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リリス・サイナーの追憶  作者: Reght(リト)
第三章 セプリアドゥー・ドゥーウェンの死想
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認証式_Ⅰ




 まるで死神だ。


 いつものように、主人は部屋を出て行った。夜中に死体を持ってくる姿が、どれだけ怖いものか知っているのだろうか、あの人は。そして、その死体を処理したり、血だらけの服を捨てたりするのも自分なのだが。もっとも、それを考えてやめるなどなったら天変地異の前触れだろうが。

 それに、もしそんな〝好意〟を見せるならば、自分は自殺でもしているだろうに。


 棒付きキャンディを舐めて待っている主人に、新しい服を渡す。着替えている間に血で汚れた廊下を拭き、持ってきた死体を埋めなければいけない。少しでも遅くなれば、主人は怒って斬りかかってくる。前文には必ずという約束も入ってくるのだ。スリルを求めているわけでもないのに、どうして自分は主人に仕えているのだろう。ま、それを言ってしまえば成り行きと彼の狂い方に惹かれてしまった所為なのだが。


 部屋に戻ると着替え終わった主人が腕時計と手帳を見ながら、うんうんとひとり頷いていた。笑顔も何かを企んでいるそれ。まったく、殺人計画をたてているようにしか思えない。脱ぎ散らかしている靴下を拾いながら、まだ濡れている髪を乾かすように注意すれば、ドライヤーを差し出してお願いされる。拒否権もないため、素直に従っていると、ドライヤーに負けない大きな声で話しかけられた。



「何ですか」

「十七日と十八日、どっちがいい?」

 何のだよ。

「どちらでも」

「じゃあ十七日にしようか」

「何の日ですか?」

「リリス・サイナーを殺す日」



 そんな偉大な日を、一介の従者に決めさせるのはどうかと。

 相変わらず能天気な自分の主人は、まだ死ぬ気はないようで、笑顔の裏には明確な殺意しかない。負けるなんて、思っていないなんて、羨ましいにもほどがある。



「ね、気付いてる?」

「何ですか?」

「いや、気付いてないならいいや」



 そんなこと、笑顔で言われても説得力がない。だが、ここで聞き返してもどうせ教えてはくれないだろう。後で、自分が調べればいいことだ。

 乾いたあと主人の髪を櫛で梳く。血の塊は残りやすく、一度洗っただけで落ちない時もあるのだ。

 ――――これも、もう少しで出来なくなるわけだけど。


 随分あっさりしているのは自覚している。でも、この世に未練がないわけではないし、かと言ってこの世界をもっと楽しみたいとも思わなかった。ただ、目の前にいる男がいなければ、この世界では生きる意味がないし、あったとしても楽しんではいないだろう。


 歪だけど、分かりやすい主従関係。

 歪だけど、分かりやすい依存状態。


 もう、無くなるものなのに。依存しているから、悟りきっているように、諦めている。



「大地?」

「何でしょう?」

「まさか、負けるなんて思ってないよね?」

「思っていませんよ」

 思っていますよ、勿論。



 だって、勝てるわけがない。

 世界最強と謳われ、神様だと崇拝され、あの樋代家の一人で、完璧に極められた頭脳と、捻じ曲げられてつくられた肉体と、底のない狂い方をした精神。

 あれは、指を鳴らすだけで人類を滅亡に迎えることができるのだから。


 主人が弱いわけじゃない。あれが強すぎただけであって。

 ―――――――――――ああ、なんだが面倒くさい。


 平気そうに嘘を吐いた声音は、もしかしたら震えていたかもしれない。だが、例え震えていたとしても、主人は何も思わないだろう。きっと、知らないふりをした。

 それが優しさだとしても、ただ面倒くさかったのかは知らない。でも、そういうところに惹かれたんだ。どうしよう。もう、――未練が強くなるから、やめてくれ。



「ああ、もう、そんなに気になるの?」

「は?」

「十七日のこと」



 ああ、どうやらこの人は、自分が拗ねていると勘違いしたらしい。黙っていたのは話題がないのもあるし、少し考えていたからなのだが、同意した方が自分で調べなくても知ることができる。黙って頷くと、彼は子供の無邪気な笑みを浮かべた。

 なんだか、主人ではなく弟か近所の子供に見えてしまって仕方ない。



「――ねえ大地」

「何でしょう?」

「リリス・サイナーを殺すにはさ、まず〝二つの槍〟を殺さないといけないじゃん? ほら、護衛だし」

「そうですね」

「でもさ、〝二つの槍〟も結構強いと思うんだ」

「そりゃあそうでしょう」



 リリス・サイナーは国の宝だ。この世界の実の支配者であり、神も同然の存在。そして、崇拝されているからこその権力。特に今年のリリス・サイナーは神の目を持つ人間だ。その目に釣られて権力者の信者がいれば、国の支援を貰うのは当然。それならば、〝二つの槍〟は国にとってお偉いさんであり、〝同志〟だ。同志とくれば、これもまた支援するのは当然であり、だがそれになるのは非常に困難だ。常にオールマイティでないといけないのだから。その技術の中で〝戦闘力〟はあって当たり前。



「だから、〝二つの槍〟を殺すには絶好の機会がないといけない」

「はい」

「それで、丁度いい機会を見つけたんだよね。ん、ちょっと待ってね」



 主人はそういうと、近くにあった鞄から携帯を取り出し、どこかのページを出そうとしている。そして、次に目の前に出された画面の記事に目を見開く。

 ほれ見ろ、と画面を押し付けている主人に声をかけると、頭を軽く掻いた。



「逆なんじゃないですか?」

「逆?」

「警備はもっと強くなると思うんですよね」

「それが諸刃の剣になるんだよ」



 主人はニマリと笑うと、ベッドに寝そべった。夜はもう翌朝となりかけている。朝日は見えないが、自分も寝るべき時間だと思い、寝ようとした主人に毛布をかける。




 ――――まさか、この日を狙うとは。

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