主人公のいないところで_Ⅱ
細かな世界設定と死神の過去
死想。それは神々の中で死の記憶。
神が作り出した空間――ヴィオでは、一人の少女と一つの神がいた。向かい合っているその場には、殺伐とさえしていないが、微動出来ない緊張感があった。
無秩序なその空間では、それはとても珍しいことだ。どんな願望でも叶うヴィオに訪れ、絶望を味わうのは、まずない。
一人は切り刻まれてボロボロの白いワンピースを着ている少女。黒ずんだ橙色の髪は、俯いた顔の所為で余計に長く見える。流れることのない涙について考え、ずっと黙止していた神の一柱は、その長さに若干苛々していた。
その神は、少女よりもまた長い白髪に、猛禽のような金色の目。それは全てを霞めるほどの輝きがあり、何よりもその神を偉大に見せた。
だが、その美貌は今、難しい顔に歪められている。
「――――《アオイサクラ》」
少女の肩が上下に震っている。名前を呼ばれた少女、アオイサクラは今にも泣きそうになっているが、神はそれを不愉快に見るだけで、何の遠慮もなく続けた。
「本当に、名前だけしか覚えてないのかい?」
アオイサクラは小さく頷いた。
加護者の二人をノイズから傍観していた時に、突如現れたこの少女。神は、この少女に見覚えがある。まるで親しい者のように声をかけた時の、あの表情。憎悪でもなく嘲笑でもない無邪気なあの笑み。その笑みで、彼女は言ったのだ――自分を知っているのか、と。
覚えているのは名前のみ。家族も友達も、自分の年齢さえ知らないのだ。
「〝サイナー〟という単語に聞き覚えは?」
相手は横に首を振った。
「では、〝樋代愛佳〟に覚えは?」
少女が大きく目を見開いた。その反応は、答えを聞かなくても覚えがあるものと分かる。
「この世界について、知りたいかい?」
しばしの沈黙。その後に、頷いた。
「長くなるから、あんまり時間取らせないように、ずっと話しているからね」
今度は相手の反応を待たず、話し出した。
世界の名はイル・モンド・ディ・ニエンテ。「虚無の世界」、「存在意義のある人間」を意味した言葉で、後者は神によって付けられた理由。〝チキュウ〟からは千年の時が経っているが、文化は今進んでおらず、人類のみが発達している。
〝神の敢行〟、〝サイナー現象〟、そして〝体内変化〟で人体に影響を犯したのが、神が信仰されるようになったきっかけだ。
〝神の敢行〟は、地球温暖化から救った神の行為。〝サイナー現象〟は神の敢行があった後の、人類による影響。超能力を扱えるようになった、進化である。その力、またはそれを操る者をサイナーと呼ぶ。
〝体内変化〟は二つある。一つは〝性質〟。二つ目は色彩変化。
性質は体がサイナーに順応するために作られた、加護とは別の、本当の超能力のこと。サイナーと一纏めにされることもあるが、そうすると最高神リリスの信者からは睨まれることになる。曰く、〝神から貰った神聖な加護と、人類が手に入れた加護は一緒にするべきものではない〟らしい。
性質は主に攻撃はなく護身で使うものが多い。有名なのは【癒し手】と【見透かす目】、そして【空間変化】の三つだ。【癒し手】は手に宿る性質で、その名の通り治癒系統のサイナー。【見透かす目】は目に宿る性質で、これもその名の通り識別系統のサイナー。【空間変化】は護身よりも逃走用であり、有名だが滅多にない高位のサイナーである。力は簡単に言ってしまえば瞬間移動できる、これは時空系統のサイナーだ。
二つ目の色彩変化。髪や目が黒以外の色彩に変わったことだ。これはサイナーの力に順応してなったため、黒髪黒目は〝純血〟と言われ、そのほとんどが無能力者であるラインだ。
髪の一番多い色彩は、茶髪でその次に金髪。珍しいのは橙、銀、白銀、そして黒。
目の一番多い色彩は、茶色でその次に緑、紫となる。珍しいのは青、赤、そして金色。
この場合、青色の目は〝祝福の子〟と言われ祝福され、赤色の目は〝忌み子〟として蔑まれ、金色の目の場合は〝神の目〟と崇拝される。また、赤と金のオッドアイであり、何等かの場合で歪だと〝原罪の子〟になる。〝原罪の子〟は赤色が忌むべき対象となる原罪なため、〝忌み子〟と同様に扱われる。
あらゆる現象の一つであるサイナーには、種類に分けられている。大まかに分けると、外壊系統と、内癒系統の二つ。
外壊系統は相手への攻撃や周囲やの変化などを与えるサイナーのこと。これの代表的なのは、「火」の【焼き尽くす】力、「氷」の【遊撃する】力の二つ。
内癒系統は運動神経を上昇させたり、肉体をより強力にさせたりするサイナーのこと。これの代表的なサイナーは、「水」の【逆らう力】、「土」の【守る力】の二つ。
【空間変化】を高位と言ったように、サイナーには位がある。
一般生徒が持つサイナーは〝媒体加護〟といい、「水」「氷」「火」「土」の四元素を司る神から、〝人類〟へ向けられた加護だ。
だが特殊で高位なるサイナーの大体は〝直接加護〟を貰っている。これは〝個人〟へ向けられた、一対一の加護。例外は五大神のみ。
媒体加護と直接加護では威力が違い、媒体加護者が五十人集まってやっと直接加護者に相手をできる程度である。
簡単に見分けると、今代のリリス・サイナー加護者、他五大神加護者、そして元リリス・サイナーの日熊当主、あとは〝二つの槍〟が高位であると思われる。
〝二つの槍〟とは、五大神の中の二柱、〝癒〟を司る神――コンライト・アモーレと〝死〟を司る神――セプリアドゥー・ドゥーウェンが、それぞれの力を込めた神器のことである。神器とは力が込められた、古くから使われている道具のことで、〝二つの槍〟の場合は代々リリス・サイナーの護衛を務める日熊家の次期当主と次席に与えられている。この場合日熊家の当主の座は、元リリス・サイナーと〝二つの槍〟の三人が継げるのだが、大体は元リリス・サイナーが当主となり、〝二つの槍〟はその部下として働くケースが多い。
人類についてはこれが全て。これからは神様について、だ。
五大神についても、実は知らないだろう。五大神は世界の重心であり、必要不可欠の存在。
〝異〟を司る最高神――リリス・サイナー。
〝陽〟を司る神――アレイル・レートシンス。
〝陰〟を司る神――レイメル・オーギュスト。
〝死〟を司る神――セプリアドゥー・ドゥーウェン
〝癒〟を司る神――コンライト・アモーレ。
この五大神の一人で、最高神であるリリス・サイナー。それは神の名前でもあるが、リリス・サイナーの加護者――つまり、サイナーの中で一番強いものを指す。言葉に直すと超能力者女王と書き、その力を持つ者は最高神同様崇められる。国の宝となり、同じ宝である〝二つの槍〟の主人にもなれるが、本人の希望次第で無効にすることも可能だ。
「ねえ」珍しく、アオイサクラが口を開いた。「陽と陰は対しているけど、死と癒は対していないのはどうして?」
「ああ、死神の座には、本来破壊の神がいたのだけれどもね、死神の方が力が強かったから、破壊の神は座を降りたんだよ。知名度も高かったからね」
「そう。死神は人間だった頃から、他人の死の記憶しかない、って噂」
「神様でも噂があるのね」
「まあ、全てを知っているのは最高神のみでなければいけないからね」
あくまでも表面的な笑みだけを張り付け、目の前の無垢な少女にそっけなく答えた。同じ名前で、同じ顔で、同じ年なのに、同一人物と言っても過言ではないのに、記憶がないだけで、まさかこんなに気持ち悪いとは。
自分には、あの自害と皮肉の塊が心地よく、それでいて都合がいい。人間に多少の敬意は持っていても、性格がこれだとまるで台無しだ。
醜いほどの欲望を持っていない。だが誠実と言えるほど綺麗な性格もしていない。
――――――もう、死んでしまえばいいのに。
「ねえ」
先程とは違う、棘のある声が聞こえた。声の主はそうとう不機嫌らしく、振り返ってみた彼は青い目を怒りに細めていた。
「やあ、アレイル」
「これ、何?」
アオイサクラを見るアレイルの目は、まるでゴミを見ているかのような、蔑みの目。
それは、嫌いな人間と同じ行為をしているのだと、何故分からないのだろう?
「――アレイル。君は死神の噂を知っているか」
「死神? ああ、死にゆく記憶他なかれ、ってやつ?」
「ああ。この子にも話してみせてやれ。なんだか興味あるようだからね」
アレイルは一瞬顔を歪めたが、しぶしぶ頷いてアオイサクラへと向かい合った。彼も、そう、今から話を聞く彼女も知らな。きっと、彼もが嘘だと思っているだろう、その噂。最高神である我だけが知っているのだ。それが、本当であることを。
ああ、カワイソウだ。
――――まあ、そう仕向けたのは我なのだがね




