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リリス・サイナーの追憶  作者: Reght(リト)
第三章 セプリアドゥー・ドゥーウェンの死想
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叶えられし願望_Ⅱ




 ――――それは、夏の願い。


 火事で動かなかった体は、一週間で治った。話すのさえ痛みが感じたあの頃と比べ、今は運動しても少々痛みがあるかないかと言うくらいだ。病院も、あと二日で退院だ。

 外を見れば、相変わらず気温も凄い、灼熱の太陽。蝉の鳴き声は聞き飽きた。


 あれから、見舞いに来たのは保健教諭の水落先生とクラスの委員長、あとは夏名だけだった。愛佳が来てくれなかったのは残念だが、来てくれと言うのも図々しい話だ。学校から病院は近いが、気楽に平日に来られるような場所ではないし、休日は用事もあるのだ。


 夏名は毎日来てくれた。暇だと呟けば漫画を持ってくれるし、甘味が食べたいと言えば一階でデザートを買って来てくれる。夏名は人気者だし、休日は用事があるだろうと、毎日来なくていいと言ったが、彼は首を振って気にするなとだけ言った。やっぱり、無理をさせているんじゃないかしら?


 そして、今まで訪れなかった彼女は唐突に現れた。

「やあ秋名。右目を無くしたそうじゃないか?」

 楽しそうに笑い言った彼女にイラついたが、何も言わなかった。結局、親身になってくれる夏名の方が珍しいのだ。他は他人事。それが普通だ。



「好きでなくしたわけじゃないんだから、そういう言い方しないで頂戴」

「おや、不快にさせてしまったかい」

「少しだけ。それより、今まで来なかったから、退院するまで来ないかと思ってたんだけど、どうしたのよ」

「私が見舞いに来てはおかしいかな?」

「いや、そういうわけじゃないけど……」



 なんとなく怒っているようにも見えて、話しづらい。声音はいつも通りだが、雰囲気がおかしい。怒っているように思える、しかしそれ以上に哀しんでいる。どうしてかは分からないが、取り敢えずこれ以上は不快にさせないために、当たり障りのない会話をしてみる。


 彼女はベッドの近くにイスを持ってきて、足を組んで座った。腕を組んでいるあたり、やはり怒っている。だが、その態度に対し、愛佳は薄く笑った。その笑顔に邪気はなく、純粋に嬉しさを表している。

 ねえ、と発せられた言葉は、まるで悪魔の囁き。



「右目、欲しくない?」

「欲しい」

「僕の右目あげようか?

「いらない」

「……………………なんでー?」

 即答されて少しイラついたのか、無表情で弾んだ声を出し、聞いてきた。

「アンタの目は綺麗だけど、折角神の目持って生まれて来たんだから、勿体ないでしょ。それに、アンタの目を貰ったら、オッドアイになるし。黒と金で合わないから、絶対」



 言い切ると愛佳は黙り込んだ。顎に手を当て、何か考えているようだ。何も考えてもいい、何をしてもいい。ただ、それに巻き込まないでほしい。この親友がやることは、大体周りを巻き込んだ迷惑ごとだ。この前なんか、愛神中学校で一番強いと言われていた三年の先輩を吹っ飛ばしたし、その後自分のサイナーを公表してしまったのだ。殺されないために、サイナーは出来るだけ使わないのが普通なのに……。

 少しの思考した後、何かを思いついたのか、ようやく愛佳が口を開く。



「じゃあ、僕のじゃなければいいんだね?」

「ま、まぁ色が黒だったなら……」

「右目、欲しいでしょ。あげるよ。でも、用意してあげるけど、条件、あるよ」

「条件しだいね。右目は欲しくても、命かけるとか無理だから」



 やはり、今日の愛佳はおかしい。いつもなら、こんなことは言わない。右目が欲しいか、なんて言うことが日常ではないけど、雰囲気が――何か、違う。何が違うかと問われれば答えることはできないが、その思い出せない〝何か〟は凄く重要な気がして……。

 あ、そう言えば、――――人の姿を真似るサイナーってあるじゃない?



「――貴方、本当に愛佳なの?」

 証拠はない。疑問に思った理由は勘だけ。それでも、聞かずにはいられなかった。



 その言葉を聞いた愛佳は、一瞬だけ目を大きく見開くと、すぐに無表情に戻り、笑った。その笑みは愛佳がするものではなく、もっと純粋に悪しか知らないような人間が、最上級の贅沢をした時の、そんな笑み。純粋な悪しか知らない、そう、まるで生まれたての悪魔のような――。



まさか(・・・)分かる人間(・・・・・)がいるとはね(・・・・・・)



 その言葉で、愛佳は本物の愛佳ではないことが確定した。偽りの姿を破られたと言うのに、愛佳の偽物はまるで慌てた様子はない。――侮られている? そんなのは許されない。右目がなく不自由になっても、自分はあの愛神中学校の一員だ。サイナーのエリートしか入れない学校にいるものが、侮られるのは自分自身の全てを否定されているのと同じだ。



「ここから出て行きなさい、偽物。いくら隻眼だろうと、愛神中学校に入るだけの実力はあるのよ。今から、まだ、」

「復讐、したくないかい?」

「――――は?」



 遮られ尋ねられたのは、既に相手が死んでしまい、出来なかった行動の有無。ふざけるな、アンタに言われる前にしようと思ったわよ、そんなの。だけど、相手がいないんじゃ出来ないでしょ。まさか、何の調べもなしに来たの? 馬鹿じゃないの?

 そう言って突き放したが、帰ってきたのは、愛佳の顔が歪んだだけの、笑み。



「違うよ。君の復讐相手は死んでいない」

「死んでないわけがないじゃない。アタシの復讐相手はね、火達磨になって、耐えられなくなって、自殺したの。アタシは、それを、目の前で見てたのよ!」

「君は勘違いしている。火達磨になって死んでいったのは犯人じゃない。犯人の(・・・)一人ではあるが(・・・・・・・)主犯じゃない(・・・・・・)。踊らされていただけの女だよ」

「…………警察が嘘ついてって言うの?」

「いや、警察もまんまと騙されているだけだ。密室殺人じゃないとヤル気のでない形だけの正義だからねえ、あれら(・・・)は」



 愛佳の偽物である彼女はそう言うが、信じられない。警察が形だけの正義なら、今まで犯罪が減らないのも分かる。実際、彼女が言うように、あそこは偽善だらけが集まったところだ。だが、警察の言うことは信用内ないが、彼女の言うことはもっと信用できない。どうして、そんな情報を、他人である自分に流すなんて。ばれる危険性は考えなかったのだろうか。



「目が欲しいかい?」

「ええ、手に入れられるものならばね」



 余裕に微笑んだ。そうだ、心配することはない。この人が愛佳の偽物だろうが、サイナーが既に笑っているのだから。そんな意味で笑うと、彼女はアタシ手を取り、何かを呟いた。

 驚いて目を瞑ったが、特に何もされていないことに気付き目を上げると、そこは自分の部屋だった。見慣れた家具。でも、所々が焦げたままだ。


 家が残っていたことよりも、今瞬間移動したことに驚いた。空間移動は高位のサイナーだ。代償がいり、気力を使い、持っている人は少ないと言っていた。

 だが、その思考もすぐになくなる。焦げて誰もいないはずの自分の家に、一つの影。いや、影というのもおかしい。それは自分が一番信頼していた人で、この場にいるのが一番不自然な人。



「…………お父さん……?」

「そうだよ。君のお父さんだ。そのお父さんが、君のお婆さんを殺し、君の右目を奪った主犯。あの火達磨は君の母親だね。唆されて家に入り、巻き込まれたんだ」

「お、母さん? じゃあ、あの火達磨はお母さんなの?」

「そうだよ」



 彼女は繋いでいた手を放すと、今度は違う手で、まだアタシと彼女に気付いてないお父さんを指さすと、何か呟いた。きっと、サイナー名だろう。サイナー名を言わなければ、サイナーは使えない。だが、さっき呟いた言葉とは、微かに聞こえた音と発音が違う気がする。

 彼女の呟いた言葉のあと、そのたった一秒後。お父さんは途端に跪き、血を吐き出した。だが、それだけでは留まらず、耳、目から血が流れ始めたのだ。



「何、したの」

 発狂はしない。既に目の前の男は裏切り者だ。

「殺したよ。だから、次は君の番だ」

「――――え?」



 殺されるかと思い身を引くが、その様子に、彼女は愉快に笑っただけだった。彼女の笑みに邪気はなく、今、人を一人殺した人間だとは思えなかった。

「それは当たり前だね。僕は、――――」

 その言葉が発せられる前に、その場でへたり込む。何故腰が抜けたのか、まるで分からないという顔をしている彼女は、さきほど紡ぐことができなかった言葉を、アタシの耳に突き刺した。



「僕は、神様だからね」



 体が全て捻じ曲げられる。ぐるぐるに巻かれる。その後、何かにいれるように、押しこめられた感覚。全てが合わさった、なんとも言えない痛み。骨が軋む。

 全てが吸い取られ終わった後、その後の事は、何も知らない。




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