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リリス・サイナーの追憶  作者: Reght(リト)
第三章 セプリアドゥー・ドゥーウェンの死想
79/116

ロスト_Ⅱ




 願いは一つ。願いが一つ。だから叶えられない。


 声を漏らしたのは誰だっただろうか。もしかしたら、自分だったかもしれない。それでも、それはもう確認しようがない過去。そして、彼女は死んだのも、《過去》になってしまった。

 彼女の目には失望。これこそと思う死んだ目。天井に、あるいはそのまだ上を睨んでいるようにも見えた。



「すげぇ、生き返った。リアルゾンビ」

 相変わらずの白夜の声。緊張感まるでないその声を、今窘める人はいない。頭の中は、冷静なのに追いついていない。


 彼女が刺された心臓を摩りながら起きあがる。眉間に皺が寄り、それ以外は見事な無表情。空気が冷たい。そんな中、最初に動いたのは川島凛音だった。

 跪き顔色を伺う。本当の主従である自分より、従者に見えた。



「生きてる、のか……」

「じゃなかったら本当にゾンビだよ」

「なんで生きてるんだ?」

「死んでほしかったのかい」

「そういうことではないが……」

 混乱している川島凛音い対し、彼女は淡々としている。



「――――――――――――――――――――――あーあ、」



 期待していた何かを砕かれた時、どう反応するだろう。目の前の彼女が浮かべているのは、壊れた無表情。それと同時に、どこかで安心した目。でも、それは死ななくて安心したのではないだろう。歴代のリリス・サイナーが持っていた性質【死にたがり】。それは、本当に死にたがりな人しか持てないと言われているのだから、きっと、彼女もそうなんだろう。


 この場合、自分はどう対応すればいいのか迷った。目の前で溜息を吐いた彼女は、自分の新しい主人で。新しい主人は、捻くれて狂っているどころか、生きる気力もないだなんて。死にたがっている主人を、どうやって守ればいいのか。そもそも、自分にとっての守りは、彼女にとっての救いであるのだろうか。命を救って恨まれるのは、嫌だ。



 欠伸とともに、白夜が言った。

「ま、これで〝性質〟の件は解決ってことで」



 これが当たり前のように接しているのは、自分にとってどうでもいい存在だからだろう。別に彼女が嫌いというわけではない。この男は、自分の死も他人の死もどうでもいいのだ。きっと、ケイさんが死んでも俺が死んでも、同じ反応だっただろう。

 そういうところが、自分は少し苦手である。



「体に異常はないのか」

「ないねえ、残念なことに。内出血で留まっていたとかなっているとまだ嬉しいんだけど」

「完璧に貫いていたんですから、それはないでしょう」

「まあ、そうなんだけど。――――それにしても、一発で体貫くなんて流石〝二つの槍〟と言ったところかな?」

「おう、すげえだろ。もっと褒めやがれ」

「殺しきってくれなかったからヤだ」

「殺しきったら口聞けねえだろうよ」

「そうだねえ」



 会話には入ったが、どこまでも呑気な二人に何も言えなくなった。自分より前に言葉を聞けなくなった川島凛音に目を向ける。微かに震えた手を組み、何かを拝む体制になってから、呟いた。何を呟いたのかは聞こえなかったが、その表情には絶望が張り付いていることだけは分かる。川島凛音は、彼女に生きてほしかったのでないのか?


 一方、ケイさんは会話どころか言葉すら発していない。振り返って顔を見ると、その顔はこれまでかと言うほど青ざめていた。川島凛音のように震えてはいないが、冷や汗だろうか、背後にまわるとシャツは透けている。それを見た自分はと言うと、強面がガチガチに固まっているのを見て、思わず笑ってしまった。



「ぶっ、」

 吹き出したのはわざとではない。決してだ。

「おやおや、ひなつくんがそんな風に笑うのは珍しいねえ」

「おお、俺が真面目に稽古するくらい珍しいな」

「それでいいのかい、〝二つの槍〟」

「それでいいんだよ、〝御主人様〟?」

「鳥肌を超えて鮫肌になってしまうからやめてほしいね。虫唾が走るよ」

「鳥なのか鮫なのか虫なのかハッキリしろよ」

「じゃあ神で」

「選択肢の壁を破るなよ」



 二人がボケるものだから、もう耐えるのも馬鹿らしくなり、思いっきり声に出して笑った。何という事だろう。人が生き返る奇跡を見たのに、こんな能天気たちは。恐怖も歓喜を感じていないし、それどころか楽しんでいる。とりあえず、鮫肌は鳥肌のようになるんじゃなくて、パッサパサのザラッザラになりますよ。

 あと、白夜が御主人様だなんて、きっと何かの悪夢だ。魔王も鼻から牛乳かスイカを出すだろう。


 あんまり笑いすぎていると、変なところに唾が入り、とたんに息が苦しくなる。笑いの対象となって、少し怒っていたケイさんが背中を摩ってくれる。それでも笑いはとまらなくて、笑いながら咳をしていたら、彼女と白夜に変な目で見られた。

 貴方たちにそんな風にみられる日が来るとは、なんだか人間の尊厳がごっそり奪われた感じだ。



「あー、おかし…………」

「――これは驚いたよ、ひなつくん。君がそんな風に変人になってしまうとは。今ここに山姥と座敷童が喧嘩を起こし始めても敵わないくらい驚いたよ」

「――俺も超驚いたんだけど、ひなつ。お前がそんな隠し芸を持っていたとはな。今ここでケイさんがロリ美少女に変身しても敵わねえよ」

「俺は二人がそんなに意気投合なに笑ってることに驚いてますよ。というか、君付けはやめてください」



 棘のある声で言うと、彼女は笑った。彼女が部屋から出ようとして、白夜が当たり前のように後ろを着いて行った。白夜が人に懐くのは珍しい。このまま、白夜は彼女を主人と決めていくのだろう。

行き先を知らないケイさんが白夜の後ろに着いて行った。


 自分は最初、ケイさんの顔に泥を塗ろうとも、一生仕える主人に相応しくないと思えば断るつもりだったが、冷静に考えれば、断ることはケイさんだけではなく、どこかにいるかもしれない自分の家族に白夜の顔にも泥を塗る。それに、後代のリリス・サイナーの信用を失いことになるのだ。そこまで考えて断るのならば、ただの餓鬼の我儘となる。


 結局、主人に仕えることになったが、彼女渋々人を服従させるような人ではない。今まで短い間だったが、それは確かだ。そもそもエレジィゲームさえなければ、自分と言う他人に興味を示さないだろう。


 それなのに、エレジィゲームが始める前に自分を助けてくれたのは、ちゃんとした善意だ。それが決まっているからと言っていたが、自分を助けてくれたのはかわりない。あの時、助けてあげると導いた声を、忘れてはいけない。


 ケイさんの後ろ、大きな距離が開いたが、追おうとする。障子を閉める僅かな時間、いまだ部屋の中にいる川島凛音が見えた。川島凛音はそこから動こうとせず、ただ俯いている。

 声をかけようとはしない。何かを考えているのならば、それは妨げとなるだけだ。



 けれど、自分は知っている。

 川島凛音が笑い合っていた自分らを、化け物を見るような目で、異常を訴えていたことを。



 


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