーん…じゃあ男1くん、ちょっとお願い。「なんかメカのことで質問ない?」とか男Dくんにメッセージ出してみて。」


それぞれ作業に戻った。

俺は部室の隅で電話を操作し、男Dにメッセージを送る。

俺【なんかメカのことで質問ない?】

2分後、返事が来た。

男D【実はやばいんだ。】

俺【なんだ、詰まってるのか?】

男D【パソコン部、冬の大会用の開発が大変でな…ちょっとロボカーに手が回ってない。】

俺【どのくらいまで作った?】

男Dはファイルの場所を示した。俺はそこを見る。

俺【なんてこった…ほとんど手をつけてないのか…】

男D【すまん…良い顔しようとして、なかなか言い出せなかった。】

俺【悪い知らせほど早くしろって言うだろ。まあ無いものは仕方ない。何とか手を考えなきゃな。】

男D【本当にすまない。】

俺【…よし。手がある。明日、必ず部室に来い。一緒に女2さんと話をしよう。】


## 翌日、部室。

## 男1と男Dが揃って、女2に向き合っている。


女2「…そっか…まあ、男Dくんのメインはパソコン部だし…」

男D「反省してます。もっと早く知らせるべきでした。」

女2「うん、それはいいから、これからどうするか…」

さすがの女2さんでも、狼狽と落胆の色は隠せない。細い指先が落ち着きなく動いている。

女2「探索モードのAIは私が作ってるけど、それを載せる車がないんじゃ…」

そこで俺が前に出た。

俺「俺がロボカー作ります。」

女2「え、大丈夫? ヘリは?」

俺「それは女1のおかげで、ほぼOK。2次元操縦だから、ロボカーの探索モードAIをヘリに載せることだってできるかもしれない、画像処理は変更するけど。それで、俺に余裕があるから、俺がロボカー作るよ。」


## 帰りの電車。


女2「男Dくんのこと、どうしたらいいんだろ…。」

俺は女2さんを助けたい。


男Eさんが電車から降りた後、俺は女2さんに言う。

俺「まあ人には得意・不得意があるもんで、男Dはメカが苦手だった。そこから逃げるように、パソコン部の製作に没頭した。そんなとこでしょ。」

女2「私が勝手に配置決めたのが悪いのかな?」

俺「や、それは大丈夫。俺と女1は、これで良かったと思ってる。男Dだって最後まで頑張ったんだよ。ただ苦手だっただけで。あいつも、女2さんに良いところ見せたかったって言ってたし。」

女2「庇ってくれるの? 生意気な後輩だね!」

そう言って女2さんは、俺の頭を片腕で脇に抱え込み、細い指で俺の頭皮をぐりぐりと掴んだ。

女2さんの体は、焼きたてのパンのような香りだった。


## 別の日。

## 教室。保健の授業。

## 保健は体育から独立した科目となった。国民総介護士を目指して、範囲は広い。栄養、病気・怪我、救急救命処置、性教育、成長・老化、介護、などなど。


保健の先生は中年の女性だ。

先生「今日はお待ちかね、避妊の話です。」

生徒たちがざわつく。

先生「この話題、本当は夏休み前にやるべきなんです。まあクリスマスには間に合いますが…もしかすると、一部の人は「手遅れ」かもしれません。」

教室がどんよりとした空気になる。

先生は段ボールから いくつかの道具を取り出して教卓に置いた。

道具は、霧吹き、小型の電気ストーブ、そして…

先生「男子のみんなは、この模型が何か、わかりますね?」

男子たちは困ったような顔をして、自分の股間に視線を落とした。

先生「そう、男性の体のその部分です。ご覧のような形をしています。女子のみなさんも、いざというときに困らないよう、目を逸らさずに見てください。」

女子たちの口から、嫌悪とも好奇心ともつかない声が漏れる。

先生「実際には皮脂と水分で反応するんですが、これは模型ですから、こうします。」

先生は霧吹きで模型に水を吹き付けた。

次に小さな包を持ち上げて、

先生「これが避妊具です。見えますか? こうやって封を開けます。この粉を皮膚に塗ります。色がついているので、塗り残しがわかりますね。特に、ご覧のように、裏側のスジのあたり、塗り残さないよう注意してください。」

先生は模型の向きを変えながら粉を塗った。

先生「すると皮脂・水分・体温で反応します。ここでは体温のかわりにストーブを使います。」

電気ストーブで30秒ほど温めると、粉は溶けて透明になった。

先生「ご覧のように、ぴったりとフィットします。きわめて薄くて丈夫な膜ができています。ご覧のように、光の当たり方によって、虹のような色が見えたりします。」

よく見るとシャボン玉のような構造色が見えたが、形がアレなので、まったくキレイとは思えなかった。


奇妙な緊張感があった保健の授業のあと、男Cがやって来た。

男C「いやはや、嫌な汗をかいた。」

俺「まったく。」

男C「そーいや、どこかの高校で、女子トイレに妊娠検査機能を搭載したって話があったな。」

俺「石川県だっけ?」

男C「それで問題になって、男子トイレにも糖尿病のセンサをつけて一件落着という。」

俺「してない、それ一件落着してない。」

こんな流れなのに、無謀にも男Cは女Cに声をかけた。

男C「うちの学校の女子トイレには、妊娠検査機能ないの?」

女C「…ないよ。」

女C'「保健室に行けば調べられるからな!」

男C「あ、そう…ところで、その本は?」

女C「女子高生が妊娠・中絶する話。中絶。」

女C'「実に安全・簡単に胎児を殺せるもんだな! 抗がん剤とDDSの応用技術だとさ!」

男C「なんだかな…」

女C「主人公、自分に自信がなくて、それで…男の人から」

女C'「体を」

女C「求められることで、自分の価値を確認してるみたい。」

女C'「だから、彼氏ですらない男とヤりまくってんだ!」


## 部室。冬の気配。指先がかじかむくらいの気温。


俺「ひァっ!?」

作業中に突然、冷たくて湿ったものが首筋に触れたので、変な声が出てしまった。

慌ててその冷たいものを取り除こうと首筋に手をやった。

女2「あ、驚いた? ごめんね。」

冷たいものは、女2さんの手だった。

つまり、俺の手は女2さんの手を掴んでいた。

俺「なに…なにやってんすか。」

女2「いやさ、手を洗ってきたら冷たくてね、ちょっと頚動脈で温めてもらおうと。…うん、まあ、これでも温まるから、いいけどね。」

そう指摘されて、名残惜しいが、俺は握っていた手を離した。


部室が椅子ひとつ分くらい広くなった気がする。

男Eさんが部室に入ってきた。女2さんが迎えて

女2「ごめんね部長、こんな雑用やらせちゃって。」

男E「気にするな。そりゃ気まずいもんな。」

そのやりとりが気になって、

俺「部室、少し片付きました?」

男E「ああ、幽霊部員の私物を強制送還したんだ。」

嫌な予感がした。男Dのことか?

俺「…雑用なら俺がやるのに。」

男E「知らない2年生のところに荷物を届けるのは気が引けるだろ?」

女2「男1くんが入る前の問題だからね、これは。」

安心した。2年生ってことは、男Dのことではない。


部活が終わり、学校から横浜駅へ歩く途中、

男E「オレはちょっと寄り道してく。新しい靴を買わないとな。」

俺「あれ? 男Eさんの駅、靴が安い店ありますよね? そこじゃなくて?」

男E「その店じゃダメなんだ。横浜なら、足専用の精密3Dスキャナがあって、しかもモーションキャプチャできる店がある。」

俺「キャプチャっすか。あのベルトコンベヤみたいなやつの上を歩いて測定するやつ?」

男E「ふつうはそうだが、今日行く店は、どの方向にも自由に歩ける測定器がある。」

俺「なんと? どうなってんです、その機械。」

男E「畳半分くらいの板で、その上を歩くんだ。板には小さな突起が並んでいる。詳しいことはオレにもわからない。」


男Eさんが寄り道なので、今日は俺と女2さんの2人で電車に乗る。

席が空いたので、並んで座る。

やがて女2さんは居眠りした。

電車が揺れ、女2さんが俺にもたれかかってくる。

女2さんのみずみずしい髪が俺の鼻をくすぐる。

かすかに甘い香りがする。


抱き締めたい。


このまま電車が動かなければいいのに。


女2さん家の最寄り駅に着いた。俺は渋々、女2さんを起こす。女2さんは慌てて立ち上がり、寝ぼけたまま電車を降りる。降りた女2さんが目を覚まし、ホームから手を振る。ドアが閉まる。

脳内に広がる感覚。

「甘酸っぱい」と表現される理由がわかった。


## 数日後。教室。

## 男Cと男1が話している。


俺と話したあと、男Cは女Cに声をかけた。

男C「その本も恋愛小説?」

女C「うん…恋多き女の話。」

女C'「股と頭のユルい女が、いろんな男にヤられるって話だ!」

男C「ああ、そう…」

男Cの顔に後悔の表情が浮かんだ。

女C「主人公は高校のときに最初の彼氏と…したっていうのは、たった3行で流されて。」

女C'「その場のノリで、なんとなくヤったんだ!」

男C「うん…」

女C「そのあといろんな男性と付き合って…俳優、芸術家、霊能者、詩人、歌手。最終的には大手商社の社員。それで…全体を通して言えるのは、女は、男の「最後の人」になりたいって。そのかわり…」

女C'「女にとって「最初の男」なんて、どーでもいいってことだ!」

ここで男Cは逆襲に出た。

男C「ふーん、じゃあ女Cさんの最初の男がオレだったら?」

女C「…。」

女C'「パンツ下げ! ケツ出せ! 油でもリンスでもいい、何か滑るものを持って来い! ケツの穴でミルクを飲むまでブチ抜いてやる!」

男C「…悪かった。許してください。」

返り討ちにされた。


## 部活のあと、帰りの電車。

## 男1、女2、男E が並んで、電子教科書を見て談笑している。


女2「…だからA班は「y = sin x はずっと増加する」、B班は「y = sin x はずっと減少する」っていう、まったく逆の主張ができちゃうわけよ、この文系の実習。」

俺「ははは、なんだそりゃ。」

男E「いやー、油断ならんぞ。ニュースとかで言ってることも実は…」


## 夜。男1の部屋。


復習の合間にメッセージをやりとりする。

女1【あのさ、次の日曜、なんだけど…】

切りがいいところまで問題を解いてから答える。

俺【何かあるのか?】

女1【やっぱいいや。なんでもない。】

さらに数分すると、

女1【私が他の人と、で…出かけたら、気になる?】

俺【部活の先輩?】

この前も、マイコン部の金髪美女先輩と出かけたと言ってたが。

女1【まあ、部活関係なのは確かだけど…】

俺【別に気にならないが?】


## 2070年 11月 7日 (金)。教室。


男C「女って信用ならねえ!」

俺「なんでぇ薮から棒に。」

男C「ちょっといいなって思った女子がいて…俺は振られたけどな…その子に彼氏ができたんだが、どうやら、次々に彼氏を乗り換えてるみたいなんだ。」

俺「よかったじゃないか、そんな女に引っかからなくて。」


## 部室。


シミュレータに俺が設計したロボカーを入れ、女2さんのAIで動かした。俺と女2さんは肩を並べて、親密に、開発計画を話し合った。


## 帰りの電車。

## 男Eが降りたあと。男1と女2。


決心した。今度こそ。


俺「女2さんは…女2さん、彼氏って、いるの?」

女2「…ばーちゃん世代の人って、どうして飲み物のボトルのことを「ペットボトル」って言うんだろうね。」

聞こえなかったのかな。

俺「なんか昔は、バイオプラスチックじゃなくて、PET(ペット)、ポリエチレンなんとかって樹脂が使われてた、とか。」

女2「へー、昔の材料のことだったんだ。」

今日の俺の決心は、こんなことには負けない。さっきより少し大きな声で、

俺「女2さん! 彼氏、いるんですか?」

電車が駅に着く。女2さんが黙って電車を降りる。俺は女2さんを追いかけて降りる。

電車が去った。

駅のホーム。

女2さんが溜め息をつき、肩を落とす。

女2「…はぁ…しょうがないね…」

その様子を見て、すでに俺の脳内に涙雨が降り始めていた。

女2「嘘は言わないよ…彼氏はいない…好きな人もいない。」

脳内の涙を振り切って、俺は必死で続ける。

俺「じゃあ、もし……ら、俺と…」

女2「待った!!」

大声で制止された。

女2「ごめん、そういう話、ダメなんだ。無理。」

女2さんは拒絶するように手を突き出し、首を振った。

女2「だから部活でもどこでも、その…彼氏とか…そういう話、しないで。あ、でも誤解しないでね、男1くんが…」

混乱して声が聞こえなくなった。これは断られたってことだよな? 彼氏はいない、想い人もいない、でも俺とは付き合えない? そこまで俺は嫌われてたのか?

女2「…まだから。じゃあまた、月曜、部室で!」

女2さんは足早に改札を抜けて、去った。


## 男1が駅に立ち尽くす。

## 放送「1番線、電車が通過します。」

## CFRP製の電車が時速150kmで通過する。


## 夜、男1の部屋。

## 男1は寝転がって唸り、頻繁に寝返りしている。


俺は悩んだ。

なぜ? 何が悪かった? 女2さんは、俺の手を握ったり、肩を抱いたり、抱きついたり…嫌そうには見えなかった。…でもよく考えたら、俺以外にも同様に接触していた気がする。女2さんは誰にでもあんな感じで接する人だったんだ。勘違いした俺がバカだった。

俺はバカだ。


悩んでいても、自分で自分を傷つけるだけだ。

何か別のことで脳を一杯にして、悩みが静まるのを待ったほうがいい。

では何にする? 運動部だったら猛練習で肉体を酷使すればいいが…

自転車だ。

例えば…自転車を担いで電車に乗り、できるだけ遠くの駅で降りる。そこから自転車で走って帰ってくる。このミッションに集中しよう。

計画を立てる。日曜の夜までに帰還。土曜の昼は横浜でカレー。一日の走行距離は 100kmと想定するが、土曜は半日と考えて、自宅から約150kmの地点をスタートにする。すると候補地は…


## 翌日、土曜日。


自転車で横浜まで出て、昼より前にカレー屋に着いた。

俺「生、チーズのせ、大盛り。…辛口10倍。」

想像を越えるサイズのカレーが届いた。

辛い。旨い。熱い。痛い。辛い、そして辛い。


膨らんだ胃袋を支えて、よろよろと横浜駅に行く。自転車を畳んでカバーをかけ、肩に担ぐ。改札を通り、エレベータでホームに上がる。電車に乗る。

横浜から八王子へ。景色に緑が増えてくる。

八王子、高尾、そこから山と畑の中を延々と2時間。

八ヶ岳の麓、長野県と山梨県の県境、山あいの田舎の駅で降りた。木製の駅舎。駅前には2台の無人タクシー、人の気配のない個人商店。


民家と畑の間を下って、国道20号に出た。左右を山に挟まれ、川が削った地形に水田…乾いている…が続く。緩い下り坂。夕暮れ、田園、カラスの鳴き声。これを日本人の原風景と言う人もいるだろう。俺にとっては横浜が原風景で、ここは異国だ。

韮崎まで来ると、右手は河原の草むら、左手は低い住宅地という風景になる。竜王は神奈川県西部と似たような町並み、もはや田園ではない。

完全に日没する頃、甲府市街に着いた。都市だ。3階建て以上のビルが増える。ふらりと道をそれて甲府駅に寄り、自転車を銅像の前に立てかけ、記念撮影した。駐輪場で自転車を充電しつつ、商店街で夕食を探す。ほうとうの看板が目立ったが、懐の都合上、どこにでもある牛丼屋にした。


国道411号を東へ。日没後だが点々と街灯があり、困ることはない。横浜市瀬谷区と似た感じの風景だ。途中、石和温泉という標識を見つけたので止まった。メガネで地図を表示させると、近くに銭湯があることがわかった。裏道に入って浴場を見つけた。地元の老人と一緒に温泉に浸かる。

すっかり夜。風呂に入ったので、もう休みたい気分だ。

野宿に適した場所…公園とか…を探して、ぶらぶらと自転車で東へ走ると、どんどん町の灯りが減ってきた。

メガネを暗視モードにする。だらだらと続く緩い登り坂。道の左右に植物の屋根がある…ぶどう園が並んでいた。

途中、交差点脇の歩道が広くなっていて、そこにベンチがあった。諦めた。ここで寝る。


自転車を停め、バッグから着替えと雨合羽を取り出し、重ね着して防寒とする。ベンチに座り、そして横になる。

ふと手首に目を向けると、電話にログが流れてきた。

女1【明日、デート。緊張する。】

休みながらぼんやりと見ていると、続きが来た。

女1【男のひとと二人って、何に気をつければいいの。トイレに行くときも「お花を積荷」とか言わなきゃダメ?】

男と? …それがどうした。俺には関係ない。

女1【好きなのかな? かわいいって言ってくれるけど…】

俺には関係ない。


少し眠った。

暗闇に穴をあけるように青白いライトを光らせ、警察のパトロール・ロボットが巡回に来て、俺の前で止まった。俺はベンチから体を起こす。

パトロボの画面が光って、どこかの交番にいる警官の顔が表示された。

警官「チミチミ、どンしたの、こんなとこで。」

俺はあくびをして、自転車旅行だと答えた。

警官「したってオメ、まんだコドモでないか。とーちゃかーちゃは知ってるのけ?」

親は自転車の位置情報を追跡できる、と答えた。

警官「…だもんで、ちょっと質問させてくれっかな。オメさんナメェは? …どっから来たの、住所は? …はぁ、横浜って、東京の? なんまら遠いとっから来たなゃ。」

訛りがおかしい。

警官「天ギョホーで雨になるっとったで。こんなとこで寝てたら風邪ひくっぺや。交番さ来るけ? 朝まで休んでけ?」

断る。

警官「そか、まぁ気ぃつけてがんばっぺし。」

警官の顔が消えた。パトロボが去った。


明け方、霧雨が降り始めて、目が覚めた。朝食は携帯食。走る。

ぶどう畑の間を、延々と続く緩い登り坂。バッテリの消費が激しい。

空が明るくなる頃、悪名高い笹子トンネル。狭い。ほとんど路側帯がない。自転車など想定外ってことだ。黄色い照明、反響する自動車の音、永遠にも思える円筒形。…時空の感覚を失った頃、トンネルを抜けた。

トンネルを抜けると、霧に包まれた山間部。そこからは下り坂で楽だった。森の匂い。

大月でちょっと街になる。宿場町の雰囲気だ。有人コンビニがあったので弁当を買って昼食にする。

進むとまた山道を下る。相模湖。神奈川県に帰ってきた。

相模原、国道16号。ここまで来ると、もう異国という感じはなく、ただの帰り道だ。


暗くなってから、家にたどり着いた。

シャワーだけ浴びて部屋に倒れこんだ。


電話にログが流れる。

女1【抱かれた。】

2秒後、その意味を理解した。

電話を向こうの壁に投げつけて、頭から布団をかぶった。


疲れた。

それ以外、何もない。


風邪をひいた。2日間、学校を休んだ。

風邪が治って学校に行くようになっても、部活には行かなくなった。

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