死種_Ⅰ
亡霊は、復讐の鬼と化すか。
聞いてくれるかい、と笑顔で言った彼女に、迷わず頷いた。彼女の話は面白いし、何より断る権利などない。それを知っていて聞くところも好ましいのだが、少々、わざとらしすぎるのではないか?
そんな苦笑の表情に、彼女は人間じみているだろうと返してきた。それは、神であるがゆえの自嘲か、それとも元々人間であった時を思い出した慈しみか。
「この前、一人に人間を救ってやったんだ」
謳うように言った彼女は、妖しく笑う。
「――――〝反女王派〟が動き出したよ」
ヴィオで一気に広まる緊張感。それは自分の憎悪と困惑を表している。
異変を察知した他の神々が入ってきた。僕と、彼女以外の、五大神のみであることには変わりないが。そもそも、女王が作ったヴィオにただの神が入れるわけがないのだ。強張っていた媒体の肩をおとす。
「いつ出た」
短く聞いたのは、誰だっただろうか。純血の黒髪黒目は死神と畏怖されている象徴。ああ、そうだ、――――〝死〟を司る神だった。名前は、正式には知らない。ただ、誰かがディーと呼んでいた。
それよりも、彼は、僕らの女王に不敬を働いて、どうして認められているのかな。ムカつくよね。この感情を伝えれば、女王は僕も慈しんでくれるのだろうか。人間、らしく?
「人間の民家だよ。しかも、あの愛神市でご登場さ」
「随分と余裕だな、相手は。舐められているんじゃないのか?」
「ただ馬鹿なだけじゃないかな、ディー。――取り敢えず、殺すのがお好みかな、女王」
死神を愛称で呼びながら意見したのは、癒しの神コンライト・アモーレ。この人は能天気だけど、アレイルみたいに馬鹿じゃないし、女王に馴れ馴れしくないから、好きだ。どうして死神に懐いているかはしらないけど、久しぶりな気がする。でも、この前会った気もするなあ。あれ?
「殺しては勿体ない。死なない程度に使ってやろうじゃないか」
「歪だねえ、女王は。ディーも放っておくのか?」
「命じられなければ面倒なだけだ。――もう帰るぞ」
死神は無表情で、最後まで女王に目を合わさないまま、ヴィオから出て行った。コンライト・アモーレもその後に続いて、最後は僕に小さく手を振って帰った。大きく振り返したら、女王が頭を撫でてくれた。今日は、いい日だね。
勿論それは、あと残っているアレイルがどこかに行ってくれれば、もっといい日になるのだろうけど、無理だろうなあ。
「ねー、リリス、メルだけ狡いよー。僕も頭撫でてー」
「狡くないさ、お前も撫でたことあるさ」
「アレイル、お前、メルと呼ぶなと何回言えばいいのかな」
睨みながら言うが、彼は下を出して挑発してきただけだった。彼は、僕をメルと呼ぶ。今度、彼のことをアリィと呼んでやろうか。初対面の時、確か女王が、彼をそう呼んでいた気がする。女みたいな名前だから、女みたいな愛称になって当然だ。
女王が手をふるった。それと同時に出てくる映像。そこには人間の少女が二人と、人間の男が一人。そして、人間の少年が一人と、歪な狐面をつけた一柱。
よく見れば、少女の一人はリリスの加護者だ。
「一人の少女を救った。それはいいが、あの加護者に乗り移ってやったことを広めないために、少々事実を捻じ曲げ、違う記憶を入れたんだ」
「どうして広めちゃいけないのかい?」
「神だと言うことをばらしてしまった。別に知ったままでも面白いが、あれはあくまでも加護者だ。しかも、本人はそれを知らない。本人が知るまで秘密にしておかなければ、混乱するだろう。お前は神かなど問われ驚かない人間はいまい。だから秘密を取り付けた」
「成程。でも、それがどうしちゃったのかな!」
「落ち着け、アリィ。女王を急かすのは不敬極まりない。それに、相手の話は最後まで聞け。なり立ての神のようだぞ」
「む~」
事実を言われたことに拗ねたのか、間抜けな声を出す。それはよくリリスにやるが、僕には聞かないことを覚えておけ。愛称は好きなのかどうかは知らないが、不満そうにはしていたが、何も言わなかった。不快にならない分、そのほうがいいけど。
「この狐面が反女王派のトップだよ。名はディエニーゴ・コンテンデレ」
「――――女王に反対するわりに小さな神だね。しかも、これ、トップなんだ」
「ん、リリス、その名前、ちょっと聞いたことあるよー?」
アレイルの言葉に、女王が笑った。珍しく、無邪気な笑みだ。
「三十年前の戦争で裏切った〝鎌鼬の亡霊〟だよ」
「ああ、あの……」
女王の言葉に、思いふける。三十年前の戦争。それは、あの――〝輪廻〟の終わりごろに起こったあの戦争しかないだろう。それで有名になった〝鎌鼬の亡霊〟。亡霊と言われる神が誇らしいのかは分からないが、きっとそうではなく、蔑称としてつけられたのだろう。有名なのに覚えていなかったのは、媒体として宿っているこの体の頭脳が、今までの記憶の量に耐えられなかったからだろう。
「で、その反女王派、なんで愛神市に来たんだろうね? 近くにいるのが加護者かな」
「そう。それで、ゲームを始めようかと、ね。サボらないでくれたまえよ?」
「はいはーい! ――メル、一緒行く?」
「一人で行け」
「そ、なら、じゃあね!」
手を振って笑顔でヴィオから消えて行ったアレイルは、最後意地悪そうに笑っていた。何を起こすつもりかは知らないが、女王に迷惑をかけないでほしいものだ。
叶えられないだろう願望に呆れながら、自分もヴィオから消えて行った。
一人残されたリリス・サイナーは、三度、操作した記憶を見る。そこにはいるはずのない人間と神の一柱。操作したことによって、生まれた溝から入ってきたイレギュラー。
怯えている隻眼の少女には、この記憶のまま残しておくのだ。
不憫だろうか。そんなことも考えたが、それで力を使ってしまう自分も、らしくない。
きっと、少女はトラウマも植えつけられただろう。右目のない生活で、歪に耐えていた姿が思い浮かぶ。それも、また一興だが。
自分の父親の死体。その死人の血に浴びて笑う親友の姿。無表情で傍観している思い人。右目と祖母の損失。それがあの子に見せた全て。あの少年の後ろに隠れていた臆病な亡霊は、記憶には入っているが、姿を見せていないため、少女は知らないだろう。
女王は歪に笑った。まあ、それも一興、と。
死の種類。略して死種。
アレイル=アリィ。レイメル=メル。セプリア=ディー。
アレイルはレイメルのこと嫌ってません。メルがちょっと病んでるだけです。




