アモンと道化師_Ⅲ
――――「あのね、分からない? それだから僕は、君が大嫌いなんだよ」
力を使って伊達眼鏡を出してかけてみたが、自分の金髪には似合っていなかった。鏡にお茶目を感じさせる笑顔を向けてみても同じだった。横では前髪が生暖かい目で微笑ましそうに見ている。お前は俺の親父か!
小さいテーブルの上に置いてある教科書とノートは、既に役目を果たしていないことに、前髪こと市来真桐くんは知っているのだ。ふっ、そもそも俺に勉強をさせようとするのがおかしいんだ! 俺に集中力があると思ったら大間違いだ!
もはや落書きのみのノートに新たなる愛佳ちゃん六号を書くため、蟀谷でシャーペンの芯を出す。次の愛佳は前髪をからかっているところにしよう。
今年も赤点を狙う気か? それとも、新しいチャレンジでマイナス点を取るつもりか?
そう言ってきた前髪に、俺は笑顔で答えた。このイケメンフェイスをさあ拝め!
「今年は前髪の答案カンニングするつもり!」
「絶対ばれる」
「なんで!?」
「お前手が付けられないほど馬鹿なのに、いきなり頭よくなったら、絶対怪しまれるぞ。しかもサイナー使ったら本当に出来るし」
「つまり先生は俺の性格をマスターしているわけだな」
「そうだと嬉しいだろうな。先生たちは泣いて喜ぶだろうよ、これ以上お前が暴走しないように策を張れるんなら。でも、お前は予想外すぎて愛佳ちゃん以外誰も抑えられねえからな」
「つまり俺に愛佳は必須ってわけだな」
「そういうこと。――だから、テストの時には愛佳ちゃんが見張っていてくれるってさ」
「うぇー?」
「だから早く勉強しろ」
「イエス、サー!」
ノートを新しいページから初め、仕方なく勉強を始める。そう言えば、この前。確か愛佳怒ってたなあ、内申点が悪すぎると。あの時はアイスを何本口に入れられるかチャレンジしてて、あんまり聞いてなかったからなあ。でも、最近休日一緒にいられてないから、それはそれでいいかも? あ、あとなんか、最近は危険だから用心するように言われてた。また、忘れてた。今度怪我したらいっそコロセー、コロスンダー、みたいなことを無理矢理言わされそうだ。愛佳、ヤンデレだもんな。ツンデレだもんな。
数学の宿題が言われば、既に前髪が用意してある英語のプリント。その後にサボって聞いてなかった技術の要点を永遠に聞かされる。前髪が煩く話が長くなるこの瞬間を、俺はテラーと呼んでいる。実際、前髪のサイナー「<語り人形>」は相手の情報を全て読み取る能力だ。効果は小さいが読心術も出来るし、今俺が全然聞いてないのも分かっているようだ。目の前に前髪の変な男が青筋を立てているからな。
それにしても、現実逃避が確実ではない。俺の部屋で勉強しているのだから、寝てしまえば夜遅くになって、前髪も帰って行くだろう。目の前で騒いでいる男は決して相手にしてはいけない。相手にしたら、それで終わりだぞ、俺。
現実逃避する話題といえば――そうだ、変な夢を見たんだ、今日。小さい頃の記憶。副題は愛佳に罵られる夢。お兄ちゃんゾクゾクしちゃうよ。
何故か俺は愛佳をずっと抱きしめていて、愛佳は俺の腕の中で大泣きしていた。俺が腕を怪我して家に帰ってきたのだ。その日は確か、サイナーを使いこなせるように友達と張り合って、俺としたことがうっかり、そううっかり、怪我をして帰ってきたのだ。
俺のサイナーがサイナーなだけに、家族皆が驚いて。泣き終わる頃に俺は何かを言って、それで、愛佳に嫌いと言われたんだ。どうして、〝俺〟は嫌われることを言ったんだ?
でも、それは所詮夢であって、今思い出そうとも無理な話なのだけれども。
「蜜音! そろそろ二次元から帰ってこい!」
「三次元のこと考えてたから帰らない」
「どうでもいいけど、お前にお客さん来たぞ?」
ほう、どうやらドS愛佳にトリップしている間、誰かが来たようだ。愛佳がしているからと、聴覚を消すのをくせにしてしまっては、やはりダメだ。
顔をあげて、部屋で立って待っているらしいお客人。足元は二つの靴下。顔をあげるとツインテールの美少女に、オッドアイの〝槍〟。
そう言えば、あの時会ったけど、結局ストーカーじゃなかったんだっけ?
「おー、久しぶりー、前髪の女体化偽バージョン。それとストーカー(仮)」
「そのネタは続いていたのですか」
「女体化? お前、男だったのか?」
「違う! お前こそ、ストーカーとはどういうことだ!?」
「知らねーよ」
「蜜音、もしかしなくてもお前が原因だから、どうにかしろ」
非難の目で見てくる前髪に、顔を真っ赤にした前髪女体化ツインテール(名前知らない)、そしてツインテールを無視して図々しくも愛佳ちゃん六号に落書きし始めたストーカー(名前なんだっけ)。落書きを赤ペンで邪魔しながら、前髪をスルーしてダメージを与える。なんだっけ、この銀髪。なんか、見たことあるぞ? 玄関先だけじゃなくてだな……。
「あ」
「どうした蜜音?」
「お前、隣のクラスの不良じゃん」
「…………今更?」
四組の祝福の子と一組の不良は有名である。それは良くも悪くも噂が関係しているわけで、しかも苗字は一応旧姓名乗っているらしいけど、あの日熊家の代表で〝二つの槍〟。裏では「あの強さは人体実験されたから」だとか「実は大人の精神と頭脳が植えつけられている」とか、まだいいのだったら「がり勉」だとか「根が女」だとか。
その前に、目の前の本人が噂の当人であることより、同じ学年だということの方が驚きだ。脳内では白夜イコール愛佳のストーカーの一人って認識だからな。
「不良どういうことだ? おい、白夜?」
「あー、同じクラスのやつにピアス自慢したら広まったってだけ」
「な、校則違反だぞ」
「まあまあ。それで、藤堂。何の用だったんだ? まさか遊びに来たのか?」
「いんや、俺さ、ちょっとさ、越智悠馬のところに行きたいんだよね」
「悠馬んとこ?」
「そ。初対面二人だけじゃなんか行きにくいし、お前ら仲良いんだろ?」
仲がいいとも言えるが、悠馬は部活の後輩。仲がいいなら愛佳の方だし、そもそも、初対面なのに何を話すんだ? 俺の野生――ではないけど、勘が煩いぞ?
何はともあれこれはチャンスだ。どうして会いに行くかは知らないが、外出できるし悠馬で遊べるし、それに勉強はまた今度になる。
「じゃあ一緒に行くよ。蜜音、お前も行く?」
「行く行く!」
返事してからテーブルを逆さにして、俺と前髪の分の教科書とノートを床に落とし、片づける。教科書とノートはそのまま置いといて、携帯と財布と、あとこの前悠馬が見たいと言っていた本を一冊持っていく。本には栞が付いていて、愛佳から貰ったものだ。
愛佳と言えば、今日の夢。最後、どうしてあんなこと言ったんだ?
『だって、愛佳は弱いから』
『絶対、俺は守ってあげないといけないんだよ』
『約束したろ?』
『いつまでも、って』
『確かに僕はラインだけど、なんだか君に言われるとイラつくね』
『約束を守るのはいいけど、それ、いつの話?』
『本当、君って誰かに似ているんだよね、誰だっけ。凄く嫌いな人だった気がする。』
『あのね、分からない? それだから僕は、君が大嫌いなんだよ』
この会話、実は凄く重要になってきます。
よく考えたら、おかしいところあるよね?




