死種_Ⅲ
短いです。
アンタが今抱き着こうとしている奴は、偽物なんだよ、って。言えたらどんなに楽だろう。
涙目で睨みながら俺の首を絞めだしたひなつが、静かに言った。前にこんな荒れかけている姿を見たことがない。首を絞められたこともなかったし、泣かれることもしなかった。そう――〝前〟なら。
〝妹〟。
ひなつはそう言った。自分は〝藤堂白亜〟が男になった〝藤堂白夜〟ではないのか? 〝前〟ならば〝藤堂白亜〟は男ではなく、〝藤堂白夜〟が生きていたため、〝二つの槍〟である〝藤堂白亜〟とその片割れの〝藤堂白夜〟の立ち位置が確定していた。
だが、今、〝藤堂白夜〟はいない。死んだのだから。そして、今〝藤堂白夜〟の立場は〝二つの槍〟の片割れ〝藤堂白亜〟の立場に塗り替わっている。
そうすると、〝妹〟がいるはずはない。
あの時、というのは誘拐された時と言っているのだろうから、他に白夜以外に兄妹がいたとしても、今の発言はおかしい。だが、現状がどうなっているか、説明はできる。だが、それは自分にとって絶望的な真実。
それは、元から〝二つの槍〟の片割れが〝藤堂白夜〟になっていて、自分が男になったということだけではなく、立場と容姿と名前、それら全てが入れ替わっているということ。
確かに、そうすると便利だろう。立場を入れ替えるだけで、死んだのが〝藤堂白亜〟となり、存命しているのが〝藤堂白夜〟になる。そして何より、〝男にならせてくれ〟という願いも叶えられるのだから。
でも、そうなると。
自分は今、〝藤堂白亜〟でもなくなり、本物の〝藤堂白夜〟でもない。かと言って、立場が変わっているため、〝藤堂白亜〟の姿が自分の本当の姿とはならない。
それは死んでいるのだから。つまり、今、自分は、誰かの偽物であり、誰の本物でもないのだ。
――――――本当の自分が、ない。
性別が変わる時点で、関わってきた彼らの記憶が偽物になるのは覚悟していた。自分だけがこの事を知っていればいいのだと。
でも、立場が変わっているのならば、本当の姿である〝藤堂白亜〟を、彼らは知らないのだ。
忘れられるのが、こうも、辛いだなんて。
首を絞めていたひなつの手はもう力が入っていなく、手を添えているだけになっていた。添えられた手も動き、抱きしめられる。それは、無事に帰ってきた幼馴染を抱きしめているのだ。――――その記憶さえも偽物なのだと言えたら、どれだけ楽になるのだろうか。
「ひなつ」
「…………」
「悪かった」
短くそれだけ言うと、抱き返した。なんということだ。自分は――彼が好きだったのに。細かいところに煩いところも、変なところで子供らしかったところも、妙に独占欲の強かったところも、全部、全部全部、――そう、全てが大好きだったのに。
もう、自分は、彼に負けないくらいの男前になってしまった。
彼はそれから、何も語ろうとしなかった。それは自分にとても心地いいもので、静かな部屋の中で、一人、これからのことを考える。途中、立ったままだとキツイだろうと思い、彼を座らせたりもした。いつまでも、話してはくれなかったのだ。
これから、自分は男だ。これまで生活をしてきたのとは違う。
違う体。筋肉の付き方、髪の長さ、足の長さ、腕の長さ。全てが〝男〟のものになった。今までの動きでは戦えない、今までの生活の仕方じゃ、生きていけない。
〝藤堂白夜〟の優しい雰囲気がまるでない自分は、性格が真逆だ。男らしかった性格も、少し変えないとただがさつになってしまうわけだ。
自分を磨く、理想の男像を想像しながら、彼が泣き止むのを待っていた。
――――できれば、離したくはなかった。この思いは。




