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リリス・サイナーの追憶  作者: Reght(リト)
第三章 セプリアドゥー・ドゥーウェンの死想
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主人公のいないところで_Ⅳ

短いですが、重要ですよ


 森のような場所だった。

 庭にしては大きくて、それでも使われているような広場でもなく、ただ持て余した空間を自分の遊び場所にしていたのだ。

 生茂った森の中、そこは今、死体置き場となったのだ。


 その少年は屍の上を走っていた。

 少し眺めの茶髪には血が付着していて、乱れた息は次第に嗚咽へと変わる。片手に持った金属バットが動くたび、辛そうに顔が歪む。

 後ろで叫ぶ大人たちの声がノイズになり、目が眩む中、必至に逃げていた。


 ――もうすぐ。もうすぐで、ここから出られる。


 脳裏を行き来しているのはその事実。子供にしてはとても低い望みだった。それでも、それだけを思って走り続けた。ただ一つの望みはとても儚いものだとは分かっていても、そう、外に出てしまえばいつまでも国からは逃れられ続けないのだから。

 だけど、叶わないのなら、それこそこの場で死んでしまう。


 望みもなく。

 欲望もなく。

 ただ、与えられた日々を噛みしめるだけ。


 それを呆れたこともなければ嘲ることもなかったが、退屈で仕方なく、しかしそれがとても嫌だったのだ。嫌悪感に気付いてからの行動は早く、演技も苦手だった自分だから、きっと後ろの奴らも待機させていたのだろう。


 出口は直前だ。森の中に見える唯一の光。手を伸ばした直後。後ろの声は焦って、火のサイナーを放ってきた。だが、それは背中に当たる前にかき消される。どうやら、奴らは組織からこの力のことを聞かされていないらしい。それもそうだ。重要機密なのだから。


 そして、出口の前。一歩手前。その場で倒れた。薄々気づいていた己の死期。悔いはなく、むしろ誇らしげに死のう。舌を噛み切る。少し残酷だが、この場で自殺するにはそれしかなかった。自分のサイナーは、こういう時だけ役立たずなのだ。


 舌に歯は当てた時、自分にかかる人影。

 その人影は、一つしかなかった。


 気付くと、大人たちの叫び声は聞こえず、自分の傍らには一人の少女が立っていた。

 膝裏まである、燃える夕陽ような橙色の長髪。こちらを見下すのは日陰にも曇らない、輝く金色の目。神様だと崇められるその目は、謂れる伝説に負けないほど、神々しかった。



「初めまして、――くん」

 彼女が自分の名前を言った。でも、自分の耳はそれを聞き入れることを拒んでいて、聞こえなかった。

「僕は――――。君を保護しに来た」

「ほ、ご」

「そう」



 久しぶりに出した声は、酷く枯れていた。喋るたびに血の出た片手が痛む。

 これは、幻覚だろうか。死に行くときに神の目に会えるなんて、しかも保護してもらえるなんて、話が良すぎる。

 差しのべられた手を取った時自分はそう思っていたのだが、薄れていく意識の中、死にたくないと足掻いた気持ちは確かにあったのだ。











 瞑想に浸っていると、彼女が顔を叩いてきた。自分が起きたのにも関わらず、その手はずっと叩き続けた。手を取り、彼女に顔を近づけて笑う。



「どうした?」

「……」



 彼女は、無言で上をさした。上を向いて指されたところを見るが、何もない。視線を彼女に戻して、首を傾げた。彼女が焦っているようにも見えるし、泣きそうにも見える。そんな顔は、見たくないのに。



「大丈夫か?」

「……」



 彼女は無言のまま、抱き着いてきた。余計に焦ったが、自分まで焦ってしまったらどうしようもなくなるので、無理矢理冷静になった。

 彼女がこうする理由は分からなかったが、抱き返し、頭を撫でた。サラサラの髪に手を埋める。これで、彼女の笑顔が見られればと思い。



 幸せだった。何よりも、彼女を大事にしようと思った。彼女が助けてくれたように、自分も、何があっても彼女を守ろうと誓っていた。
























 もうすぐ、その幸せが崩れるとは知らずに。

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