女神像の前で×××××、_Ⅰ
ありがとうございました、と語尾の伸びた別れの挨拶を言い終わると、男子が一斉に教室出る。毎回毎回、何に急かされているのだろうか。
四時間目の数学が終わり、五時間目の家庭が終わり、六時間目の学活が終わり。今は待ちに待った放課後である。部活に行く人もいれば、そそくさ帰って行く男子たち。時間割を今頃書いてる越智くんもまだ教室にいた。
指定鞄に熊のぬいぐるみとチェーンをぶら下げた秋名が愛佳の席に着くと、笑って、ねぇ、と話しかけて来る。
「六時間目言ってた落書き、見に行かない?」
六時間目、学活の時間。中庭にある神聖なリリス様の銅像に落書きがされていたそーです。白々しすぎたかな。でも、本気でどうでもいいわけど、人気者の愛佳ちゃんは自分の気分で人の誘いを断りませーん。
ああ、面倒くさいなぁ。
「別にいいけど、行ってどうするのかな?」
「落書き見に行くのとー、夏名がそこで待ってるのよ」
「何で夏名はそこに行ったかな。まぁいいや、行こうか」
夏名の名前に反応した越智くんを置いて行こうね。面倒事は避けたいし、越智くんもよく夏名を敵視出来るね。ファンクラブに睨まれるよ。君にもファンいるけどね。
指定鞄を同じくらいの白色の鞄を肩に下げ、早足で教室を出る。後ろから秋名と+αが着いてくるけど、もういいや。
歩くと反応する鞄のチェーン。白い鞄は校則違反だが、適当にそれっぽい理由を雄弁に言えば先生は戸惑いながらもよしとしてくれた。顔グっジョブである。言ったら人気者の愛佳ちゃんの評判はガタ落ちだね。面白いからいいけど。
階段下りて本田教諭とすれ違って階段おりて、そして白に目立つ砂の汚れがある靴を履く。長く履いている上靴も先の方が黒くなっている。新しいのを買わないとね。
校内にある階段とは違う、石の階段を上ると、職員室と駐車場の間にあるスペース。そこには右手に髑髏を抱え、左手に鎖を掲げ不敵に笑っている聖リリスの像。そして、リリス像を囲むように咲いている桜と、リリス像の前にあるベンチに座っている亜麻色の髪をした男子がいる。
「やぁ、待たせたかい、夏名」
「ごめんなさいね。ホームルーム、ちょっと長引いちゃって」
「よぉ、忍足夏名。相変わらず元気そうで憎たらしいな」
愛佳が片手を振りながら、秋名が携帯を片手に、越智くんが笑いながら憎まれ口を叩く。ベンチを占領していた少年が振り返ると、愛らしい笑顔を見せた。
ピンクに近い小豆色のフワフワの髪。赤のピンで左側をはねている髪を止めている。小さい口に、薔薇色の頬。くりくりのオレンジの目。知らない人が見たら完全な女の子にしか見えない容姿の持ち主は、忍足夏名。秋名と苗字が同じで名前も似ているが、兄妹ではなく、従姉弟である。美形ランキング不動の一位で、越智くんによく絡まれる少し可哀想な、正真正銘の男子生徒だ。
「別にー? おれも終わったばっかだったしー」
声変わりの来ていない、若干女子よりも高いと思える声で答える。手には袋に詰め込まれた大量のチョコ。バレンタインデーと言うわけではない。十を超える板チョコに三個のアーモンドチョコとその他は、大のチョコ好き故の持参品だろう。
いつもの事なので少しも驚くこともなく、返事を耳にしながら、リリス像の土台部分にある落書きを見る。「ばーか」「ドM参上!!」「死人の恨み~」とくだらないとしか思えない乱暴に書かれた文字は、油性で書かれていた。確かにこれは授業を潰すくらいに一大事だね。自分はまったくそう思わないが、信仰率高いリリスの信者がいるのは学校も例外ではない。狂信者が怒り狂って教師に訴えたか。滅茶苦茶どうでもいいな。
夏名に頂戴、と手を出していたチョコ一切れを貰う。ほとんど接点が無かった愛佳と夏名が出会ったのは秋名の紹介で、仲が良くなったのは大のチョコ好き同士だったからだ。
濃厚なチョコの味が、口の中で溶けていった。
いったん切ります(汗